第七十四話 同じ学校の五人
金曜日、部活を終えて昇降口へ行くと、下駄箱の横に女子が一人立っていた。
開いた文庫本を両手で持ち、通る生徒を避けるたびに壁に寄っている。読んでいるページの上の角が、細く折られていた。
「そこで読むなら、座ればいいのに」
大野が小声で言った。
「座るところないだろ」
「階段」
「邪魔になるって」
俺たちが靴を履き替えていると、武道場へ続く廊下から何人か出てきた。
防具袋を持った月島もいる。髪は低い位置で結んだままで、額の近くに短い毛が張りついていた。
本を読んでいた女子が顔を上げる。
「遅い」
「先に帰ってていいって言っただろ」
「駅前の本屋、一緒に見るって言ったじゃん」
月島は俺たちに気づき、一度足を止めた。
「藤宮。今日も今まで練習だったの?」
「うん。月島も?」
「防具を片づけるのに時間かかった」
隣の女子が、俺の顔を見た。
「あ、コンピュータ部の前にいた人」
「一緒に見学してた子?」
「覚えてたんだ。小坂真帆。二組」
「藤宮恒一。一組」
大野も名乗り、四人で昇降口を出た。校門までの道には、まだ部活帰りの生徒が何人もいる。
「小坂も剣道部?」
大野が聞いた。
小坂は文庫本を閉じ、読んでいたところに指を挟んだ。
「私は文芸部。今は部誌で紹介する本を選んでる」
「もう部誌を作るのか」
「本の紹介を短く載せるだけ。来週までに一冊読んで、好きなところを書くんだって。これは候補」
「月曜までに読み終わらなかったら、短い方にするらしいよ」
月島が横から言った。
「間に合わせるためだから」
大野が小坂の本を見た。
「部誌って、本の紹介だけなんだな」
「自分で書いた話も載せるよ。私はまだ、先輩たちの部誌を読んでるところだけど」
「入る前は、すぐ書くって言ってなかった?」
月島に言われ、小坂は文庫本の表紙を隠すように胸元に引き寄せた。
「先輩のを読んだら、もう少し読んでからにしようと思ったの。書くなら短い話からにする」
大野が小坂の持っている本の厚さを見た。
「短い話って、何ページくらい?」
「まだ決めてない」
「じゃあ三ページ」
「何で大野君が決めるの?」
「短いなら、それくらいかと思って」
「三ページで終わらせる方が難しいよ。人が出てきて、何かしてたら終わるじゃん」
「それでいいんじゃない?」
「大野君、絶対話を書いたことないでしょ」
「ないけど」
大野は否定する理由が分からないように答えた。
「真帆もまだ書いてないだろ」
月島に言われ、小坂は文庫本で月島の腕を軽く押した。
「今から書くの」
小坂は胸元から本を離した。
「栞が遅かったから、結構読めた」
「待っててって頼んでないだろ」
「本屋に付き合うって言ったのは栞じゃん」
月島は言い返さず、防具袋を反対の肩に掛け直した。
校門を出たところで、大野が左の道を指す。
「俺、今日はこっちから帰る」
「どっか行くの?」
「母さんにパン買ってこいって言われてる。駅前の店寄るから」
大野は俺たちに手を上げ、先に曲がった。
俺も途中までは月島たちと同じ方向だった。
「栞、明日はいつもの道場?」
小坂が聞く。
「明日は部活。道場は日曜に行く」
「学校でも道場でもやって、飽きない?」
「別に飽きないよ」
「私なら、同じことを二か所ではやりたくない」
「同じじゃないよ。先生も練習も違うし、学校では五人で組んで団体戦に出るから」
月島は迷わずに答えた。
防具袋の紐が肩からずれ、月島は歩きながら引き上げた。
「道場でも団体戦はあるだろ」
小坂が言う。
「あるけど、学校は学校だよ。三年間しかないし、出るならちゃんとやりたい」
「まだ入ったばかりなのに、もう出るつもりなんだ」
「出るために入ったんだから、当たり前だろ」
月島は前を向いたまま答えた。
三年間という言葉だけが、思っていたより短く聞こえた。
俺はバスケ部を選んだ時、そこまで先を決めていなかった。体育館へ行き、できなかった動きを次の日もやっているうちに、試合に出ている先輩を見るようになっただけだ。
月島は入る前から、学校の部で何をしたいかまで決めていた。
「藤宮君も、試合に出るために入ったの?」
小坂に聞かれ、すぐには答えられなかった。
部活に入る前は、そこまで考えていなかった。今は練習についていくだけで、試合に出るところまではまだ遠い。
「そこまでは考えてなかった。今は出たいけど、中学から始めたばかりだし、まだまだ先だよ」
月島がこっちを見る。
「上級生に教えてもらってるんだろ。だったら、これからじゃん」
「教えてもらってるけど、そんな簡単に上手くなれたら苦労しないよ」
小坂が笑った。
「栞、藤宮君なら出られると思ってるんだ」
「出られるかは藤宮次第だろ」
「否定はしないんだ」
三人で信号の前に止まる。
小坂は駅前の本屋に着くまでにもう少し読むと言って文庫本を開こうとしたが、月島に「歩きながら読むな」と本を閉じられた。
「ぶつかりそうになったら教えて」
「それでもだめだ」
「じゃあ、信号待ちの間だけ」
赤信号の残りは短かった。
小坂が二行ほど読んだところで青に変わり、月島が本の前を手で隠した。
「今、いいところだったのに」
「二行しか読んでないだろ」
「その二行の続きが気になるの」
「本屋まで待てばいいじゃん」
小坂は開いたページを指で挟んだまま、月島に背中を押されて横断歩道へ出た。
渡った先の角で、俺だけ道が分かれる。
「じゃあ、また来週」
「うん。また学校で」
月島は一度振り返って答えた。小坂は指でページを挟んだ本をまだ開こうとしていて、すぐに月島から前を向けと言われていた。




