第六十五話 左手で五回
月曜日の放課後、机の横に置いていた黒い袋を持ち上げると、白石がこっちを見た。
「それ、昨日買った靴?」
「そう」
「見せて」
「体育館で履くんだから、その時に見ればいいだろ」
「私は美術部なんだけど」
前の席で鞄を閉めていた佐伯が振り返った。
「藤宮の靴を見るために、バスケ部まで行かないだろ」
「だから今見せてって言ってるの」
「もう着替えるから、また今度な」
袋を持って教室の後ろへ行くと、白石はまだ何か言っていたけど、男子が着替え始める前に廊下へ出ていった。
体育着に着替え、体育館へ向かう。
入口で上靴を脱ぎ、袋のファスナーを開けた。
体育館の照明の下では、白い部分が昨日より明るく見えた。かかとの濃い青だけが目立っている。
右足から入れ、かかとを床に軽く当てる。
昨日、ひもを一段緩めておいた分、右足はすぐに入った。左も同じくらいになるように緩めてから、下から順番に締める。
立ち上がった時、靴底が床にこすれて短く鳴った。
近くで履き替えていた大野が足元を見る。
「買ったんだ」
「昨日」
「真っ白だな」
「青も入ってるだろ」
「そこじゃなくて、つま先はすぐ灰色になるぞ」
大野が片足を俺の足元に寄せた。
底の厚さはあまり変わらなかったけど、大野の靴はつま先に黒い線がいくつもついている。側面も少し色あせていた。
「それ、いつから履いてるの?」
「六年の途中。まだ全然履ける」
大野は靴ひもを結ぶと、先に立った。
「ほら、並ぶぞ」
一年生八人で壁際に並ぶ。
先輩の笛が鳴り、体育館の中を走り始めた。
最初の直線では、体育館シューズとあまり変わらなかった。少し重く、足首の周りが硬い。
一つ目の角で右足を床につく。
右足が思っていたより強く床に引っかかり、身体だけがそのまま外へ傾いた。隣の線にはみ出しそうになり、左足を慌てて出す。
後ろを走っていた一年生の足音が近づいた。
「急に止まるなよ」
「悪い」
列に戻り、そのまま走る。
二つ目の角では、さっきより手前で右足をついた。今度は隣の線にはみ出さずに曲がれた。
三周目に入る頃には、息が苦しくなっていた。
走り終わって準備運動をしていると、右足の甲だけが少しきつかった。
姉ちゃんに言われたことを思い出し、ひもを一段緩める。
結び直して立つと、甲を押される感じが弱くなった。
次は、一人一個ずつボールを持ってドリブルをした。
右手では、前より低いところで続くようになっていた。歩く速さなら、ボールだけが先へ行くこともない。
「帰りは左手」
先輩に言われ、線の端で持ち替えた。
一回、二回と左手でボールをつく。
三回目に戻ってきたボールが左足の前に入り、そのまま足に当たった。ボールは横の列まで転がっていく。
横の列に入る前に追いかけて拾う。
近くで自分のボールをついていた大野が言った。
「左、まだ三回か」
「次はもっと続ける」
「じゃあ、五回」
大野は左手でボールをついたまま、先へ進んだ。
俺ももう一度つき始めたけど、今度は四回目で手の外へ逃げた。
横移動の練習では、戻る時にまた足幅が狭くなった。先輩に足をそろえるなと言われ、次の一歩を早く出そうとすると、今度は腰が上がった。
体育館の端に着く頃には、太ももが熱くなっていた。
パスの練習は大野と組んだ。向かい合ったままなら相手の胸元に投げられたが、右へ動いて受け、止まらずに返そうとすると、大野の左肩に飛んだ。
「今の、取らなかったら後ろまで行ってたぞ」
「取れたんだからいいだろ」
「次はちゃんと胸の前を狙えよ」
しばらくすると、ミニバスをやっていた二人だけが先輩に呼ばれた。
「経験者はこっち。走りながらやるぞ」
大野はボールを俺に渡した。
「じゃあ、あとで」
「うん」
残った六人は相手を替え、動きながら同じパスを続けた。
最後に、ゴールの近くからシュートをした。
一年生が一列に並び、一人三本ずつ投げる。投げたあとは自分でボールを取り、次の人に渡す。
俺の前にいた大野は、一本目を板に当てて入れた。
二本目は輪の手前に当たり、こっちへ落ちてきた。列から一歩出て、高いところで取る。
「藤宮、取るの早いって」
「落ちてきたから」
「俺が取るところだったのに」
大野に返すと、三本目も輪の奥に当たって外れた。
大野が戻したボールを受け、前へ出た。
足を肩幅くらいに開き、膝を曲げて投げた。一本目は板の四角より上に当たり、二本目は輪の手前に届かなかった。三本目は少し強く投げたが、輪の奥に当たって高く跳ねた。
「三本とも外れたな」
「大野も二本外しただろ」
「俺は一本入った」
列の後ろに戻ると、先輩に静かにしろと言われた。大野は前を向いたまま、まだ少し笑っていた。
練習が終わる頃には、太ももだけでなく、ふくらはぎまで重くなっていた。
片づけを終え、壁際に座ってひもを緩める。
右の靴を脱ぐと、かかとの上が痛んだ。
靴下を少し下げると、靴の縁が当たっていたところが細く赤くなっている。
靴下を戻して上靴を履くと、歩くたびにそこが少し擦れた。




