第五十九話 姉ちゃんが知らなかったこと
姉ちゃんは、本当にベッドから動かなかった。
「まだ?」
「今、発売日見てる」
「それ見たら終わり?」
「ほかのも見る」
「私、待ってるんだけど」
「勝手に待ってるだけだろ」
画面には、夏までに発売されるゲームが月ごとに並んでいた。
知っている名前もあれば、覚えてないものもある。気になるものを紙に書いていると、姉ちゃんが後ろからのぞいた。
「そんなに買うの?」
「調べてるだけ。全部買うわけじゃない」
「三つも丸つけてるじゃん」
「丸つけただけだって」
姉ちゃんが早く代われとうるさいので、三つ目の名前を書いたところで椅子を譲った。
「何調べるんだよ」
「映画の時間。土曜日に友達と行くから」
姉ちゃんは検索するところに映画館の名前を入れた。
家のパソコンも使えるのに、わざわざ俺の部屋へ来た理由が分かった。父さんの部屋なら、横から画面を見られる。ここなら、俺しかいない。
「こういち、見ないでよ」
「俺のパソコンなんだけど」
「映画が決まったら代わるから」
検索の結果が出ると、姉ちゃんは上映時間を何度も見比べた。昼の回を紙に書き、映画館までの電車も調べ始める。
「それ、友達と決めてないの?」
「明日、学校で言うの。先に見といた方が早いでしょ」
「じゃあ帰る時間も見といた方がいいんじゃない?」
「分かってる。今見る」
姉ちゃんがもう一度検索しようとしたところで、玄関の開く音がした。
父さんが帰ってきたらしい。
「ご飯できたよ」
一階から母さんに呼ばれ、姉ちゃんは調べた時間だけ書いて立ち上がった。
「続き、あとで使うから」
「俺もまだ使うけど」
「帰りの時間を見るだけだから」
姉ちゃんが先に部屋を出た。
電源を切るか迷ったけど、食べ終わったらまた使うつもりだった。そのまま画面だけ消して、一階へ下りる。
食卓には父さんも座っていた。
「パソコン、使えたか?」
「使えた。途中で姉ちゃんに代われって言われたけど」
「ちゃんと待ったでしょ」
「ベッドに座って急かしてただろ」
「終わるまでは待ったじゃん」
父さんは姉ちゃんを見た。
「使う時は、先にこういちに聞けよ」
「聞いたよ」
姉ちゃんはそう答え、今度は母さんに、土曜日に映画へ行ってもいいか聞いた。帰る時間と一緒に見る友達の名前を聞かれ、さっき書いた紙を見せていた。
「夕方までには帰ってきなさいよ」
「分かってる。遅くならないようにする」
話が終わるのを待っていたように、父さんが箸を置いた。
「真鈴、食べ終わってから話がある」
「何? 映画だめなの?」
「映画の話じゃない」
「じゃあ何?」
「あとで話す」
姉ちゃんは父さんと母さんを交互に見た。
「私、何かした?」
「怒る話じゃないから、先に食べなさい」
母さんに言われても、姉ちゃんは少し急いでご飯を食べていた。
俺は何の話か分からなかった。
食べ終わった皿を母さんが重ねても、父さんは席を立たなかった。
「こういちも、そのまま座ってろ」
そこで、俺にも関係する話だと分かった。
姉ちゃんが箸を置く。
「何なの?」
父さんは少し黙ってから、俺を見た。
「こういちが四年生の時、くじで一等を当てた」
「くじ?」
「ロト6だ」
姉ちゃんが俺を見る。
「いくら?」
「四億円」
一度笑いかけた姉ちゃんの顔が、途中で止まった。
「何それ」
父さんも母さんも笑わない。
「本当なの?」
今度は俺に聞いた。
「本当」
「四億って、四億?」
「ほかにないだろ」
「だって、四億だよ?」
姉ちゃんは椅子に座り直した。
「いつ?」
「四年生の十一月に当たった」
「二年以上前じゃん。ずっと黙ってたの?」
父さんが答える。
「知っている人を増やさないと決めた。ほかの人に知られたら困る金額だからな」
「私が誰かに言うと思ったの?」
「そうは思ってない。真鈴を疑って決めたわけじゃない」
姉ちゃんは納得していない顔で母さんを見た。
「中学生になったら話すつもりだったの。パソコンも買ったし、これから隠したままにする方が難しくなるから」
「じゃあ、あのパソコンもそのお金?」
「そう」
俺が答えると、姉ちゃんはすぐ次を聞いた。
「株も?」
「最初は、その金から買った」
「だから小学生なのに株持ってたの?」
今まで家で聞いていた話が、やっと一つにつながったらしい。
「今も四億あるの?」
「現金のまま置いてあるわけじゃない。株に回した分もある」
父さんはそれ以上、金額の話をしなかった。
「このことは、友達にもほかの人にも話すな。株をいくら持っているかもだ」
「言わないよ」
「冗談でも言うなよ」
「分かってるって。こんなの急に言われても、私だってまだ信じられないし」
姉ちゃんは水を一口飲んだ。
「通帳あるの?」
「ある」
「見たことある?」
「あるよ」
「本当に四億って書いてあった?」
「書いてあった」
質問が止まりそうになかった。
母さんが、続きは片づけてからにしてと言い、俺たちは食卓を離れた。
二階へ上がると、姉ちゃんは自分の部屋を素通りし、また俺の部屋に入った。
消していた画面をつける。
「これ、四億で買ったパソコンなんだ」
「全部使ったみたいに言うなよ。二十万円くらいだから」
「二十万円もするの?」
「前に一緒に店で見ただろ」
「四億聞いたあとだと、二十万円が安く聞こえる」
姉ちゃんは画面と俺を交互に見た。
「欲しいもの、何でも買えるじゃん」
「勝手には買えない。父さんに先に聞くって決めてる」
「じゃあ、私が欲しいCDも?」
「それは自分で買えよ」
「けち」
いつもの言い方だった。
俺が椅子に座ると、姉ちゃんはさっきまでいたベッドに戻った。
「友達には絶対言わないから」
「うん」
「でも、もう少し早く言ってくれてもよかったのに」
俺はすぐに返事ができなかった。
「俺も、いつ言えばいいか分からなかった」
「ふうん」
姉ちゃんはまだ何か言いたそうだったけど、机の横に置いた紙を取った。
「それより、映画の帰りの電車も調べるから」
「俺も使うんだけど」
「さっき途中だったし」
姉ちゃんが椅子の背に手をかけた。
けれど、椅子は動かなかった。
「使っていい?」
「帰りの時間だけな」
俺が立つと、姉ちゃんは椅子に座った。




