第五十八話 コンピュータ部の前
吹奏楽部の音が鳴った途端、体育館の空気まで震えた。
前に並んだ上級生が一斉に楽器を吹き、少し遅れて大太鼓の音が腹に響く。
「音、大きすぎない?」
隣に座っていた白石が、耳を押さえながら言った。
「体育館だから余計に響くんだろ」
「これ、毎日聞くのかな」
「入らなかったら聞かないんじゃない?」
前にいた佐伯が振り返った。
「音楽室、同じ階だぞ」
「授業中は部活しないでしょ」
「放課後の話」
白石が何か返そうとしたところで、担任の先生がこちらを見た。三人とも口を閉じる。
吹奏楽部が終わると、今度はバスケットボール部が出てきた。
狭い場所で何度かパスを回し、最後に一人がシュートを打つ。ボールは板に当たってから輪の中に落ちた。
後ろの席から小さく声が上がる。
白石がゴールの方を見たまま、小声で言った。
「藤宮、バスケ部でもいいんじゃない?」
「何で俺?」
「背高いし」
「それだけで決めないだろ」
「まだ候補に入れただけじゃん」
運動部の紹介は実際に動くものが多かった。文化部は作った物を見せたり、活動する教室を説明したりする。コンピュータ部の上級生は、大きな紙に学校のホームページを印刷して持ってきていた。
「コンピュータ部、興味あるの?」
白石が小声で聞いた。
「うん。見学には行くつもり」
「やっぱり」
小学校でコンピュータクラブに入っていたことは、七海から聞いたらしい。
佐伯が膝の上の紙を広げる。
「卓球部、いつ出た?」
「まだじゃない?」
「見逃したかと思った」
紹介する部活の名前は、紙の上に二十近く並んでいた。終わった部活に印をつけていた佐伯の鉛筆は、吹奏楽部のところから動いていない。
「全然つけてないじゃん」
「見てれば分かるだろ」
「今、卓球部を見逃したか聞いたよね?」
白石に言われ、佐伯は黙って紙に印をつけ始めた。
卓球部は、その少しあとに出てきた。
台を運ぶ時間はなかったらしく、部員がラケットで球を何度も打ち上げる。一人が途中で失敗し、白い球が一年生の座っているところまで転がってきた。
近くの男子が拾って投げ返すと、体育館のあちこちから笑い声が上がった。
「あれならできそう」
「今、失敗したところだよ」
「だからだよ」
佐伯は卓球部の横に、大きな丸をつけた。
全部の紹介が終わると、教室へ戻った。
担任の先生は、今日から一週間は自由に見学してよいと黒板に書いた。入部する部活は、来週までに決めればいいらしい。
帰りの会が終わる前から、教室の中ではどこを見に行くか話す声がしていた。
「藤宮、最初どこ行く?」
白石が部活の一覧を机の間に置いた。
「コンピュータ部。入るかは決めてないけど、小学校の時と何が違うか見たい」
「パソコン、もう買った?」
七海が自分の鞄を持って近づいてきた。
「日曜に買った」
「本当に買ったんだ」
白石が一覧から顔を上げる。
「自分の?」
「うん。部屋に置いた」
「いいな。うち、パソコンないんだよね」
佐伯も椅子ごとこちらを向いた。
「うちはあるけど、父さんが使ってたら触れない」
「前は俺もそうだった」
「じゃあ、家でも学校でもパソコンやるの?」
七海に聞かれ、一覧のコンピュータ部を指で押さえた。
「まだ入るって決めてない。見るだけだって」
「藤宮ならそのまま入りそう」
「ほかも見るよ」
七海はバレーボール部を見に行くらしい。前の席の女子と約束していると言って、先に体育館へ向かった。
白石は美術部、佐伯は卓球部を見るという。
「終わったら昇降口?」
「先に終わったら、教室に戻ってくればいいんじゃない?」
「鞄、教室だしな」
三人で廊下へ出て、階段の前で別れた。
コンピュータ室は、昨日歩いた古い校舎にあった。
部屋の前まで行くと、一年生が入口に何人も集まっていた。中では上級生が二人ずつ座るように言っている。
俺も空いた席に座った。
机の上の画面は、家にある薄いものと違って後ろが大きく膨らんでいた。マウスを動かすと、中の球が転がる小さな音がする。
「今日は、去年作った学校新聞を見てもらいます」
前に立った上級生が説明した。
画面には、運動会の写真と短い文章が並んでいた。写真を押しても何も起こらない。ただ紙をそのまま画面に移したような作りだった。
隣に座った男子が、上級生に聞く。
「ゲームはしないんですか?」
「簡単なゲームを作ることはあるよ。でも、遊ぶための部活じゃないからね」
男子は少し残念そうにマウスから手を離した。
次の人と代わるように言われ、席を立つ。
家なら、誰かと交代する必要はなかった。父さんが仕事で使い終わるのを待たなくても、自分の部屋でパソコンを使える。
ただ、家のパソコンで何を作るかは、まだ何も決めていなかった。
入口を出たところで、壁際にまっすぐ立っていた女子と目が合った。
黒い髪は背中の半ばまで伸び、片側だけ肩の後ろに流していた。手には、俺たちが持っているものと同じ部活の一覧がある。
「中、まだ混んでた?」
「かなり。入れるけど、パソコンは二人で一台だった」
「じゃあ、あとでいいかも」
「見たいの?」
「友達が見たいっていうから、付き添いで来た」
女子はそう言って、コンピュータ室の中をのぞいた。
廊下の向こうから、別の女子が手を振る。
「栞、次は文芸部も付き合って」
「今行く」
返事をしてから、もう一度俺を見た。
「教えてくれてありがとう」
「うん。たぶん少し待てば空くよ」
女子が前を通り過ぎた時、制服の名札に月島と書いてあるのが見えた。
二人は廊下の先にある階段を上がっていった。
「藤宮、終わった?」
後ろから佐伯に呼ばれた。
「今終わった。卓球部は?」
「三球打たせてもらって、二球空振りした」
「一球しか当たってないじゃん」
白石も一緒だった。
「見てたの?」
「美術部の帰りに見えたから」
佐伯は一覧につけた大きな丸を、指で少し隠した。
「それでも入るの?」
「まだ見学一日目だろ。明日はもう少し当たるかもしれない」
教室へ戻る途中、体育館からボールの跳ねる音が聞こえた。
七海たちはまだ終わっていなかった。遼太と悠斗も別の部活を見ているらしく、昇降口には来ていない。
俺たちは教室で鞄を取り、もう一度部活の一覧を広げた。
コンピュータ部の横に印をつけようとして、少し上にあるバスケットボール部で鉛筆が止まった。
結局、どちらにも印をつけないまま紙を畳んだ。
家に帰ると、制服を脱ぐより先にパソコンの電源を入れた。
画面が明るくなるのを待ちながら着替え、部活の一覧を机の横に置く。昨日の朝に見られなかったゲームの発売予定を検索すると、ページが開くまで少し時間がかかった。
「部活、決めた?」
姉ちゃんが開いたままのドアから聞いた。
「まだ。今日はコンピュータ部で学校新聞を見せてもらったけど、それだけじゃ分かんない」
「家にパソコンあるのに、学校でもやるの?」
「家で使うのとは違うだろ」
姉ちゃんは机の横に置いた紙を取り、上から順に部活の名前を見始めた。
「運動部は見ないの?」
「明日見るかも」
「運動した方がいいよ」
「姉ちゃんに言われたくない」
「何で?」
「休みの日、ずっと寝てるじゃん」
「部活で疲れてるからでしょ」
「ソフトテニス部って、そんなに疲れるの?」
「走り回るんだから疲れるよ」
姉ちゃんは紙を机に戻したが、部屋からは出ていかなかった。
「それより、あとでパソコン使わせて」
「何に使うの?」
「ちょっと調べたいだけ。こういちが終わってからでいいから」
画面を見ると、ようやく発売予定のページが開いていた。
「まだ今つけたところ」
「じゃあ待ってる」
姉ちゃんは勝手にベッドに座った。




