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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第三章 未来を知っている中学生

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第五十五話 一年一組の名簿

※ここから中学生編が始まります。

部活動、新しい友人、少しずつ変わっていく人との距離。

未来の知識やお金だけでは思い通りにならない、恒一の中学校生活が始まります。

物語は小学生編から続いています。初めての方は、第1話から読んでいただくのがおすすめです。

「首、苦しくない?」


 母さんが制服の襟を指で直した。


「少し苦しい」

「入学式の間だけ我慢しなさい。教室に戻ったら、少しくらい緩めてもいいから」


 鏡の中には、黒い制服を着た俺がいた。


 制服は肩のあたりがまだ固く、腕を上げると袖ごと引っ張られる。腕を下ろすと、今度は高い襟が首に当たった。


 姉ちゃんが洗面所の入口からのぞく。


「ちゃんと中学生に見えるじゃん」

「制服着てるからだろ」

「でも、鞄持つと一年生って分かる」

「何で?」

「新しすぎるから」


 玄関には、買ったばかりの黒い鞄が置いてあった。


 金具にも持ち手にも傷がなく、底を床につけるのが少しもったいない。


「こういち、もう出ないと写真撮る時間なくなるよ」

「また撮るの?」

「入学式なんだから当たり前でしょ」


 母さんが先に靴を履いた。


 父さんは仕事で入学式には来れない。朝、新聞を持ったまま、帰ったらクラスを教えろと言って出ていった。


 中学校までは、小学校より少し遠かった。


 朝の空気はまだ少し冷たかった。中学校の校舎が見えてくると、同じ制服を着た一年生が何人も校門へ向かっていた。知っている人もいれば、知らない人もいた。


 これまでは、同じ学年なら、話したことがなくても見覚えくらいはあった。けれど、今はすぐそばにいる一年生が、どこの小学校から来たのかも分からない。


 校門の前で母さんに写真を撮られてから、昇降口へ向かった。


 門の内側では、同じように写真を撮る親子と、校舎に入ろうとする生徒が入り交じっていた。


 クラス分けの紙は、壁に横一列で貼られていた。


「知らない名前ばっかりだな」


 先に来ていた遼太が、紙の上から下まで目で追っている。


「小学校が違うんだから当たり前じゃん」


 七海はもう自分の名前を見つけたらしく、一組の紙を指した。


「私、一組。藤宮もいるよ」

「本当?」

「ほら、ここ」


 宮下七海の少し下に、藤宮恒一があった。


「また同じだね」

「六年生でも同じだったからな」

「嫌そうに言わなくてもよくない?」

「嫌って言ってないだろ」


 隣では、悠斗が三組の紙を見ていた。


「俺、三組」

「田辺、俺も三組だ」


 遼太が急に声を大きくした。


「今度は一人じゃなくてよかったじゃん」

「別に、一組にも知ってるやつはいたって」

「でも毎日二組に来てたよね」

「休み時間だけだろ」


 後ろから来た人に押され、四人で紙の前を離れた。


「帰り、ここに集合する?」


 悠斗が昇降口の柱を指した。


「終わる時間、同じじゃないの?」

「クラス違うんだから、同じとは限らないじゃん」

「じゃあ先に終わった方が待つ」

「分かった。勝手に帰るなよ」


 一年一組の教室は二階にあった。


 入口に立つと、小学校の教室より静かだった。話している子もいるけど、知っている相手を探して小さな声で話している。


 黒板に席順が貼られていた。


 俺の席は窓から二列目。七海は反対側の列で、すでに前の席の女子と話していた。


 机の上には、名前を書いた細い紙が置いてある。


 鞄を机の横に掛けようとしたが、持ち手が固く、金具にうまく入らなかった。


「それ、後ろに置くんじゃない?」


 隣の席にいた女子が、教室の後ろを指した。


 同じ黒い鞄が、棚の下にいくつか並んでいる。


「決まってるの?」

「みんな置いてるから、たぶん」


 女子の机には、白石玲奈しらいしれいなと書いてあった。


 鞄を教室の後ろに置いて戻ると、白石が俺の机の名前を見た。


「藤宮って、ふじみやで合ってる?」

「合ってるよ」

「私は白石。西小から来た」

「西小なんだ」

「そう。こっちは知ってる人少ないんだよね」


 白石はそう言いながら、教室を見回した。


「宮下なら、同じ小学校だったよ」

「さっき話してた子?」

「うん。あと、三組にも二人いる」

「結構いるじゃん」

「ほかにもいるけど、よく話すのはそのくらい」


 白石は一度うなずき、前を向いた。


 チャイムが鳴る少し前に、担任の先生が入ってきた。


 名前を呼ばれ、順番に返事をする。


 知っている名前もあれば、知らない名前も多かった。同じ小学校でも、ほとんど話したことのない相手はいた。


 先生は入学式の並び方を説明してから、廊下へ出るように言った。


 体育館へ向かう列の中で、制服の襟がまた首に当たった。


 前を歩く男子の背中にも、まだ折り目が残っている。


 体育館には、二年生と三年生が先に座っていた。


 同じ制服でも、上級生が着ているものは柔らかく見えた。男子の中には身体の大きい人もいて、小学生の頃とは周りの雰囲気が違って見えた。


 入学式が始まり、校長先生の話を聞いた。


 中学生としての自覚。勉強と部活動。何度か聞いたことのある言葉が続く。


 一周目の俺なら、早く終わらないかと時計ばかり気にしていたと思う。


 今回は前を向いていたけど、襟が当たるところだけはずっと気になった。


 一年生全員で立ち上がった時、椅子の脚が体育館の床をこすった。音がきれいにそろわず、あちこちで少し遅れて鳴った。


 式が終わって教室へ戻ると、机の上に教科書が積まれていた。


「これ、全部持って帰るの?」


 後ろの方で誰かが言った。


 先生は聞こえていたらしく、教卓の上の紙から顔を上げた。


「今日は全部持って帰ってください。名前も書くように」


 教室の中から小さく声が上がった。


 先生は気にせず、提出する紙を一枚ずつ配り始めた。


 通学経路、緊急連絡先、部活動の見学予定。机の上に紙が増えていく。


「黒いペン持ってる?」


 白石が小声で聞いた。


「ボールペンならあるよ」

「貸して。自分の名前だけ書きたい」


 筆箱から出して渡すと、白石は一番上の紙に名前を書いた。


「これ、今日出すやつ?」

「家で書いて、月曜だと思う」

「どこに書いてある?」

「下の方」


 白石は紙の下を見てから、ペンを返した。


「本当だ。名前だけにしといてよかった」


 先生が月曜日の持ち物を話し始め、会話はそこで終わった。


 教科書を鞄に入れると、朝よりずっと重くなった。持ち手を握ると、細いところが指に食い込む。


 廊下へ出る前に、七海が近づいてきた。


「さっき、隣の子と何話してたの?」

「ペン貸して少し話しただけ」


 白石が後ろから鞄を持ってきた。


「宮下さんだよね?」

「そう。白石さん?」

「玲奈でいいよ」

「じゃあ私も七海でいいよ」


 二人はそれだけで呼び方を決めた。


「藤宮も名前で呼んだ方がいい?」


 白石が聞く。


「別に名字でいいよ」

「じゃあ藤宮で」


 決まるのが早かった。


 昇降口へ下りると、悠斗と遼太はもう柱の近くにいた。


「一組、遅くない?」

「プリントが多かったんだよ」

「三組も多かったけど」

「じゃあ先生の話が長かったんじゃない?」


 七海が言うと、遼太は教室の方を見た。


「一組の先生、長いの?」

「今日だけかもしれないだろ」

「毎日だったら、帰り待たないからな」

「最初に待つって言ったの遼太じゃん」


 悠斗が、俺の鞄を持ち上げようとした。


「重っ」

「教科書全部入ってるから」

「俺のも同じだけど、人の鞄って持ちにくいな」

「それ、持ち方が悪いだけじゃない?」


 白石が横から言った。


 遼太が白石を見る。


「誰?」

「横の席の白石」

「もう仲良くなったの?」

「席が隣だからな」


 白石は遼太の方を見た。


「藤宮、二人も紹介してよ」

「三浦遼太。こっちが田辺悠斗」


 俺が名前を言うと、白石は一人ずつ顔を見た。


「三浦と田辺ね。二人とも三組?」

「そう。藤宮たちだけ一組」


 校門を出たところで、白石とは道が分かれた。


「じゃあ、また月曜」

「またね」


 七海が手を振ると、白石も軽く手を上げた。


 四人になると、遼太がすぐに聞いた。


「着替えたら公園行く?」

「入学式の日まで行くの?」

「卒業してからも行っただろ」

「今日は教科書に名前書かないとだめだよ」

「帰ってすぐ書けばいいじゃん」


 悠斗が鞄を持ち直した。


「俺、これ置いたら行ける」

「母さんに聞いてからな」

「じゃあ三時で」

「まだ行くって言ってないって」


 小学校の帰りと同じような話をしながら歩いた。


 でも、全員が黒い制服を着て、同じ形の鞄を持っている。


 家に着くと、母さんが玄関まで来た。


「誰と同じクラスだった?」

「七海。遼太と悠斗は三組」

「そう。知ってる子がいてよかったね」


 母さんは俺の鞄を見た。


「プリントあるでしょ。先に出して」

「着替えてからでいい?」

「忘れるから今出しなさい」


 鞄を居間まで運び、中から紙を出した。


 一枚出すたびに、母さんが食卓の上に広げていく。


「多いね」

「先生の話も長かった」

「最初の日なんだから仕方ないでしょ」


 全部出したつもりで鞄を閉じようとすると、底にもう一枚残っていた。


「まだあるじゃない」

「今見つけたんだって」


 母さんが手を出した。


 その紙には、月曜日の持ち物が書いてあった。

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