第五十話 四人分の土産
朝、最初に聞こえたのは目覚ましではなく、布団をたたく音だった。
「起きろ。あと十分で布団を片づけるぞ」
先生が廊下から声をかけている。
目を開けると、隣の悠斗はもう上半身を起こしていた。髪が片側だけつぶれている。
「いつ寝た?」
「分かんない」
足元を見ると、夜中に当たっていた誰かの踵は、別の布団に戻っていた。
六人で布団をたたんだ。端がそろっていないものを押し入れに重ねると、一番上だけ斜めになった。
「それ、落ちるぞ」
「戸閉めれば平気」
「次に開けた人に落ちるだろ」
悠斗が下の布団を押し直し、俺が一番上を引いた。今度は平らになったけれど、先生に早く朝食へ来るよう呼ばれた。
歯ブラシを洗面用具の袋に戻し、旅行鞄に押し込んでから、部屋を出た。
一泊しただけなのに、廊下へ出ても、昨日ほど宿のにおいが気にならなかった。
* * *
二日目は、中禅寺湖の近くから回った。
バスを降りた瞬間、冷たい風が上着の中へ入ってきた。中禅寺湖の水面は広く、向こう岸の山が少し霞んでいる。
「寒い」
平野が両手を袖に入れた。
「手、出して歩けって」
小林が言いながら、自分も片方の手をポケットに入れている。
悠斗は湖ではなく、岸に寄せられた小さな船を見ていた。
「乗るのかな」
「しおりには書いてないよ」
地図係になった悠斗より先に、石田が答えた。
「見るだけか」
悠斗は少し残念そうだったけれど、船が波で動くたび、何度もそちらを見た。
華厳の滝へ近づくと、水の音が先に聞こえた。
展望台へ出ると、白い水が岩の間をまっすぐ落ちていた。下の方は水煙に隠れ、どこへ落ちているのか見えない。
「これ、夜もずっと流れてるのかな」
悠斗が言った。
「滝だから止まらないだろ」
「誰も見てなくても?」
「見てなくても流れるよ」
平野が笑った。
しおりの感想欄に「水の音が大きい」と書きかけて、鉛筆を止めた。目の前で聞く音は、それだけでは足りない気がした。
何と書くか迷っていると、横から悠斗のしおりが見えた。
悠斗は、滝ではなく、手すりの向こうへ落ちる水の線を小さく描いていた。
「絵でいいの?」
「あとで字も書く」
先生が集合の声をかけた。悠斗は最後の一本だけ線を足し、しおりを閉じた。
見学が終わると、土産物の並んだ店へ入った。
木でできた物、猿の絵がついた物、滝の写真が印刷された箱菓子。値札と財布を交互に見ている子が、通路のあちこちにいた。
俺は家で食べる箱菓子を一つ手に取った。
それだけでいいと思ったけれど、棚の端に眠り猫の絵がついた細いしおりがあった。
姉ちゃんが欲しい物を言わなかったのを思い出す。
子供っぽいと言うかもしれない。それでも、使わない木刀よりはいい。
箱菓子と一緒に持って、会計の列に並んだ。
前にいた悠斗は、写真の絵葉書を何枚か選んでいた。
「誰に出すの?」
「出さないよ」
「じゃあ何に使うの?」
「家で見る。絵を描く時とか」
選んだ中には、昨日の建物と今日の滝を写した絵葉書が、一枚ずつあった。
悠斗は余った金でもう一つ買うことはせず、絵葉書だけを袋に入れてもらった。
店を出る前、別の列に七海がいた。
家族用らしい小さな箱と、猿のついた鉛筆を一本持っている。
「それ、自分の?」
同じ班の女子に聞かれ、七海は首を振った。
「弟。何もないと怒るから」
「七海は?」
「私は昨日、写真撮ったし」
七海はそう言ってから、棚へ戻り、小さな青い絵葉書を一枚だけ取った。湖が写っていた。
一組は少し早く買い物を終えたらしく、前のバスへ戻っていた。
窓際に遼太が見えた。細長い袋を見せて騒いでいるから木刀かと思ったけれど、中から出てきたのは、木刀の形をした小さなキーホルダーだった。
先生にしまうよう言われ、遼太の手と袋が窓の下へ消えた。
四人とも、同じ店に入って、別の物を選んでいた。
帰りのバスでは、歌の本は回ってこなかった。
走り出してすぐ、何人かが眠り始めた。七海も前の席で窓に頭を寄せている。
隣の悠斗は、絵葉書の袋を一度だけ確かめ、手提げの奥にしまった。
「曲がらない?」
「しおりにはさんだ」
それから十分もしないうちに、悠斗の頭が俺の肩に当たった。
押し返すと少し離れ、次の曲がり角でまた戻ってくる。
肩が重いと言おうとしたけれど、悠斗はもう眠っていた。
俺も目を閉じた。バスが揺れるたび、足元の土産袋の中で箱がかすかに動いた。
* * *
学校へ戻ると、校門の外に親が並んでいた。
一組のバスは先に着いていて、遼太の姿はもうなかった。
母さんは俺を見るより先に、旅行鞄を見た。
「重そう。持とうか?」
「大丈夫」
「顔、眠そうだよ」
「バスでちょっと寝た」
帰り道、何を見たかより先に、着替えをどの袋に入れたか聞かれた。
家に着くと、姉ちゃんが居間から出てきた。
「おかえり。袋なくしてない?」
「最初に聞くの、それ?」
「私のだから」
旅行鞄から二枚とも出し、汚れた服を洗濯籠に移した。空になった二枚の袋を渡すと、姉ちゃんは名前のところを確かめた。
「ちゃんとある」
「なくさないって言っただろ」
俺は眠り猫のしおりを渡した。
「これ、姉ちゃんに」
姉ちゃんはしおりに描かれた眠り猫を見て、それから俺の顔を見た。
「鞄のお礼?」
「袋も借りたし」
「じゃあ、もらっとく」
しおりを指ではさみ、自分の部屋へ持っていった。
母さんには箱菓子を渡した。
「お父さんが帰ってから開けようか」
「母さんの分も入ってるよ」
「じゃあ、なおさらみんなで食べる」
夕方、父さんは箱の写真を見てから、旅行はどうだったと聞いた。
「滝の音がすごかった。風呂も家よりずっと広かったし、夜はみんなでトランプした」
「トランプは勝ったのか?」
「大富豪は悠斗に負けた」
父さんは笑い、母さんが箱を開けた。
姉ちゃんは教科書の間に眠り猫をはさんで持ってきた。もう使ったらしい。
翌週、十一月に入った日の休み時間、遼太が二組へ来た。
手には、写真屋の名前が入った薄い紙袋を持っている。
「修学旅行の、できた」
七海が手を伸ばすと、遼太は袋を胸元に引いた。
「今はだめ。折れたら嫌だから、放課後な」




