↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/96

第四十八話 五人で歩く日光

 修学旅行の朝は、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。


 窓の外はまだ薄暗い。床に置いた旅行鞄だけが、いつもの朝と違って見えた。


 台所へ行くと、母さんがおにぎりを小さな皿に二つ載せた。


「食べられる?」

「うん」

「バスで気持ち悪くなるといけないから、急いで食べないの」


 言われた直後に、口に入れた分をゆっくり噛んだ。


 姉ちゃんはまだ起きてこない。昨日、見送りは無理、と言っていた。学校に着く頃に起きるらしい。


 玄関で靴を履いていると、母さんが鞄の外側を触った。


「しおりは?」

「手提げの中」

「財布」

「入れた」

「ハンカチ」

「あるよ」


 ハンカチは、手提げの中を見なくても答えられた。


「帰るまでが修学旅行だからね」

「まだ出てもないよ」

「だから今言うの」


 外へ出ると、朝の空気が思ったより冷たかった。


 いつもなら誰もいない時間なのに、校門の前にはもう何人も集まっていた。旅行鞄を肩に掛けた子、首から水筒を下げた子、眠そうな親。先生が名簿を持ち、クラスごとに並ぶよう声をかけていた。


 一組は先に校庭の奥へ移動していた。二台並んだうち、前のバスに乗るらしい。


 二組の列には悠斗がいた。普段より少し大きい上着を着て、両手をポケットに入れている。


「おはよう」

「おはよう。早いな」

「藤宮も」


 七海は少しあとから来た。七海のお母さんに鞄の肩ひもを直され、もういいから、と小さな声で言っている。


「見てないでよ」


 列へ来るなり、七海が言った。


「見てない」

「今こっち向いてたじゃん」

「来たから見ただけだろ」


 先生に名前を呼ばれ、返事をした。


 バスでは、悠斗が窓側で、俺が通路側になった。七海は自分の班の女子と、三つ前の席に座っていた。


 前のバスが動き出した。後ろの窓越しに一組の子たちが見えたけれど、誰が誰かまでは分からなかった。


 二組のバスも、そのあとを追って校門を出た。


 最初のうちは、みんな外を見ていた。


 先生がマイクで注意を話し終えると、前の席から歌の本が回ってきた。知っている歌が始まり、途中から別の歌になり、誰かが歌詞を一行間違えて笑われた。


 悠斗は大きな声では歌わなかった。窓際へ顔を寄せ、信号で前のバスが近づくたびに中を見ている。


「遼太、見える?」

「分かんない」

「一番後ろなら、もうこっち見てると思うけど」


 前のバスが曲がり、また遠くなった。


* * *


 日光に着く頃には、朝より空が明るくなっていた。


 バスを降りると、木のにおいがした。石の道は少し湿っていて、踏むたびに靴の裏が細く鳴る。


 先生の話を聞いたあと、班ごとに動き始めた。


 小林がしおりを開き、最初の場所を確かめる。平野が一番後ろへ回り、小林が五人そろっているのを確かめてから、俺たちは人の流れに入った。


 建物の色は、教科書で見た写真よりずっと濃かった。


 三匹の猿の前には、同じようにしおりを持った小学生が集まっていた。先生から聞いた説明を、石田が鉛筆で余白に書いた。


「藤宮、次どっち?」


 小林に聞かれ、俺は地図を見た。


 目印になる建物が多くて、今どこを向いているのか分からない。


「悠斗が分かる」


 悠斗は少し先に立ち、地図と石段を見比べていた。


「こっち。さっきのところまで戻らなくていい」


 言われた道へ進むと、予定より早く次の場所に着いた。


「田辺、地図係でよかったんじゃない?」


 石田が言った。


「地図係って決めてないけど」

「今決まった」


 悠斗は困ったような顔をしたまま、地図を受け取った。


 眠り猫は、思っていたより小さかった。


「これ?」


 俺が言うと、悠斗も首を傾げて見上げた。


「もっと大きいと思ってた」

「教科書だと、これだけ写ってるからな」


 後ろの人がつかえないよう、見終わってから横へよける。


 しおりには感想を書く欄があったけれど、まだ何も書かなかった。


 石段を下り、次の集合場所へ向かっている時だった。


「藤宮!」


 人の向こうから、遼太の声がした。


 一組の班が、少し離れた道からこっちへ来る。遼太は首から使い捨てカメラを下げていた。


 同じ時に、横の建物から七海の班も出てきた。


「本当に会った」


 七海が足を止める。


「だから言っただろ」


 遼太は自分の班の男子にカメラを渡した。


「一枚撮って。四人で」

「今?」

「今しかいないだろ」


 一組の先生が、班から離れすぎるなと声をかけた。二組の先生も時計を見ている。


 俺たちは道の端へ寄った。


 遼太が最初に真ん中に立ち、七海に押されて半歩ずれる。悠斗はまだ地図を持ったままだった。


「田辺、それ下げて」


 カメラを持った男子が言った。


 悠斗は地図をたたみ、脇に下げた。


 シャッターの音が一度した。


「撮れた?」

「たぶん」

「もう一枚」

「三浦、行くぞ」


 遼太の班長らしい子に呼ばれた。


「じゃあ宿で」


 遼太はカメラを受け取りながら言った。


「会えたらね」


 七海は自分の班へ戻り、悠斗も地図を開き直した。


 三つの班がそれぞれの見学先へ歩き始めると、遼太の声はすぐ、ほかの見学客の声に混じった。


* * *


 宿に着いた時には、足の裏がじんじんしていた。


 玄関で靴をそろえ、先生に言われた部屋へ向かう。女子の部屋が並ぶ廊下の入口には、先生が立っていた。


 俺と悠斗は、二組の男子六人で同じ部屋を使うことになっていた。


 畳の部屋の端に、たたまれた布団が重ねてあった。窓際には低い机と、人数分の湯飲みが並んでいる。


「どこで寝る?」


 誰かが言った瞬間、窓際と壁際が先に取られた。


 悠斗は残った真ん中を見た。


「ここでいい」

「じゃあ俺、隣」


 旅行鞄を壁際に置き、寝間着と、風呂へ持っていく袋を出した。


 夕食の時間まで少しだけ休めると言われたのに、一人が押し入れを開け、別の一人が窓から下を見て、誰も座ったままにはならなかった。


 廊下から先生の声がした。


「走るな。ほかの部屋に勝手に入らない」


 部屋の中にいた全員が、一度だけ動きを止めた。


 夕食のあと、風呂の時間が近づいた。


 寝間着と下着、タオルを姉ちゃんにもらった袋に入れようとすると、寝間着に挟まっていた予備の靴下が、丸まったまま畳に落ちた。


「藤宮、それも持ってくの?」

「違う。姉ちゃんが入れろって言った予備」


 靴下だけを鞄に戻し、残りを袋に入れた。


 廊下には、もう石けんのにおいが、湿った空気と一緒に流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。