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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

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第四十六話 最後の白線

 運動会の朝、台所には弁当箱が三つ並んでいた。


 母さんが卵焼きを切り、父さんは居間で敷物を畳んでいる。


「こういち、水筒入れた?」

「入れた」

「はちまきは?」


 体操服のポケットを触る。


 白いはちまきが、四つ折りになって入っていた。


「あるよ」

「帰るまでなくさないでね」


 姉ちゃんは、学校の鞄ではなく、ラケットの入った細長いバッグを肩に掛けていた。


「リレー、午後だよね?」

「うん」

「練習終わったら行けるかも」

「別に来なくてもいいよ」

「じゃあ行かない」

「来るかもって言ったの姉ちゃんだろ」


 姉ちゃんは玄関で靴を履きながら笑った。


「着くまで、負けないでよ」

「俺一人で走るんじゃないんだけど」

「じゃあ、バトンだけ落とさないで」


 母さんに先に出なさいと言われ、姉ちゃんはラケットバッグを壁にぶつけながら玄関を出た。


 俺も少し遅れて家を出た。


 学校へ近づくと、校庭から音楽が聞こえてきた。


 門の前には、敷物や折り畳み椅子を持った親たちが列を作っている。俺はその列の横を抜け、教室へ荷物を置きに行った。


 二組の教室では、七海が白いはちまきを結び直していた。


「後ろ、変じゃない?」

「見えない」

「後ろから見てって言ってるの」


 結び目は少し左に寄っていた。


「曲がってる」

「直して」

「自分でできるだろ」

「見えないんだから無理でしょ」


 悠斗が後ろから手を伸ばした。


「俺がやる」


 結び目をつかみ、一度全部ほどいた。


「ほどかなくてよかったのに」

「結んだままじゃ動かないだろ」


 悠斗が結び直すと、今度は真ん中になったが、片方だけが長く垂れた。


「これでいい?」

「さっきより変」


 七海は左右に垂れた端を手で確かめ、自分で結び直した。


 開会式が始まる前に、全員で校庭へ出た。


 朝から何度も踏まれた白線は、もうところどころ薄くなっている。六年生は、一組が赤組、二組が白組だった。それぞれ校庭の外側に並んだ。


 遼太は一組の列の後ろから、指を一本立てた。


 一番になるという意味らしい。


 七海は自分の人差し指を下へ向けて返した。


 遼太はすぐに腕を高く上げ、立てた人差し指を大きく振った。


「そこ、ふざけない」


 一組の先生に言われ、ようやく前を向いた。


 午前中は、徒競走と綱引き、それから低学年の玉入れが続いた。


 自分の出番が終わっても、応援席へ戻るとすぐ次の競走が始まった。


 悠斗は徒競走で二番だった。


「あと少しだったのに」


 戻ってきてすぐ言ったが、顔は笑っていた。


「最初、出るの遅かったよ」


 七海が言う。


「合図が聞こえにくかった」

「みんな同じ合図で走ってたじゃん」

「俺のところだけ小さかったんだよ」


 遼太は悠斗とは別の回で走り、一番で戻ってきた。


 二組の前を通る時にわざと速度を落とし、胸を張って歩いたせいで、自分の応援席から早く戻れと呼ばれていた。


 昼になると、俺たちも家族のいる場所へ移った。


 父さんたちは、校庭の端にある木の近くに敷物を広げていた。


「二番だったな」


 父さんが言うと、母さんがすぐに首を振った。


「二番だったのは悠斗くんよ」

「白いはちまきが多すぎるんだ。近くに来るまで分からなかった」


 父さんが言い訳する間に、母さんは弁当箱のふたを開けた。


 おにぎりを一つ取ったところで、姉ちゃんが校門の方から来た。


 ラケットバッグを持ったまま、敷物の端に座る。


「間に合った?」

「リレーは午後」

「よかった。お腹すいた」


 姉ちゃんは弁当箱から唐揚げを一つ取った。


「それ、俺の分じゃない?」

「三つあるじゃん」

「四人で三つだよ」

「お母さんの分はこっちに入ってるから、足りるよ」


 母さんが別の箱を出した。


 姉ちゃんは朝の練習で一度も勝てなかったと話しながら、冷めたおにぎりを二つ食べた。


「運動会終わったら、また練習?」

「今日は終わり。帰ったら寝る」

「応援は?」

「今からするって」


 姉ちゃんは水筒の麦茶を飲み、ラケットバッグを敷物の後ろに寝かせた。


 午後最後の競技は、六年生の全員リレーだった。


 二組の待機場所へ入った。半周向こうの受け渡し線には七海がいた。走る順番は、七海、俺、悠斗と続いていた。


 スタート地点の近くでは、一組のアンカーになった遼太が出番を待っていた。


 最初の二人が位置についた。


 笛が鳴る。


 一組と二組の走者が、バトンをつなぎながら校庭を回り始めた。


 最初は一組が前だった。


 二組が一度前へ出たが、次の走者でまた横一線になった。応援席の声が重なり、誰の名前を呼んでいるのか分からなくなった。


 七海にバトンを渡す女子が、曲線へ入った。


「宮下、行け!」


 七海が走り出す。


 練習より少し早いように見えた。


 後ろへ出した手に、バトンが一度で入る。七海は振り返らず、そのまま前の一組を追った。


 俺も線の手前で走り始める。


「藤宮!」


 七海の声が聞こえた。


 右手を後ろへ出す。


 手のひらに、硬いバトンがしっかり収まった。


 握ってから腕を前へ振る。


 隣を走る一組の走者とは、ほとんど同じ位置だった。


 直線では少し前へ出たが、曲線へ入ると足が外へ流れる。内側の走者に、また並ばれかけた。


 悠斗の背中が見えた。


「行け!」


 悠斗が走り出す。


 練習の時と同じところで追いついた。


「悠斗!」


 伸ばされた手にバトンを押し込む。


 バトンを離すのが少し遅れ、俺の指先が悠斗の手に一瞬触れた。


 それでも落ちなかった。


 悠斗は前を向いたまま速度を上げた。


「つながった!」


 七海が横から言った。


「落とさなかったな」

「うん!」


 七海と顔を見合わせたのも一瞬で、すぐに悠斗の背中へ向き直った。


「悠斗、行け!」


 二組の列へ戻ってからも、バトンが渡るたびに声が出た。


 そのあと、二組が何度か一組より前へ出た。


 アンカーにバトンが渡る直前、二組が半歩ほど先だった。


 一組のアンカーは遼太だった。


 遼太はバトンを受けると、最初の数歩で二組の走者に並んだ。


 直線へ入る。


 遼太は口を開けたまま、腕を大きく振っている。


 二人がほとんど同時に白い線を越えた。


 どちらが先か、応援席からは分からなかった。


 先生たちが短く話し、赤組の旗が上がった。


 一組の応援席から声が上がる。


 遼太は止まりきれず、線を越えた先で何歩も走ってから振り返った。


 大きく両手を上げている。


「負けた」


 悠斗が言った。


「惜しかったね」


 七海は白いはちまきをつけたまま、悔しそうにゴールを見ていた。


 俺のいたところからは、家族の敷物が見えた。


 父さんは立って拍手をしていた。母さんも手を振っていた。


 姉ちゃんは座ったまま、口の横に手を当てて何か叫んでいた。周りの声に消されて、何を言ったのかは聞こえなかった。


 閉会式のあと、六年生は片づけに残った。


 旗を畳み、椅子を体育館に戻し、校庭に打ち込まれていた杭を抜く。


「一組、速かっただろ」


 遼太が、まだ赤いはちまきを首に掛けたまま来た。


「最後だけでしょ」


 七海が言う。


「最後で勝ったんだからいいだろ」

「二組だって、途中は勝ってたよ」

「ゴールした時に前だった方が勝ちだろ」


 七海が言い返そうとしたところで、遼太が一組の先生に呼ばれた。


 遼太は白線の外側を歩きながら戻っていった。


 俺はライン引きを倉庫まで運んだ。


 車輪の脇から白い粉が少しこぼれ、薄くなった白線のそばに新しい跡を残した。


 教室へ戻ると、机の上に薄い冊子が置かれていた。


 表紙には、修学旅行のしおり、と書いてある。


「今日は持って帰るだけです。名前を書いて、次の登校日に持ってきてください」


 先生が言った。


 七海はしおりより先に、自分のはちまきがまだ頭にあることに気づいた。


「これも返すんだっけ」

「洗ってからだって」


 悠斗が、しおりの一頁目をもう開いていた。


 俺も鞄に入れようとしたが、水筒と体操服で中がいっぱいだった。


 端を少し曲げて押し込むと、七海に、名前を書く前になくさないでよ、と言われた。

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