第四十五話 二組の走る順番
二学期が始まって二週間ほどすると、校庭の端に白い線が増えた。
朝はまだ少し涼しいのに、二時間目の体育が始まる頃には、半袖の体操服が汗で背中に張りついた。
「今日は全員リレーの順番を決めます」
先生が、名前を書いた細長い紙を何枚も持ってきた。
午後にも六年生全員で校庭へ出て、決めた順番で時間を測ることになっていた。
「一人半周ずつ。走るのが速い人を最後に置けば勝てる、というものでもありません。バトンを落としたら、その分だけ遅くなります」
俺たち四人のうち、六年二組にいるのは俺と悠斗と七海の三人だった。
先生は前の週に測ったタイムを見ながら、最初の順番を読み上げていく。
俺たちは、中ほどで三人続けて呼ばれた。
「藤宮、宮下、田辺の順です」
七海が、先生から受け取った自分の名前の紙を地面に置いた。
「藤宮から受けるの?」
「嫌なの?」
「まだ何も言ってないじゃん」
悠斗は自分の紙を七海の後ろに並べた。
「俺、七海から?」
「そうみたい」
「走ったまま渡すんだよな」
「止まったらリレーにならないでしょ」
最初は、バトンを持たずに走る位置だけを確かめた。
半周は、思ったより短い。
前の人が曲線へ入ったら次の人が走り始め、決められた線の間でバトンを受け取る。
先生が笛を鳴らした。
前を走る男子が近づいてくる。
「藤宮、行け!」
声をかけられて走り出した。
後ろへ出した手にバトンが当たる。つかんだつもりだったが、指先だけに引っかかり、落としそうになった。
握り直して前を見る。
半周走り、今度は七海に渡す。
七海が前を向いたまま右手を後ろへ出した。
「もう少し!」
追いつこうとして腕を伸ばす。
バトンの先が七海の手のひらに触れたが、つかむ前に離れた。
地面に落ちたバトンが、白い線の上を転がった。
「止まって!」
七海が振り返り、俺も足を止めた。
二人の間に落ちたバトンを拾う。
後ろから来た組が、俺たちをよけて先へ走っていった。
「藤宮、離すの早い」
「七海がつかんだと思ったんだよ」
「つかんでないよ」
「触っただろ」
「触っただけ」
先生に、続きは走らなくていいから列へ戻るよう言われた。
悠斗は一人だけ待ったままだった。
「俺、一回も走ってないんだけど」
「次は渡すから」
「落とさないでよ」
二回目は、渡す前に声をかけた。
「七海、行け」
七海が走り出す。
今度は手に押し込むまで離さなかった。
受け取れたが、俺が近づきすぎて、七海のかかとを踏みそうになった。七海は一度横へよけてから前へ走った。
バトンは悠斗までつながった。
けれど、三人分の時間は、先生が持っている表よりかなり遅かった。
「受け取る人は、何度も後ろを見ない。渡す人は、腕を伸ばしすぎない。声を聞いてから手を出してください」
先生が言う。
分かっていても、走りながらだと距離が合わない。
休み時間、三人で校庭の端に残った。
使っていないバトンを一本借り、同じところを何度も走る。
「藤宮、手を出すの早い」
七海が言った。
「今は遅いって言っただろ」
「さっきは遅かったけど、今は早い」
「どっちなんだよ」
「合うところ」
その場所が分からないから練習している。
悠斗がバトンを持った。
「俺から七海に渡してみる?」
「順番違うじゃん」
「まだ決まってないんでしょ」
悠斗が先に走り、七海が少し遅れて出る。
悠斗は声をかけるのが早かったが、七海は振り返らずに手を出した。バトンが手のひらに当たる音がして、そのまま持っていく。
「今の取りやすかった」
七海が戻ってきた。
「俺がうまい?」
「声は早かったけど」
「じゃあ、どっち?」
「バトンは取りやすかった」
七海は俺と悠斗を見比べた。
「私が藤宮の前で、藤宮が悠斗に渡す方がよくない?」
「何で?」
「藤宮と悠斗の方が、一歩の長さが近いから。私が藤宮から逃げるより、藤宮が悠斗を追う方が合わせやすそう」
言われて、順番を替えて走ってみた。
七海は短く声をかけて、俺の手の奥までバトンを入れた。
俺は悠斗の背中を追う。
さっきより近づくのが早かった。悠斗の手が出たところで一度だけ声をかけ、バトンを押し込む。
三人とも止まらずに走れた。
「これじゃない?」
悠斗がバトンを持ったまま言った。
もう一度やっても、落ちなかった。
先生に話すと、午後の学年練習で順番を入れ替えて時間を測ることになった。
最初の順番より、二秒近く短くなった。
「じゃあ、この三人は宮下、藤宮、田辺でいきます」
先生が名前の紙を並べ直す。
七海は何も言わなかったが、自分の紙を少しだけ真っすぐにした。
放課後、遼太が一組から二組へ来た。
「一組、順番決まったぞ」
「遼太どこ?」
「最後」
遼太は即答した。
「本当に?」
「走って決めたからな。俺が一番だった」
「短い距離だけでしょ」
「リレーも短い距離だろ」
七海が、黒板に貼られた二組の順番を指した。
「一組の順番、全部言っていいの?」
「別に秘密じゃないだろ。そっちも貼ってあるし」
遼太は上から名前を見て、俺たち三人が続いているところで止まった。
「七海が藤宮より前なんだ」
「この順番が一番速かったから」
悠斗が答えると、遼太は黒板の一番下まで目を動かした。
「二組の最後は誰?」
七海が、一番下に貼られた名前を指した。
「じゃあ、最後に俺が抜けば一組の勝ちだな」
「そこまでに二組が前に出てるかもしれないよ」
「追いつく」
「まだ走ってもないのに」
帰りの会が始まる前に、遼太は一組へ戻っていった。
黒板には、二組の走る順番が残っている。
先生が一番下に、土曜日は運動会、と赤いチョークで書き足した。
七海は自分の席へ戻る前に、三人の名前をもう一度見た。
「本番で落としたら、藤宮のせいだからね」
「七海から受け取るところで落としたら七海だろ」
「受け取る方が持つの」
「渡す方が最後まで持つんじゃないの?」
悠斗が間に立ったまま、どちらの方を見ればいいのか迷っていた。




