第四十七話 二日分の持ち物
運動会の次の登校日、名前を書いた修学旅行のしおりを机の上に出した。
表紙には、山と赤い橋の絵がある。その上に大きく、修学旅行のしおり、と書かれていた。
「修学旅行まで何度も使います。なくした人には、もう一冊はありません」
先生がそう言うと、前の席の男子が自分の名前を指でなぞった。
俺のしおりの右下にも、家で書いた六年二組、藤宮恒一、の字がある。
一泊二日。行き先は日光方面。
持ち物の欄には、筆記用具のほかに、着替えや洗面用具、雨具まで並んでいた。小遣いは三千円まで。お菓子については、食べられる分だけ、としか書かれていない。
「食べられる分って、どのくらい?」
斜め前から七海が振り返った。
「一泊で食べられるくらいだろ」
「遼太なら袋いっぱいでも食べられるって言うよ」
「言いそう」
先生が黒板を叩いた。
「今から班を決めます。見学の班と、宿の部屋は別です。女子と男子の部屋も別。仲のいい人だけで固まっても、集合時間は忘れないこと」
教室のあちこちで、机を動かす音がした。
見学班は五人ずつだった。
俺と悠斗は、小林、石田、平野と同じ班になった。小林は班長を決める時にすぐ手を挙げ、石田はしおりの地図を開いた。平野は歩くのが速いからと、一番後ろを任された。
七海は二つ隣で、女子三人、男子二人の班に入った。
班の机を寄せ終えると、七海が俺たちの方へ来た。
「悠斗と同じ班なんだ」
「うん。七海はそっち?」
「そう。見たい場所が全然まとまらない」
「まだ決め始めたばかりだろ」
「もう写真を撮りたい場所が三つ出てる」
向こうから七海の班の女子が呼んだ。
「宮下さん、先に順番決めよう」
「今行く」
七海は返事をして、俺たちに手を振るでもなく自分の班へ戻った。
俺の班では、悠斗が開いた地図の端を指で押さえていた。
「ここ、先に行った方がよくない?」
「何で?」
「最後にすると、集合場所から遠い」
小林が地図を逆さからのぞき込み、それから自分の椅子を悠斗の隣へ動かした。
悠斗は大きな声で仕切るわけではなかったけれど、そのあとの順番は、悠斗が言った通りになった。
宿の部屋は先生が決めた六人組で、俺と悠斗は同じ部屋になった。
休み時間になると、一組から遼太がしおりを丸めてやってきた。
「二組、班決まった?」
「決まったよ」
「藤宮と悠斗は一緒?」
「うん。七海は別」
「俺も別」
遼太は当たり前のことを言ってから、俺のしおりと自分のしおりを並べた。表紙の色だけが少し違う。
「バスも別なんだって」
「クラスごとだからね」
「宿で会えるだろ」
七海が自分の席から言った。
「男子と女子で部屋も違うよ」
「部屋じゃなくて、廊下とか」
「廊下で集まったら怒られるでしょ」
「じゃあ見学中」
「班行動だって」
遼太は少し黙り、しおりの予定表を上から下まで見た。
「同じ場所にはいるんだろ」
「会ったら会ったでいいんじゃない?」
悠斗が言うと、遼太はしおりを丸めるのをやめた。
「うち、使い捨てのカメラ持っていっていいって」
「まだ学校がいいって言ってないよ」
「持ち物に書いてある。名前書けばいいって」
遼太のしおりの端には、本当に小さく書いてあった。二組のものにも同じ一行がある。
「じゃあ、会ったら四人で撮ろう」
「会えたらね」
「会うって」
どうやって会うのかは決めないまま、予鈴が鳴った。
* * *
班で見学の順番や集合時間を確かめるうちに、修学旅行まであと三日になった。
母さんが押し入れの上から紺色の旅行鞄を下ろした。
「これ、姉ちゃんのじゃないの?」
「小学校の修学旅行で使っただけ。今は部活の鞄があるから、借りたらいいでしょ」
母さんが留め具を外すと、しまってあった布のにおいがした。
床には、しおりを見ながら集めた物が並んでいる。寝間着、二日目の服、下着、靴下、歯ブラシ、タオル。雨具は鞄の底に入れた。
「それ、全部一緒に入れるの?」
部屋の入口で、姉ちゃんが言った。
「一緒って?」
「着た服と、まだ着てない服」
「袋には入れるよ」
「その袋、透明だから、廊下で鞄開けたら全部見えるけど」
俺は手に持っていた袋を止めた。
「別に見られても困らないだろ」
「パンツも?」
「姉ちゃん、うるさい」
姉ちゃんは笑いながら、自分の部屋へ行った。すぐに、色のついた小さな袋を二枚持って戻ってくる。
「一日目と二日目で分けた方が楽。脱いだのはこっち」
「何でそんなにあるの?」
「部活で使うから」
片方には、小さく名前が書いてあった。
「なくさないでよ」
「分かってるって」
「なくしたら、こういちの小遣いで買い直してね」
母さんが寝間着をたたみ直しながら言った。
「助かるけど、からかうなら自分の部屋に戻りなさい」
「ちゃんと教えてるじゃん。あと、靴下もう一足入れた方がいいよ。雨じゃなくても濡れるから」
「何で?」
「こういう時、誰かが水こぼす」
経験がある言い方だった。
母さんが靴下をもう一足、たんすから出した。
「それと、小さい袋を手で持てるようにしておきなさい。しおりとハンカチを、いちいち大きい鞄から出さなくていいように」
「肩から掛けるやつ?」
「遠足で使ったのがあるでしょ」
俺が立ち上がろうとすると、姉ちゃんが先に机の横から手提げ袋を引っ張り出した。
「これ?」
「勝手に探すなよ」
「見えてたから取っただけ」
袋の中から、去年の遠足でもらった紙が一枚出てきた。母さんがそれを抜き、代わりにしおりを入れる。
父さんは夕飯のあと、三千円の入った小さな封筒をくれた。
「財布に入れるのは前の晩でいい。それまでは封筒のまま、引き出しにしまっておけ」
「うん」
「使い切らなくてもいいからな」
「分かってる」
姉ちゃんが食卓の向かいから手を出した。
「余ったらもらってあげる」
「何で姉ちゃんに渡すんだよ」
「鞄貸したから」
「母さんが貸していいって言ったんだろ」
父さんが封筒を俺の方へもう少し押した。
「姉ちゃんの分は土産でいい」
「お父さん、勝手に決めないでよ」
「いらないのか?」
「いるけど」
姉ちゃんはすぐ答えてから、何がいいかは言わなかった。
部屋へ戻り、封筒を机の引き出しにしまった。
旅行鞄は、ランドセルの横に置くとずいぶん大きく見えた。二日分しか入っていないのに、持ち上げると片方の肩が下がる。
姉ちゃんにもらった袋から、靴下の丸いところだけが少し出ていた。




