第四十三話 パソコンを置く場所
終業式の日、遼太は一組の教室から出てくるなり言った。
「小学生最後の夏休みだな」
「最初に言うの、それ?」
七海が笑いながら上履きの袋を持ち直した。
「だって来年は中学生だろ」
「その前に宿題あるけど」
「悠斗、今それ言うなよ」
遼太は嫌そうな顔をしてから、俺を見た。
「藤宮は何する?」
「日曜に父さんと電器店に行く」
「ゲーム?」
「パソコンを見る」
「買うの?」
「まだ決めない」
七海が横から聞いた。
「前に言ってた、自分の部屋の?」
「うん。置けるかどうかも見ないといけないけど」
「部屋、そんなに狭かったっけ」
「机の上が狭い」
「片づければ?」
「姉ちゃんと同じこと言うなよ」
七海は笑い、遼太は先に昇降口へ歩き出した。
「買ったら見せて」
「まだ買わないって」
「中学までには買うんだろ」
「たぶん」
悠斗が後ろから言った。
「遼太、もう行ってるよ」
昇降口を見ると、遼太が一人で靴を履き替えていた。
「早くしろよ。公園どうするか決めるぞ」
「今決めるの?」
「夏休みだから」
「毎日二時でいいだろ」
「毎日は無理だよ」
「じゃあ来れる日」
「それ、決めてないのと同じじゃん」
七海に言われても、遼太は靴を履きながら何曜日がいいか聞き続けた。
三人で遼太のところへ行き、四人で校門を出た。
「十八万九千八百円」
夏休みに入って最初の日曜日、父さんが値札を読んだ。
パソコン売り場には、同じくらいの大きさの画面が何台も並んでいた。どの画面にも明るい写真が出ていて、足元では本体の風が低い音を立てている。
「それ、画面も入ってる?」
「入ってるみたいだな」
父さんが値札の下まで見る。
白い本体と、奥行きのある画面。キーボードまで机に置いたら、教科書を広げる場所はほとんど残らなそうだった。
「思ったよりでかい」
「家にあるのと同じくらいだろ」
「部屋で見ると、もっと大きいよ」
姉ちゃんが隣の画面をのぞき込みながら言った。
「何で姉ちゃんも来てるんだよ」
「一緒に行くだけならいいって、お母さんが言った」
「俺、ついてくるなって言ったじゃん」
「でも、お父さんも今は何も言ってないよ」
父さんは聞こえないふりをして、別の値札を見ていた。
母さんは少し離れたところで、展示されている電話機を見ている。
「こっちは安いぞ」
父さんが指したものは、十五万円を少し切っていた。画面は似ているのに、横の紙には違う数字がいくつも並んでいる。
「何が違うの?」
「こっちの方が少し古いみたいだな」
父さんも、値札だけでは決められないようだった。
近くにいた店員が声をかけてきた。
「ご自宅用でお探しですか?」
「まだ検討中なんです。息子が中学に入る頃に、一台考えてまして」
父さんがそう言うと、店員は俺の方を見た。
「ゲームをされるんですか?」
「ゲームもするけど、インターネットを使いたいです」
「調べもの?」
「会社のこととか」
店員が一瞬だけ父さんを見た。
「学校の調べものにも使うと思います」
付け足すと、父さんが苦笑いした。
「家には一台あるんですが、二台ともインターネットにつなげられますか」
「できますよ。今お使いの機械によっては、別に必要なものがありますけど」
「置く部屋まで線もいりますか」
「場所によりますね」
店員は紙の裏に簡単な図を書いた。父さんの部屋から俺の部屋まで、廊下の壁際に線を通すらしい。
父さんは店員に、必要なものを紙に書いてもらった。
「今日は決めずに、持ち帰って考えます」
「分かりました。中学に入られる頃なら、また商品も変わっていると思います」
店員が離れてから、もう一度十八万九千八百円の値札を見た。
「これがいいのか?」
「まだ分かんない」
父さんが先に歩き出した。
「一台だけ見ても決められない。今日はもう少し見て帰るぞ」
売り場を一周して、三台分の紙をもらった。父さんは二十万円を超えているものには、紙を取らなかった。
店を出る時、姉ちゃんが振り返った。
「本当に買わなかった」
「今日は下見だけって言っただろ」
「分かってるけど」
家に帰ると、父さんが物置からメジャーを持ってきた。
俺の部屋の机には、教科書と筆箱と、途中まで使ったノートが置いてある。奥には小さい本棚がついていた。
「この棚、外れるか?」
父さんが机の後ろをのぞいた。
「外してどうするの?」
「画面を置くなら邪魔になる」
姉ちゃんが机の上の雑誌を勝手に重ねた。
「これ全部どければ置けるんじゃない?」
「教科書も置くんだよ」
「パソコン来たら勉強しないでしょ」
「するって」
「今もしてないじゃん」
「夏休みの宿題やってる途中だよ」
開いたままの算数ドリルを指すと、姉ちゃんは何も言わずに閉じた。
「閉じるなよ」
「片づけてるの」
父さんが机の幅を測り、店でもらった紙の裏に数字を書いた。
「画面とキーボードは置けるけど、ここで宿題するには狭いな」
父さんは机の下のランドセルと、横にあるごみ箱を見た。
「机の横に台を置く方がいいかもしれないな」
「そんな場所ある?」
母さんが入口から部屋を見た。
「ごみ箱を動かしても、ここは狭いよ」
「本棚を一つ動かすか」
「どこに?」
「それを今から考える」
父さんと母さんが部屋を見回した。父さんがメジャーを戻すと、金属の部分が勢いよく巻き取られた。
居間へ戻り、店でもらった紙を食卓に並べた。
父さんが一枚ずつ重ねながら言う。
「二十万円を超えるのはなしだな」
「うん」
「ゲームをするなら、それに合うのを選ばないとだめだぞ」
「ゲームだけじゃないって。インターネットと、学校の調べものにも使う」
「順番が逆じゃない?」
姉ちゃんが言った。
「ゲームだけじゃないって」
母さんが紙の端をそろえた。
「部屋に置いたら、夜までずっとやりそうね」
「やらないよ」
「勝手に買い物しないでね。名前や住所を聞かれても、お父さんかお母さんを呼ぶのよ」
「分かってるって」
「私も使っていいよね」
「こういちに聞いてからね」
「私が?」
「誰に聞くつもりなの」
母さんに言われて、姉ちゃんは納得していない顔をした。
父さんが三枚の紙を封筒に入れる。
「今すぐは買わないぞ。卒業する前に、もう一度見に行く」
「その時は買う?」
「それまで家のをちゃんと使えてたら考える。いくら出すかは、それからだ」
父さんは封筒を俺に渡した。
「なくすなよ」
自分の部屋へ持っていき、机の引き出しを開けた。
花柄のノートと、株の紙。その上に、パソコンの封筒を置く。
引き出しを閉めようとしたところで、厚くなった封筒が上に引っかかった。
「入らない」
もう一度開けて、横向きに置き直した。




