第四十二話 郵便で届くDVD
「俺だけ一組?」
新しいクラスの紙を見た遼太が、もう一度、自分の名前を上から探し始めた。
三浦遼太、六年一組。
藤宮恒一、田辺悠斗、宮下七海は六年二組だった。
「見間違いじゃない?」
七海が横から紙を見た。
「合ってるよ。一組」
「なんで俺だけ」
「去年は俺だけ二組だったけど」
悠斗が言うと、遼太は一組と二組の紙を見比べた。
「じゃあ交代したのか」
「何を?」
「クラス」
「交代じゃなくて、クラス替えだろ」
昇降口の前には、まだ名前を探している子が何人もいた。後ろから押されて、俺たちは紙の前を離れた。
「休み時間になったら二組行くから」
「来るの?」
「行くだろ」
「自分のクラスにいなよ」
七海が言っても、遼太は聞いていなかった。
六年二組の教室は三階だった。
窓から校庭を見下ろすと、去年より少しだけ高く感じる。机も黒板も変わらない。小学校は、あと一年で終わる。
新しい担任が入ってきて、黒板に名前を書く。
「今日から最高学年です。一年生の手伝いもしてもらうから、そのつもりで」
前の方で、誰かが小さく面倒くさいと言った。
先生は振り返った。
「自分たちも一年生の時、六年生にやってもらったでしょ。今度はみんなの番です」
休み時間になると、遼太は本当に二組へ来た。
「一組どうだった?」
「先生の声、めちゃくちゃでかい」
「怒ってたの?」
「普通に話してただけ。あと、俺の席は窓側」
「それはよかったじゃん」
遼太は俺の机の横に立ったまま、二組の中を見回した。
「こっちの方が知ってるやつ多い」
「そのうち一組でも増えるだろ」
「別に増えなくても、休み時間こっち来ればいいし」
そう言って、予鈴が鳴るまで二組にいた。
四月の終わりには、一年生を教室まで連れていく当番も回ってきた。
上履きの左右を逆に履いている子や、自分の教室が分からなくなって廊下で止まっている子がいる。
「一年二組、こっちだよ」
声をかけると、その子は何も言わずについてきた。
廊下をゆっくり歩く背中を見ていると、俺もこんなに小さかったのかと思う。今の身体だって、大人から見ればまだ十分小さいはずなのに。
一年二組の前まで来ると、その子は教室へ駆け込んだ。
「廊下は走らない」
言ってから、自分が六年生みたいなことを言った気がした。
* * *
五月最後の日曜日、父さんがパソコンで証券会社のページを見ていた。
部屋では、パソコンのファンが低く鳴り続けていた。
俺は椅子の後ろから、画面に並ぶ会社名を見ていた。
知らない名前が続いたあと、一つだけ目に引っかかった。
ネト〇リ。
「これ」
椅子の背に置いていた手に力が入った。
「知ってるのか?」
「名前は」
「また名前か」
父さんが少しだけ笑った。
「何の会社?」
「DVDを貸す会社らしい。店じゃなくて、郵便で送るんだと」
「郵便で?」
画面には、赤い封筒の写真が載っていた。
見覚えがあるような、ないような感じだった。
俺が覚えているネト〇リは、テレビやパソコンで映画を見る会社だった。郵便でDVDを借りたことはない。
同じ名前なのに、知っている姿とはずいぶん違う。
「これ、株買える?」
「上場したばかりみたいだな。欲しいのか?」
父さんは画面を少し下へ動かした。
「うん。これから、インターネットで映画を選ぶ人は増えると思う」
「でも、届くまで待つんだろ」
「今は。そのうち、届くのを待たなくても見られるようになるかも」
父さんが手を止めた。
「どうやって見るんだ」
その先を、小学生の言葉でうまく言えなかった。
回線は前より速くなったとはいえ、家のパソコンで映画を一本見るなんて、父さんにはまだ想像しにくいだろう。
「パソコンで、そのまま見られるようになるとか」
父さんは画面を見た。
「今のうちじゃ無理だな」
「今は無理でも」
「先のことは分からん、か」
「うん」
部屋の入口から、姉ちゃんがのぞいた。
「まだ使ってるの?」
「今調べてる」
「私も使いたい」
「何見るの?」
「CD。友達が言ってたやつ」
「あと少し待って」
「さっきもあと少しって言った」
父さんが時計を見た。
「今日はここまでにするか」
「買わないの?」
「今すぐは買わない。会社のことをもう少し見てからだ」
「いつ?」
「来週まで待て」
父さんが椅子から立つと、姉ちゃんがすぐに座った。
「まだ電源切らないでよ」
「切ってないだろ」
「こういち、横から見ないで」
「見てない」
「見てるじゃん」
俺は部屋を出た。
六月に入って数日後、父さんがノートを食卓へ持ってきた。
「ネト〇リは、五十万円分だけ買ったぞ」
父さんは新しく書いた会社名を指した。
「前より少ない」
「上場したばかりだからな。それでも大金だし、前の二つも、上がったり下がったりしてる」
俺はノートを自分の方へ引いた。
父さんは何も言わず、ペンを俺へ渡した。
六月の日付を書いた。
三つ目の会社名だった。
「これも長く持つの?」
姉ちゃんが後ろから聞いた。
「そのつもり」
「DVD借りた方が早くない?」
「株を買ったからって、DVDは届かないよ」
母さんが洗濯物を抱えたまま言った。
姉ちゃんは少し考えてから、俺のノートを見た。
「じゃあ何が届くの?」
「何も届かない」
「つまんない」
姉ちゃんは洗濯物の山から自分のシャツを抜こうとして、母さんに手を払われた。
「崩れるから触らないで」
「自分の取ろうとしただけ」
「あとで持っていって」
母さんはそのまま居間へ運んでいった。
それから、雨の日が増えた。
外で遊べない日は、家のパソコンを使いたくなる。けれど、父さんが仕事の紙を作っていたり、姉ちゃんが本やCDを探していたりすると、順番が来るまで待つしかなかった。
土曜日の午後、姉ちゃんが一時間近く椅子から動かなかった。
「まだ?」
「今見てる」
「さっきから同じページじゃん」
「どれにするか考えてるの」
「買うの?」
「お母さんに聞いてから」
「じゃあ先に聞けばいいだろ」
「決めてから聞くの」
姉ちゃんは画面を見たまま動かなかった。
夕飯の時、父さんに聞いた。
「パソコン、いつ見に行く?」
「何の話だ?」
「中学になったら、自分のを買うって話」
「買うとはまだ言ってない。考えると言ったんだ」
「でも、家のは順番待ちになる」
「今日、姉ちゃんが長かっただけでしょ」
母さんが味噌汁を置いた。
「昨日は父さんが使ってた」
「仕事に必要なものを作ってたんだ」
「だから、自分のが欲しい」
父さんは箸を持ったまま、少し考えた。
「まだ中学まで時間はある」
「もう六年生だよ」
「分かってる」
姉ちゃんが味噌汁を飲んでから言った。
「見るだけ見に行けば?」
「お前はついてくるなよ」
「何で?」
「姉ちゃんまでパソコン欲しいって言い出すだろ」
「言わないし」
母さんが父さんを見た。
「値段くらいは見ておいてもいいんじゃない?」
「そうだな」
父さんは俺の方を向いた。
「夏休みに入ったら、一度見に行くか」
「買う?」
「見るだけだ」
姉ちゃんが小さく笑った。
「見るだけで終わるかな」
「その場で決めるつもりはないよ」
父さんはそう言って、ご飯をもう一口食べた。




