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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

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第三十四話 第一希望の部活

 クラブ活動希望調査の紙は、夕飯の前まで食卓の端に置いたままだった。


「それ、明日出すやつ?」


 姉ちゃんが麦茶のコップを持ったまま、紙をのぞき込んだ。


「明日出す」

「じゃあ書かないとだめじゃん」

「今から書く」


 姉ちゃんは言いながら、紙の上に書かれているクラブの名前を目で追った。


「サッカーあるじゃん」

「遼太はそれにすると思う」

「こういちは?」

「まだ決めてない」

「サッカーじゃないの?」

「毎週サッカーは、ちょっと」

「じゃあ何」


 聞かれて、紙の真ん中あたりにある文字を見る。


 コンピュータクラブ。


 その文字のところで、少しだけ目が止まった。


「コンピュータかな」

「パソコンのやつ?」

「たぶん」

「学校でパソコンできるの、いいな」

「ゲームとかできるの?」

「学校だから、それはないだろ」


 そう答えると、姉ちゃんは少し残念そうにした。


「まだ入れるか分からない」

「第一希望に書けばいいじゃん」

「人気あるかも」


 紙には、第一希望と第二希望の欄があった。


 第二希望のことは、まだ何も考えていなかった。


「図工は?」


 姉ちゃんが言う。


「なんで」

「私の時も図工あったし」

「姉ちゃんは何のクラブだったの」

「手芸クラブ入ってた」

「ちょっと意外かも」

「どういう意味?」

「じっとしてなさそうだから」

「失礼だな」


 姉ちゃんは少しだけ口をとがらせた。


「でも、図工も静かそうじゃない?」

「静かなのがいいってわけじゃない」

「じゃあ給食」

「クラブじゃないだろ」


 姉ちゃんは笑って、麦茶を飲んだ。


 夕飯が並ぶころ、父さんが帰ってきた。


 かばんを置いて、手を洗ってから食卓に来る。


「クラブか」


 父さんは紙を見て言った。


「うん」

「五年生からだったな」

「コンピュータにしようかと思ってる」


 父さんは紙に目を落とした。


「家のとは違うだろうし、少しくらい古くても使ってみるのはいいかもしれないな」


 父さんがそう言うと、姉ちゃんがすぐに顔を上げた。


「古いのにいいの?」

「違うものを使うのも勉強になるだろ」


 父さんはそこで箸を取った。


「第二希望は?」


 母さんに聞かれて、俺は紙を見る。


「図工にする」

「いいんじゃない」

「絵描くの?」

「絵だけじゃないと思う」

「ちゃんと知らないんじゃん」


 姉ちゃんが言う。


「まだ始まってないから分からないだろ」

「でも、楽しみ?」


 急にそう聞かれて、少しだけ手が止まった。


「まあ、ちょっと」


 それくらいにしておいた。


 夕飯のあと、俺は希望調査の紙を連絡帳の上に置いた。


 第一希望に、コンピュータクラブと書いた。


 第二希望には、図工クラブ。


 翌朝、教室では同じ紙を持っているやつが何人もいた。


 遼太は机の上に紙を広げて、鉛筆を握っている。


「藤宮、何にした?」

「コンピュータ」

「ほんとに?」

「昨日言っただろ」

「俺、サッカー」

「知ってる」


 遼太は第一希望の欄に、大きくサッカーと書いていた。


 第二希望の欄は空いている。


「第二は?」

「サッカー」

「同じの二回書くなよ」

「第一がだめだった時のサッカー」

「だめだったらサッカーじゃないだろ」


 遼太は少し考えてから、消しゴムを取った。


「じゃあ何」

「知らないよ」

「藤宮は第二何」

「図工」

「絵描くやつ?」

「それだけじゃないだろ」

「知らないじゃん」

「サッカー二回よりいいだろ」


 遼太は俺の紙を見て、第二希望の欄に図工と書いた。


「まねするなよ」

「まねじゃない。今決めた」


 七海が前の方から振り返った。


「遼太、図工で静かにできるの?」

「できるし」

「ほんとかな」

「できるって」


 教室の後ろで誰かが「バスケにする」と言った。


 別の机では、手芸クラブの名前を指して笑っている女子がいた。


 先生が入ってくると、みんな紙を机の上に置いた。


 希望調査を出してから、何日か経った。


 朝の会で、先生が名簿を持ってきた。


「クラブ活動の決定を発表します」


 先生が名前を読み上げていく。


 サッカークラブ。


 遼太の名前が呼ばれた。


 遼太は机の下で小さくこぶしを作った。


 そのあと、図工クラブ、手芸クラブ、バスケットボールクラブと続いた。


 コンピュータクラブ。


 藤宮恒一。


「はい」


 クラブ活動は、その週の木曜日にあった。


 六時間目が終わると、いつもの帰りの会ではなく、クラブごとに移動することになった。


 廊下には、いつもより高学年の声が多かった。


 六年生が先に歩いていて、五年生はきょろきょろしている。


「藤宮、そっち?」


 遼太が体育館の方へ行きかけながら言った。


「コンピュータ室」

「終わったら何したか教えろよ」

「サッカーも教えろよ」

「点取ったらな」

「まだ始まってないだろ」


 遼太は笑って、スキップしながら歩いていった。


 コンピュータ室は、校舎の二階の端にあった。


 普段の教室より少しだけ空気が冷たい。


 扉を開けると、机の上に白っぽいパソコンがずらっと並んでいた。


 画面は厚くて、後ろが大きい。


 マウスには線がついている。


 キーボードは、家のものより少し黄色っぽく見えた。


 俺は一瞬だけ、足を止めた。


「五年生は前の方に座って」


 担当の先生が言う。


 六年生が後ろの席に座っていく。


 俺は前から二番目の席に座った。


 椅子が少し高くて、足の裏が床に全部つかなかった。


 電源ボタンを押すと、機械の中から低い音がした。


 画面が明るくなるまで、家のパソコンより時間がかかった。


 隣の席の男子が、小声で言った。


「これ、家にある?」

「ある」

「いいな」

「父さんのだけど」

「俺、初めて触る」


 男子はマウスをそっと動かした。


 画面の矢印が少し遅れて動く。


「動いた」

「動くよ」

「分かってるけど」


 そう言って、男子は少し笑った。


「今日は文字を打ってみるところまでやります」


 先生がそう言うと、教室の中が少しざわついた。


 画面に白いところが出て、そこへ名前を打つ。


 それだけだった。


 キーボードの上に手を置く。


 慣れた場所に指を置きそうになった。


 でも、小学生の指は、思ったより短い。


 前の感覚で伸ばすと、少しだけ届かないキーがあった。


 俺は一度、手を置き直した。


 藤宮恒一。


 黒板のローマ字表を見ているふりをしながら、ゆっくりキーを押した。


 キーを押すたびに、画面に文字が出た。


 隣の男子が、それを見て目を丸くした。


「早」

「そんなに早くないだろ」

「早かったって」


 言いながら、俺は手を少し膝の上に置いた。


 早く打ちすぎると、目立つ。


 そう思ったのに、次の文字も指が先に動きそうになった。


 教室のあちこちで、先生を呼ぶ声がした。


「先生、変なの出た」

「消えた」

「動かない」

「それ、電源切ってない?」


 六年生が笑って、近くの五年生に教えている。


 俺の画面には、自分の名前だけが残っていた。


 黒い字で、ふじみやこういち。


 クラブの終わりに、先生がプリントを一枚配った。


「次までに、ローマ字表を見て、自分の名前と好きな言葉を一つ考えてきてください」


 好きな言葉。


 隣の男子がすぐに言った。


「ゲームって打っていいかな」

「いいんじゃない」

「藤宮は?」

「まだ決めてない」


 そう答えながら、プリントを折らずにランドセルへ入れた。


 廊下に出ると、体育館の方から遼太の声が聞こえた。


 サッカークラブがまだ片づけをしているらしい。


「藤宮」


 少しして、遼太が汗をかいた顔で走ってきた。


「どうだった」

「名前を打った。今日はそれだけ」

「それで楽しいの?」

「ちょっとな。サッカーは?」


 遼太は首をかしげた。


「ミニゲームした」

「楽しそうだな」

「だろ」


 遼太は満足そうに笑った。


 家に帰ると、母さんが洗濯物をたたんでいた。


「クラブどうだった?」

「まだ名前を打っただけ。次までに、これ考えてこいって」


 ランドセルからプリントを出して、食卓の端に置いた。


「好きな言葉?」

「まだ決めてない」


 母さんはタオルを一枚たたみ、俺は鉛筆を持ったけど、まだ何も書けなかった。

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