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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

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第三十話 姉ちゃんの卒業証書

 証券会社からの封筒は、それから何度か家に届いた。


 父さんは中身を見て、新聞の端に小さく数字を書いたり、俺のノートに日付だけ写したりした。


 俺が見るのは、マイクロ〇フトとアッ〇ルの名前が印刷されているところだけだった。


 ノートに書いた名前と同じなのに、証券会社の紙に印刷されていると妙な感じがした。


「二つで、いくら買ったの」

「百万円ずつだ。二百万円は大金だから、少しだと思うなよ」

「もう増えた?」

「まだだ。長く持つつもりで買ったんだから、そんなにすぐ気にするな」


 父さんは封筒を閉じて、かばんの中にしまった。


 二月になると、教室のストーブの前だけ人が集まるようになった。


 朝、ランドセルを下ろすと、遼太が両手をこすりながら近づいてきた。


「藤宮、今日体育ある?」

「あるよ」

「外で?」

「たぶんそう」

「最悪だな」

「走ればあったかいんだろ」

「それ、この前俺が言ったやつじゃん」


 遼太は悔しそうに、ストーブの方へ行った。


 悠斗が連絡帳を開きながら言う。


「三学期って短いよな」

「冬休みあったからだろ」

「でも、すぐ五年になる」


 五年。


 その言葉を聞くと、背中が伸びた。


 四年生の間に、ずいぶんいろんなことがあった。


 五年生になるのは、思っていたより早かった。


「クラス替えあるかな」


 七海が上履きのかかとを直しながら言った。


「あるだろ」


 遼太がストーブの前から答える。


「同じクラスじゃなかったら静かになるね」

「ならないだろ」

「少しはなるかも」


 七海が笑うと、遼太は大げさに顔をしかめた。


「俺だけうるさいみたいに言うな」

「遼太が一番うるさいだけ」

「それ、悪口だろ」

「冗談じゃないよ」


 七海は笑いながら言った。


 教室の窓は白く曇っていて、丸を書いた跡があった。


 家では、春休みの前に買うものの話が増えた。


 話に出るのは、新しいノートとか、短くなった鉛筆とか、きつくなり始めた上履きだった。


「上履き、つま先痛くない?」


 母さんに聞かれて、俺は玄関で靴を脱ぎながら足の指を動かした。


「少しだけ」

「なら、もう買い替えようか」

「まだ履ける」

「痛くなってからじゃ遅いでしょ」


 母さんはそう言って、俺の上履きを手に取った。


 前なら、たぶんもうしばらく履いていた。


 まだ使えるから、と言って。


 今も、履けないわけではない。


 でも母さんは、そこであまり迷わなかった。


「今度の休みに見に行こう」

「うん」

「ついでにノートも買っておく?」

「国語と算数のノートが欲しい」

「連絡帳は?」

「まだある」

「本当に?」

「たぶん」


 姉ちゃんが居間からのぞいた。


「私のシャーペンも見たい」

「じゃあ一緒に見に行こうか」

「本当に?」

「見るだけで終わるかは分からないけどね」

「見るだけじゃ終わらないと思う」

「自分で言うんだ」


 姉ちゃんは満足そうに居間へ戻った。


 母さんは笑って、上履きを玄関の端に置いた。


 三月に入ると、給食の時間に卒業式の歌が聞こえるようになった。


 六年生が体育館で練習している声が、廊下の方から薄く届く。


 あの中には、姉ちゃんの声も混じっている。


 遼太はパンの袋を開けながら、嫌そうにした。


「六年生、ずっと歌ってるな」

「卒業式の練習だろ」

「体育館、寒そう」

「そこかよ」


 それを聞いて、七海が笑った。


「遼太、卒業するとき泣きそう」

「泣かない」

「絶対?」

「絶対」


 悠斗が牛乳を飲んでから言った。


「遼太、すぐ顔に出そう」

「泣かないって」


 俺は笑いながら、パンを小さくちぎった。


 卒業式の歌はまだ聞こえていたけど、給食の時間はいつもとあまり変わらなかった。


 数日後、姉ちゃんの卒業式が終わった。


 午後、食卓の上に紺色の筒が置かれていた。姉ちゃんはよそ行きの服からトレーナーに着替えて、筒のふたを何度も開け閉めしている。


 ぽん、と音がした。


「それ、何回やるの」

「別にいいでしょ。私のだし」

「卒業証書、見せて」

「手、洗った?」

「洗ったよ」


 姉ちゃんは筒から証書を抜き、両端を持ったまま俺の方へ向けた。


 藤宮真鈴、と大きく書かれている。その下の細かい字を読んでいるうちに、姉ちゃんが紙を少し上げた。


「近い。鼻つきそう」

「つかないよ」

「折ったらだめだからね」


 母さんが台所から言った。


「真鈴も、いつまでも出してないで筒に戻しなさい」

「今見せてるところ」

「こういちに?」

「見たいって言うから」


 夕方、父さんは帰ってくると、背広を脱ぐ前に同じ証書を広げた。


「そんなに見るところある?」

「父さんは初めて見るからな」


 父さんが姉ちゃんの名前を指でなぞりかけて、紙に触れる前に手を止めた。


「卒業、おめでとう」

「朝も言った」

「もう一回くらいいいだろ」


 姉ちゃんは返事をせず、父さんから証書を受け取ると、また巻いて筒に戻した。


 次の朝、姉ちゃんのランドセルは部屋の隅に置かれたままだった。俺が自分のランドセルを背負うと、ソファにいた姉ちゃんが言った。


「もう行くの?」

「学校あるから」

「そっか。いってらっしゃい」

「姉ちゃんは?」

「卒業したから休み」


 姉ちゃんはそう言って、テレビの方へ顔を戻した。


 姉ちゃんが毎朝履いていた靴も、玄関の端に寄せられていた。


 終業式の日、通知表をランドセルに入れる時、手が止まった。


 成績は前よりよかった。


 びっくりするほどではない。


 でも、先生の字で「落ち着いて取り組めています」と書かれていた。


 落ち着いて。


 そう見えているのかと思った。


 ランドセルを閉めると、遼太が机の横からのぞいてきた。


「藤宮、通知表どうだった?」

「悪くはなかった」

「じゃあ見せろよ」

「見せない」

「なんで」

「なんでも」

「けち」


 七海が前の席から振り返った。


「通知表は見せないよ」

「ちょっとだけ」

「だめだよ」

「分かったよ」


 遼太はむくれてから、すぐに別の話を始めた。


「春休みも遊ぼうな」

「うん」

「公園な」

「寒くなかったら行く」

「もう春休みだろ」

「たしかに」


 春休みには、上履きを買いに行く。


 姉ちゃんのシャーペンも、たぶん見ることになる。


 公園にも、たぶん行く。


 帰り道、校門の横の桜は、枝の先がふくらみ始めていた。


「藤宮、早く」


 遼太が前から呼んだ。


「今行く」


 俺はランドセルを背負い直して、走った。


 四年生が終わる。


 春には、まだ早かった。

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