第三十二話 五年一組
始業式の日、新しい上履きは思ったより硬かった。
かかとを踏んでみても、新しい上履きはすぐ元に戻った。
靴箱の前で何度か足を動かしていると、後ろから遼太の声がした。
「藤宮、何してんの」
「新しいから、ちょっと変な感じする」
「見れば分かる」
「まだ硬いんだよ」
「走ればやわらかくなるだろ」
「走ったら怒られるだろ」
遼太は笑って、脱いだ靴を靴箱に投げ入れた。
「投げるなよ」
「入ったからいいだろ」
「よくないだろ」
言いながら、俺も昇降口の方を見た。
壁に、新しいクラスの紙が貼られている。
人が集まっていて、紙の前だけ少しざわざわしていた。
「早く見ようぜ」
遼太が先に行く。
俺もその後を追った。
五年一組、五年二組、五年三組。
自分の名前はすぐ見つかった。
藤宮恒一、五年一組。
その少し下に、遼太の名前もあった。
「同じクラスじゃん」
「ほんとだ」
「よかったな」
「何が」
「俺がいる」
「うるさくなるだけだろ」
「ひど」
遼太は笑いながら、隣の紙へ目を移した。
「悠斗は?」
「あ」
五年二組のところに、悠斗の名前があった。
「隣か」
「隣ならすぐ来れるだろ」
「でも教室違うじゃん」
その時、後ろから声がした。
「行くけど」
振り返ると、悠斗がランドセルを背負ったまま立っていた。
「いたのかよ」
「さっきからいた」
「声かけろよ」
「二人で紙見てたから」
遼太は五年一組の紙をもう一回見た。
「七海は?」
名前を探す前に、七海が横から言った。
「一組」
七海は上履きの袋を小さくたたみながら、紙を見ていた。
「遼太、また同じだね」
「またって言うな」
「まただよ」
「藤宮も同じだろ」
「藤宮は静かだし」
「俺だって静かだろ」
「今の声が大きい」
遼太は口を閉じた。
悠斗がそれを見て笑う。
「二組からでも聞こえそう」
「聞こえないだろ」
「隣なら聞こえるかも」
先生に声をかけられて、俺たちはそれぞれの教室へ向かった。
五年一組の教室は、四年二組とあまり変わらなかった。
黒板も教卓も同じなのに、机の位置や貼ってある紙が少し違っていた。
席は出席番号順だった。
俺は窓側ではなく、廊下側の少し後ろになった。
遼太は二列前で、座る前からこっちを振り返っている。
「藤宮、遠い」
「近いだろ」
「これじゃあんまりしゃべれないじゃん」
「授業中に話すなよ」
「まだ授業じゃない」
七海は前の方の席で、ランドセルから筆箱を出していた。
新しい先生が教室に入ってくると、教室の声が少しずつ小さくなった。
男の先生だった。
先生は黒板に「高橋」と大きく書いた。
「五年一組の担任になります。高橋です」
先生はチョークを置いて、教室を見渡した。
「五年生になると、委員会やクラブも始まります。四年生の時より、自分たちでやることも増えます」
委員会とクラブという言葉で、遼太がこっちを見た。
遼太は何か言いかけて、前を向いた。
始業式の校長先生の話は長かった。
五年生と呼ばれるのは、まだ少し変だった。
教室に戻ると、新しい教科書が配られた。
国語、算数、理科、社会。
最後に家庭科の教科書が配られた。
「これ、何か作るやつ?」
遼太が休み時間に教科書を持ってきた。
「たぶん。調理実習とかあるんじゃない」
「作ったら食べられる?」
「ちゃんと作れたらな」
「じゃあ家庭科いいな」
七海が横から言った。
「食べることしか考えてない」
「食べられるなら食べたいだろ」
「まあ、それはそうだけど」
遼太は家庭科の教科書をぱらぱらめくった。
「裁縫もある」
「針使うのか」
「たぶん」
「手に刺さったら痛そう」
「気をつけろよ」
「まだ刺さってないだろ」
そこへ、悠斗が教室の入口から顔を出した。
「二組、もう帰っていいって」
「早くない?」
「二組の先生、すぐ終わった」
「いいな」
遼太がすぐ立ち上がった。
「俺も帰る」
「まだ先生来てないだろ」
「じゃあ早く来てほしい」
「それは分かる」
「一組、まだ終わらないの」
「先生が戻ってこない」
しばらくすると、先生が戻ってきた。
悠斗は手を軽く上げて、廊下を歩いていった。
帰りの会では、明日の持ち物を連絡帳に書いた。
ぞうきん、道具箱、筆記用具、連絡帳。
自分で書いた「五年一組」の字が、まだ少し見慣れなかった。
帰り道、校門の桜は咲き始めたばかりで、枝のところどころに薄い色がついていた。
「藤宮、公園行くよな」
遼太が前を歩きながら言った。
「いきなり?」
「早く終わったし、長く遊べるだろ」
「荷物多いだろ」
「一回帰ればいいじゃん」
悠斗が少し後ろから言った。
「俺、行ける」
「ほら」
「ほらじゃない」
七海は途中で道が分かれるところまで一緒に歩いていた。
「五年生になっても、やること同じだね」
「公園でいいだろ」
「遼太、中学生になっても公園にいそう」
「いるかも」
七海が笑った。
「じゃあ、いたら声かけるね」
「何年後だよ」
「分からない」
七海はそう言って、角を曲がっていった。
俺たちはそのまま歩いた。
「二時な」
「分かった」
こういうところは、四年生の時とあまり変わらない。




