表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/31

第二十八話 最初に買う名前

 冬休みの残り数日で、食卓の上に見慣れない紙が少し増えた。


 証券会社の案内。


 父さんが赤いペンで印をつけた新聞。


 電話番号を書いたメモ。


 どれも俺のお金に関係しているのに、俺より父さんの方が先に動いてくれていた。


「これ、捨てていい紙?」


 姉ちゃんが一度、スーパーのチラシと一緒に持ち上げた。


「それは捨てるな」


 父さんがすぐに言って、姉ちゃんは手を止めた。


「何の紙?」

「父さんの用事」

「ふうん」


 姉ちゃんはあまり興味なさそうに戻した。


 そんなふうに、家の中に少しずつ紙が増えていった。


 三学期が始まった日の教室は、少しうるさかった。


 冬休みの話をする声が、あちこちから聞こえる。


「ばあちゃんち行った」

「お年玉いくらだった?」

「それ聞く?」

「聞くだろ」


 黒板の端には、冬休み前に消し損ねたチョークの線が残っていた。教室はまだ、休み時間みたいにざわついていた。


 遼太はランドセルを机の横に引っかけながら、俺の方を見た。


「藤宮、冬休みどうだった?」

「海を見に行った」

「海?」

「家族で一泊二日の旅行に行った」

「いいな」

「寒かったけどな」

「でも海だろ」

「まあ、海はよかった」


 悠斗が横から入ってきた。


「写真ある?」

「家にある」

「見たい」

「今はないって」

「そりゃそうか」


 七海が上履きのかかとを直しながら言った。


「温泉も入った?」

「入った」

「いいなあ」

「お土産は?」


 遼太がすぐ聞いた。


「もう食べた」

「早」

「姉ちゃんがすぐ食べた」

「残しとけよ」


 俺は少し笑った。


 学校では、旅行の話も、お土産の話もできる。


 でも、家に増えた封筒のことは言わなかった。


「藤宮」


 遼太が机に手を置いた。


「今日公園行く?」

「帰ってから聞く」

「そのまま公園行こうよ」

「宿題もあるし」

「宿題はみんなあるだろ」

「じゃあ遼太もやれよ」

「あとでやる」

「同じだろ」


 遼太は何か言い返そうとして、やめた。


「じゃあ、来れたら来いよ」

「うん」


 来れたら。


 前なら、それだけでよかった。


 今は、家に帰ったあとに、もう一つ気になるものがある。


 帰り道、公園のことより、食卓に置かれた封筒の方が先に浮かんだ。


 家に着くと、父さんの靴があった。


 この時間にあるのは、珍しい。


「ただいま」


 居間から父さんの声がした。


「おかえり。手を洗ってこい」


 母さんより先に父さんに言われると、少し変な感じがした。


 洗面所で手を洗って戻ると、食卓に新聞と封筒が置いてあった。


 姉ちゃんはまだ帰っていない。


「今日、早いね」

「少しだけな」


 父さんは新聞を畳んだ。


「証券会社に電話した」


 その言葉で、ランドセルを下ろす手が止まった。


「どうだった?」

「すぐに何でも買えるわけじゃない」

「うん」

「でも、ちゃんと手続きをすれば買える」


 買える。


 父さんはすぐに言った。


「落ち着け。今日いきなり買うわけじゃない」

「分かってる」

「分かってるなら座れ」


 俺はランドセルを部屋に置いて、花柄のノートを持ってきた。


 前に書いたページを開く。


 アマ〇ン。


 本を売るネットの店。


 アッ〇ル。


 パソコンの会社。


 マイクロ〇フト。


 ウィンドウズを作っている会社。


 その下には、まだ空白が残っている。


 父さんはノートを見て、新聞の端を指で押さえた。


「全部いっぺんにはやらない」

「うん」

「最初は一つか二つだ」

「一つでもいい」

「その方がいい」


 父さんは封筒から一枚紙を出した。


 細かい字が並んでいて、端には父さんの字で、手数料、為替、電話、と小さくメモがある。


「ここは父さんが見る」

「うん」

「お前は、どの会社にするかをちゃんと考えろ」

「考えた」

「早いな」


 俺にとっては、ずっと前から知っている名前だった。


 それを言えないだけだ。


「アッ〇ル」


 俺が言うと、父さんはすぐには返事をしなかった。


 新聞の細かい字を見てから、もう一度ノートを見る。


「理由は」

「パソコンの会社だから」

「それだけか」

「名前を覚えてる」


 父さんは少し眉を寄せた。


「それは理由として弱いな」

「弱い?」

「知らない名前よりはいい。でも、名前を知っているだけで買うのは危ない」

「うん」


 父さんの言うことは正しい。


 でも、俺はその名前の先を知っている。


 知っているのに、うまく説明できない。


 ノートの端に置いた鉛筆が、少し転がった。


「じゃあ、マイクロ〇フト?」


 父さんが聞いた。


「それも考えた」

「そっちは父さんにも分かりやすい」

「会社で使ってるから?」

「そうだな」


 少しだけ迷った。


 未来のことを知っているなら、いくつも買えばいい。


 でも、今は一つか二つ。


 小学生の俺が、父さんに説明できる範囲から始めるしかない。


「じゃあ、最初はマイクロ〇フト」


 言ってから、アッ〇ルの文字を見た。


 消すわけではない。


 ただ、最初の一つを決めただけだ。


 父さんが赤いペンを持った。


「本当にそれでいいか」

「うん」

「アッ〇ルじゃなくていいのか」

「アッ〇ルも気になる」

「なら、二つにするか?」


 思わず父さんを見た。


「いいの?」

「少しだけならな。ただし、そこで終わりだ。次から次へは買わない」

「分かってる」

「あとで、あれもこれもと言うなよ」

「言わない」


 父さんはまだ信じていないみたいだった。


「言いそうだな」

「言わないって」


 そこへ玄関の戸が開いた。


「ただいまー」


 姉ちゃんの声がした。


 すぐに居間をのぞく。


「何してるの」

「会社の名前を見てる」

「また株?」

「また、ってほどやってない」


 姉ちゃんは俺のノートを見た。


「リンゴのやつ、まだある」

「会社の名前」

「リンゴ買うの?」

「リンゴは買わない」

「じゃあ何を買うの」

「株」

「リンゴの株?」


 父さんが少し笑った。


「そう言うと、畑の話みたいだな」

「畑じゃない」


 姉ちゃんはよく分かっていないまま、台所の方へ行った。


「お母さーん、今日のおやつ何?」

「先に手を洗いなさい」

「はーい」


 父さんは赤いペンで、ノートの横に小さく丸をつけた。


 マイクロ〇フト。


 それから、少し離してもう一つ丸をつける。


 アッ〇ル。


 赤い丸は、鉛筆で書いた字よりずっとはっきりしていた。


「この二つから始める」

「うん」

「買うのは父さんが確認してからだ。金額も少しだけ」

「うん」

「今日決めたからって、明日から何か変わるわけじゃないぞ」

「分かってる」


 でも、変わった気がした。


 ノートの中の名前が、ただの名前じゃなくなった。


 父さんは紙を封筒に戻した。


「宿題は?」

「ある」

「先にやれ」

「今から?」

「今」


 俺はノートを閉じた。


 赤い丸が、閉じる前に少しだけ見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ