第二十二話 少し変わった距離
十一月の終わりが近づくころ、放課後の空はすぐ暗くなるようになった。
靴箱で靴を履き替えていると、遼太が外を見ながら言った。
「今日、外寒くない?」
「寒い」
「公園やめようぜ」
「じゃあ帰る?」
「なんでそうなるんだよ」
遼太はランドセルを背負い直して、当たり前みたいにこっちを見る。
「藤宮んちでよくない?」
靴を履く手が、一回止まった。
「なんでうちなんだよ」
「ゲームあるし」
「またそれかよ」
「それに寒いし」
悠斗が横で笑った。
「遼太、寒いの嫌い過ぎるだろ」
「寒いの嫌なんだよ」
「じゃあ厚着してこいよ」
俺は靴を履いて、かかとを踏まないように直した。
そのまま少しだけ、手を止めた。
「今日は無理。母さんに聞いてないし」
「聞けばいいじゃん」
「今から帰って聞くの面倒だろ」
悠斗が横から言った。
「じゃあ駄菓子屋でいいじゃん」
「寒いって言ってるだろ」
「駄菓子屋まで歩けばあったまる」
「それ、あったまる前に着くだろ」
悠斗が笑いながら、遼太の肩を押した。
くだらない言い合いをしながら、三人で校門を出た。
風が顔に当たる。
手をポケットに入れたくなるけど、ランドセルの肩紐が少し邪魔だった。
「通信ケーブル、日曜に見に行くんだっけ?」
遼太が思い出したように聞いた。
「うん」
「買えたら月曜教えて」
「まだ買えるか分からないって」
「分かってる。でも教えて」
「買えなかったら?」
「それも言う」
「買えなかった話は聞きたくないなあ」
「じゃあ聞くなよ」
駄菓子屋の前に着くころには、指先が少し冷えていた。
店の中に入ると、甘い匂いと、少し古い紙の匂いがした。
遼太はすぐくじの箱を見る。
「今日は当たる気がする」
「前も言ってた」
「前は前」
悠斗はラムネを一つ取った。
「藤宮は?」
俺は十円のガムを一つ取った。
「これにする」
「それ、当たりつき?」
「たぶん」
「当たったら俺にくれ」
「なんでだよ」
遼太は笑いながら、くじの箱に手を入れた。
日曜日、父さんと駅前のゲーム屋へ行った。
昼ご飯を食べていたら、母さんに「帰ったら宿題ね」と言われて、俺は返事だけして家を出た。
十一月の駅前は、前にゲームボーイカラーを買った日より少し寒かった。
ゲーム屋の入口には、同じポスターがまだ貼ってある。
「通信ケーブルだな」
父さんが店の中で言った。
「うん」
「先に聞くぞ」
「自分で探さないの?」
「探して分からなかったら時間がかかる」
父さんはそのまま店員に声をかけた。
俺は横で、棚に並んだゲームボーイのソフトを見ていた。
箱の絵を見るだけで、少し欲しくなる。
でも今日はソフトを買いに来たわけじゃない。
店員は棚の下を見て、奥の箱も見てから戻ってきた。
「今は置いてないですね」
その一言で、少し肩が落ちた。
「取り寄せはできますか」
父さんが聞いた。
店員は少し考えてから、レジの横にある紙を見た。
「確認してみないと分からないです。入るなら、何日かかかると思います」
何日か。
すぐには来ないらしい。
「どうする」
父さんが俺を見る。
「待つ」
「すぐ欲しいんじゃないのか」
「欲しいけど、ないなら無理だろ」
父さんは少しだけ目を細めた。
「じゃあ、聞いておく」
店員が紙に名前を書いた。
父さんの名字と、家の電話番号。
店を出ると、空が低かった。
「買えなかったな」
父さんが言った。
「うん」
「連絡来たら、教えてくれるって」
「そうだな」
駅前の通りを歩きながら、俺はポケットの中で指を握った。
買えなかった。
月曜日、遼太は朝から聞いてきた。
「で、買えた?」
「なかった」
「なかったの?」
「店に置いてなかった」
「えー」
遼太は本気で残念そうな顔をした。
「なんだよ。ちょっと楽しみにしてたのに」
「でも、入るか聞いてもらってる」
「買えるかもってこと?」
「買えるかは分からないけど」
「買えたら教えて」
「それは言う」
悠斗が横から言う。
「でも、本体もう一個いるんだろ?」
「いる」
遼太は少しだけ考えてから、すぐ顔を上げた。
「じゃあ誰か持ってるやつ探すしかないな」
「学校で聞き回るなよ」
「聞き回らないって」
「聞き回らないでどうやって探すんだよ」
遼太は笑って、悠斗の方を見る。
「な」
「俺に振るなよ」
「見つかったら、そいつも呼んで藤宮んち集合な」
「だから勝手に決めるなって」
言った声が、思ったより軽かった。
そこで先生が教室に入ってきて、二人とも前を向いた。
俺も前を向いて、机の端を指で押さえた。




