第二十一話 名前の横に
休み時間、ノートの端にアマ〇ンと書いた。
その横に何の会社か続けようとして、鉛筆が止まった。
「何それ」
横から遼太がのぞき込んできた。
「見るな」
「今なんか書いてただろ」
「会社の名前」
「何の会社?」
「それをあとで調べる」
「なんで今書くの」
「忘れないように」
遼太は机に両手をついて、まだノートを見ようとする。
俺はノートを閉じた。
「それ、学校のやつ?」
「違う。ただのメモ」
「何のメモ?」
「あとで見るやつ」
「何を」
「だから見るなって」
それで済むはずがなかった。
悠斗までこっちを見る。
「藤宮、最近メモ多くない?」
「そんなに多くない」
「花柄のやつにも書いてたじゃん」
「見んなって」
「見てない。見えただけ」
遼太が笑った。
「そういえば、通信ケーブルどうだった?」
「声でかい」
「あ、そうだった」
遼太は一応口を押さえたけど、押さえるのが遅い。
前の席の男子が少し振り返った。
「通信ケーブル?」
「なんでもない」
俺が言う前に、悠斗がそう言った。
遼太もあわててうなずく。
「なんでもない」
「なんだよ」
前の席の男子はすぐ黒板の方を向いた。
それだけで、少し肩の力が抜けた。
「で、買うの?」
遼太が小さい声で聞く。
「すぐには無理」
「またそれ」
「父さんが休みの日に店で見るって」
「じゃあ買うじゃん」
「見るだけかもしれない」
「見るだけで終わるわけないだろ」
「分からないだろ」
遼太は嫌そうな顔をした。
「見に行ったなら買えばいいのに」
「それは分かる」
悠斗がうなずく。
「うちも、見に行くだけって言って、本当に見ただけで帰る時ある」
「それ一番嫌なやつ」
「買わないなら見せるなって思う」
少し笑いそうになった。
でも、昨日の父さんの顔が浮かんで、途中でやめた。
「何まじめな顔してんの」
遼太が言った。
「してない」
「してた」
「してないって」
「今、父さんみたいだった」
「やめろ」
悠斗が笑った。
「藤宮父さん」
「やめろって」
「じゃあ先生」
「もっと嫌だ」
チャイムが鳴った。
遼太は自分の席に戻りながら、まだこっちを見る。
「放課後、公園な」
「行けたら」
「行けたらじゃなくて来いよ」
「宿題あるし」
「父さんみたい」
「うるさい」
先生が教室に入ってきて、遼太は前を向いた。
ノートの端には、アマ〇ンの文字だけが残っている。
放課後、靴箱のところで遼太に捕まった。
「公園行こうぜ」
「一回帰ってから」
「また?」
「ランドセル置くから」
「じゃあ俺も置いてから行く」
悠斗が横から言う。
「今日、雨降りそうじゃない?」
「降らないだろ」
「空、暗いじゃん」
「暗いだけ」
外に出ると、確かに雲が多かった。
風が少しぬるくて、雨のにおいがした。
遼太は空を見上げて、ランドセルを背負い直した。
「雨降ったら藤宮んちな」
「勝手に決めるな」
「ゲームあるし」
「毎日はだめって言われた」
「毎日じゃない」
「昨日も来ただろ」
「じゃあ、今日で二日目」
「続けて来たら同じだろ」
悠斗が笑いながら言う。
「今日は公園でいいじゃん」
「雨降ったら?」
「屋根の下」
「どこの」
「知らない」
「適当すぎ」
しょうもない話をしながら歩いていると、学校の門が遠くなる。
玄関で靴を脱いでいると、母さんが台所から顔を出す。
「おかえり」
「ただいま」
「今日は公園?」
「たぶん。雨降らなかったら」
「宿題は?」
「帰ってからやる」
「先に少しやってからにしなさい」
言われると思った。
「帰ってきてからちゃんとやる」
「帰ってきたら疲れてるでしょ」
「やるって」
「じゃあ、十分だけ先にやってから行きなさい」
「十分?」
「十分」
ランドセルを部屋に置いて、机に向かった。
漢字ドリルを開く。
でも、鉛筆はすぐ別の紙の方へ動きそうになった。
アマ〇ン、アッ〇ル、マイクロ〇フト、と書きかけて、やめた。
漢字ドリルの横に、消しゴムを置く。
今これを書いたら、また宿題が止まる。
そう思ったところで、廊下から父さんの声がした。
「こういち」
まだ帰ってくる時間には少し早い。
顔を上げると、父さんが部屋の入口に立っていた。
「今日、帰ってくるの早いね」
「銀行に電話することがあって、少し早く帰った」
「銀行」
鉛筆を持つ手が少し止まった。
父さんは、漢字ドリルと消しゴムと、まだ何も書いていない紙を見た。
「宿題中か」
「今から」
「今からか」
父さんは少しだけ息を吐いた。
「昨日の外国の会社の話だが」
鉛筆を握る手に、少し力が入った。
「今?」
「今すぐ買う話じゃないぞ」
「分かってる」
「ならいい」
父さんは部屋に入らず、入口に立ったまま言った。
「気になる会社があるなら、名前だけ紙に書いておけ」
「書いていいの?」
「いい。ただ、何をしている会社かも一緒に書け」
「名前だけじゃだめ?」
「名前だけだと、父さんも分からん」
「俺も全部は分からないかも」
「分からないなら、分からないって書けばいい」
「それでいいの?」
「その方がいい」
父さんはそう言って、廊下の方を見た。
「あと、先に今のを終わらせろ」
「分かってる」
「本当か」
「今やる」
父さんが階段の方へ戻っていく。
足音が少しずつ遠くなった。
俺は漢字ドリルを見た。
それから、横に置いた白い紙を見る。
名前だけなら、いくつも浮かぶ。
でも、父さんが言ったのは名前だけじゃない。
鉛筆を持ち直す。
まず漢字を一行だけ書いた。
それから、白い紙の端に小さく書く。
アマ〇ン。
少し迷って、その横に続けた。
本を売るネットの店。
窓の外で、雨の音がした。




