第十六話 見せたいけど言えない
「藤宮ー、いる?」
玄関から、遼太の声がもう一回した。
俺はゲームボーイカラーを持ったまま、姉ちゃんを見た。
「余計なこと言うなよ」
「余計なことって何」
「いろいろ」
「へえ」
姉ちゃんがにやっとした。
「へえ、じゃない」
「はいはい。ゲーム買ってもらっただけでしょ」
声が少し大きい。
「声でかい」
「小さいって」
全然小さくなかった。
母さんが台所から顔を出した。
「こういち、誰?」
「遼太」
「玄関で待たせないの」
「今行く」
ゲームボーイカラーを机の上に置くか迷ったけれど、置いたら姉ちゃんに取られそうだったので、持ったまま玄関へ行った。
ドアを開けると、遼太が立っていた。
手にはサッカーボールを持っている。
「公園行こうぜ」
「今から?」
「今。悠斗もあとで来るって」
遼太の目が、俺の手元で止まった。
「……それ何」
隠すのは無理だった。
透明な本体。
差したばかりのソフト。
画面はまだついている。
「ゲームボーイカラー」
遼太の口が開いた。
「は?」
「買った」
「今日?」
「今日」
「まじで?」
遼太はサッカーボールを玄関の端に置いて、靴を脱ぎかけた。
「見せて」
「待て。上がっていいか聞く」
「早く聞いて」
遼太がもう片方の靴も脱いだ。
「まだいいって言ってない」
「いいだろー」
母さんが廊下に来た。
「三浦くん?」
「こんにちは」
遼太は急に声を少しだけよそ行きにした。
「ゲーム見てもいいですか」
母さんは俺の手元を見て、それから時計を見た。
「五時までね。あと、外には持っていかないこと」
「はーい」
「遼太が返事するなよ」
「だって俺も関係あるし」
母さんは少し笑って、台所へ戻った。
部屋に戻ると、姉ちゃんがまだ机の前にいた。
「遼太、早」
「何でいるんだよ」
「うちの家だし」
遼太はゲームボーイカラーを見ると、姉ちゃんのことは一瞬で忘れたみたいだった。
「うわ、ほんとにカラーじゃん」
「まだタイトルしか見てない」
「いいから、ちょっと貸して」
「俺もまだやってないって」
「じゃあ藤宮の次、俺な」
「姉ちゃんもやる」
「なんで姉ちゃんが入ってくるんだよ」
「家族だからいいの」
「ずる」
「ずるくないし」
遼太が俺を見る。
「家族、強すぎ」
「俺に言うなよ」
俺は布団の上に座って、ゲームボーイカラーを両手で持った。
遼太がすぐ横から画面をのぞき込んでくる。
「近いって」
「見えないんだよ」
「近いと余計見えない」
「じゃあもっとこっち向けて」
「俺が見えないだろ」
姉ちゃんが反対側からのぞく。
「暗くない?」
「ちょっと傾けたら見える」
「こう?」
「違う、そっちだと俺が見えない」
小さい画面を三人で見るのは、思ったより大変だった。
音も小さい。
ボタンを押すと、画面の中の文字が進んだ。
「おお」
遼太が言った。
「まだ何もしてないだろ」
「進んだじゃん」
「文字がな」
「大事だろ、文字」
その言い方が少しおかしくて、俺は笑った。
最初の操作をしているうちに、遼太が何度も口を出してくる。
「早く始めろって」
「まだ説明出てる」
「飛ばせばいいじゃん」
「最初くらい読むだろ」
「あとで読めばいいだろ、そういうの」
「あとで分かんなくなるだろ」
姉ちゃんが横から言った。
「こういち、説明ちゃんと読むタイプなんだ」
「読むだろ」
「昔は読まなかったじゃん」
少しだけ手が止まった。
「今は読む」
「ふーん」
姉ちゃんはそれ以上聞かずに、また画面を見た。
「で、まだ動かせないの?」
遼太が待ちきれない声で言った。
「まだ俺の番だろ」
「長いんだもん」
遼太は少し不満そうにしたけれど、すぐ画面に戻った。
しばらくして、悠斗も来た。
母さんが玄関で対応して、部屋まで声が聞こえた。
「おじゃまします」
悠斗は部屋に入った瞬間、ゲームを見るより先に遼太を見た。
「何してんの」
「ゲーム」
「え、買ったの?」
「藤宮が」
遼太が自分のことみたいに言う。
悠斗は俺の手元を見て、目を丸くした。
「ほんとだ。すげえ」
「見る?」
「見る」
これで四人になった。
小さい画面を四人で見るのは、ほとんど無理だった。
「見えない」
「遼太、頭」
「俺も見えない」
「姉ちゃんが近い」
「うちは家族だから」
「またそれかよ」
結局、順番にやることになった。
俺。
遼太。
悠斗。
姉ちゃん。
「なんで姉ちゃん入ってるの」
「家族だから」
「もういいって、それ」
最初の三匹を選ぶ画面になると、遼太がすぐに一匹を指さした。
「これ」
「早」
「強そうじゃん」
「見た目だけだろ」
悠斗は別の一匹を指さした。
「俺ならこっち」
「なんで」
「かわいい」
「かわいいで選ぶなよ」
「いいじゃん」
「絶対弱い」
「まだ分かんないだろ」
姉ちゃんも横からのぞく。
「うちもそれがいい」
「姉ちゃんまで?」
「かわいい方がいいじゃん」
「だから強さ分からないって」
姉ちゃんが笑った。
「あんたら、見てるだけでうるさい」
「姉ちゃんもさっき言ってた」
「うちはいいの」
部屋の外から母さんの声がした。
「声、少し小さくしなさいよー」
「はーい」
四人の返事が少しずれた。
その感じが、なんかよかった。
俺はゲームボーイカラーを受け取り直して、画面を見た。
自分の部屋で、友達が画面をのぞき込んで騒いでいる。
それだけで、思っていたよりずっと楽しかった。
「藤宮、なんで急に買ってもらえたん?」
遼太が、画面を見たまま聞いた。
来た。
俺はボタンを押す手を少しだけゆるめた。
「父さんに買ってもらった」
「いいなー」
悠斗もこっちを見る。
「誕生日?」
「違う」
「じゃあ、なんで?」
「前から欲しかったから」
「ずる」
「ずるくない」
その時、遼太がふと思い出したみたいに言った。
「七海にも見せる?」
俺は少しだけ反応が遅れた。
「なんで七海」
「学校で言ったら見たがりそうじゃん」
「学校では言わない」
「なんで」
「持っていけないし」
「持っていかなくても、買ったって言えばいいじゃん」
「言わない」
遼太がにやっとする。
「藤宮、七海には言わないんだ」
「誰にも言わないって」
「へえ」
「そのへえ、何だよ」
「別に」
悠斗が横から言った。
「七海、ゲームするのかな」
「するんじゃない?」
「文房具の方が好きそう」
「消しゴム見て楽しそうだったし」
俺はすぐ画面に戻した。
最初の戦闘が始まると、三人ともまた画面に寄ってきた。
「それ押せ」
「分かってる」
「別のやつも見ようぜ」
「今戦ってるだろ」
何を押しても横から声が飛んでくる。
戦闘が終わると、遼太がすぐ手を出した。
「次、俺」
「一回だけな」
「分かってるって」
返事だけは早かった。
電池のふたのあたりが、手のひらに当たる。
何度も回しているうちに、本体が少し温かくなってきた。
遼太が本体を持つと、姉ちゃんは横から平気で口を出した。
「それ、名前かわいくしなよ」
「やだ」
「なんで」
「遼太が笑う」
「笑わないし」
「笑うだろ」
遼太がすぐ口を挟んだ。
「俺ならもっと強そうな名前にする」
「遼太の名前、だいたい変じゃん」
「変じゃないし」
姉ちゃんが笑った。
「じゃあ何にするの」
「まだ決めてない」
「早くして」
「急かすなって」
姉ちゃんが笑って、遼太が少し焦った。
母さんがまた部屋の外から言った。
「五時までだからねー」
時計を見ると、もう思ったより時間が過ぎていた。
「早」
悠斗が言った。
「ゲームしてると早いな」
「公園行ってない」
「今日、もうこれでいいじゃん」
遼太が画面から目を離さないまま言う。
俺も、少しそう思っていた。
ただ、公園で走るより、部屋でゲームしているだけなのに、妙に疲れた。
全員がやりたがって、順番を決めても、すぐ誰かが横からのぞいてくる。
持っているだけで、みんなの声がこっちに集まった。
「これ、通信ケーブルあったら二人でできるやつ?」
悠斗が言った。
遼太がすぐ反応する。
「買おうぜ」
「誰が」
「藤宮」
「なんで俺なんだよ」
「本体持ってるから」
「本体もう一個いるだろ」
「じゃあそれも」
「軽く言うなよ」
姉ちゃんも横から言う。
「ソフトももう一本いるんじゃない?」
「いるの?」
「知らないけど」
知らないのに言うなよ、と言いかけて、俺は黙った。
俺は手元のゲームを見た。
「今日は買わないぞ」
父さんの声が、廊下からした。
いつの間にか、部屋の入口に立っていた。
遼太と悠斗が一瞬で姿勢をよくする。
「こんにちは」
「こんにちは」
父さんは二人にうなずいて、それから俺を見た。
「聞こえてた?」
「通信ケーブルのところからな」
「まだ何も言ってない」
「言い出しそうだった」
「早いって」
姉ちゃんが笑った。
父さんは少しだけ口元を動かした。
「買う話はそこまで」
父さんはそう言って、部屋を出ていった。
遼太はゲームボーイカラーに目を戻した。
画面の中の文字が、また点滅している。
「変な名前にするなよ」
「しないって」
遼太はそう言って、入力画面でしばらく止まった。
「ほら、もう迷ってる」
姉ちゃんが一番大きい声で笑った。




