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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

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第十五話 最初に買うもの

 日曜日の朝、父さんが新聞を畳んだ。


「昼から駅前に行くぞ」


 味噌汁を飲んでいた俺は、少しだけ顔を上げた。


「駅前?」

「ゲーム屋を見る」


 箸を持ったまま、姉ちゃんがこっちを見た。


「なんで急に?」

「父さんの用事だ」

「ゲーム屋が?」

「ついでだ」


 姉ちゃんは納得していない顔をしたけれど、卵焼きを口に入れた。


「こういちだけずるい」

「まだ買うって決まってないだろ」

「見るだけで終わる人、あんまりいないけど」


 それは俺も少し思った。


 父さんは新聞を横に置いて、俺を見る。


「昨日言ってたゲームのことだ。欲しいなら、一つだけなら買っていい」

「一つ?」

「一つだ。高すぎるものはなし」

「分かってる」

「あと、友達に言いふらすな」

「言わないって」


 姉ちゃんがまたこっちを見た。


「なんの話?」


 母さんがすぐに言った。


「ゲームを買うかもしれないって話」

「え、やっぱり買うんじゃん」

「かもしれない、ね」


 姉ちゃんは口を尖らせた。


「うちも何か買って」

「真鈴はこの前、筆箱買ったでしょ」

「筆箱とゲームは違うし」

「それはまた今度」


 俺は茶碗を持って、ご飯を口に入れた。昨日の夕飯よりは、味が分かった。


 昼過ぎ、父さんと二人で駅前に出た。


 駅前の通りは、日曜日だからか人が多かった。自転車のベルが鳴って、パン屋の前から甘い匂いがして、古いゲーム屋の入口には色あせたポスターが貼ってある。


 店の中に入ると、すぐに音が変わった。


 小さいテレビから流れるゲームの音。ケースを開ける音。棚の前でしゃがんでいる子供の声。


 ガラスケースの中に、ゲーム機が並んでいた。


 ゲームボーイカラー。


 箱の写真を見た瞬間、手を伸ばしかけた。


 持っていた子はいた。


 休み時間に何人かで画面をのぞき込んで、通信ケーブルがあるとかないとかで騒いでいた。電池がなくなったら急に終わって、誰かがコンビニまで走ろうとして、先生に止められていた。


 あの時、俺は持っていなかった。


「これか?」


 父さんが言った。


「うん」

「本体とソフト一本までだな」

「電池もいる」

「それは買う」


 父さんは値札を見た。


 俺も見る。


 本体。


 ソフト。


 電池。


 合わせると、小遣いではどうにもならない金額だった。


 でも今日は、父さんが店員を呼んだ。


「これを一つ。色はどうする」


 急に聞かれて、俺は箱を見た。


 青。


 黄色。


 スケルトンのやつ。


 どれでも買えると言われると、逆に少し迷った。


「これ」


 俺はスケルトンの箱を指した。


「中が見えるやつか」

「なんか、いい」

「なんかか」


 父さんが少し笑った。


 ソフトは、棚の前でかなり迷った。


 ロボットのゲーム。


 レースのゲーム。


 モンスターを集めるゲーム。


 戻る前なら、ネットで評判を調べてから買っていた。動画を見て、レビューを読んで、損しない方を選ぶ。


 でも今は、箱の絵と裏の説明を見るしかなかった。


 俺は何度も棚を見て、結局、友達と話せそうなやつを選んだ。


「これにする」

「いいのか」

「うん」

「後で違うのがよかったって言うなよ」

「言わない」

「本当だな」

「言わないって」


 レジで店員が箱を袋に入れる。


 父さんが財布から一万円札を出した。


 俺の金で買うつもりなのに、レジに置かれたのは父さんの一万円だった。


「父さん」

「なんだ」

「それ、返す」

「当選金が入ったらな」

「うん」

「忘れるなよ」

「忘れない」


 父さんはおつりを受け取って、袋を俺に渡した。


 白いビニール袋の中で、箱の角が少し当たる。


 箱が入っているだけなのに、何度も袋の中を見たくなった。


 帰り道、父さんが言った。


「帰ったら、母さんには見せるぞ」

「うん」

「真鈴にも見つかるだろうな」

「言うの?」

「ゲームを買ったことはな。金の話はしない」

「分かってる」


 横断歩道の前で止まる。


 信号が赤だった。


 袋の中の箱が、指に当たっている。


「友達には?」


 俺が聞くと、父さんは少し考えた。


「持っていって見せびらかすな。家で遊ぶ分には、母さんと相談してからだ」

「遼太とか悠斗なら?」

「呼ぶなら、母さんがいる時だな」

「七海は?」


 言ってから、少しだけまずいと思った。


 父さんがこっちを見る。


「七海ちゃんも呼ぶのか」

「別に、呼ぶとかじゃない」

「まだ何も言ってないだろ」

「そういう聞き方だった」

「どんな聞き方だよ」


 信号が青になった。


 父さんは先に歩き出す。


「友達と遊ぶのはいい。ただ、何でも買ってもらえるみたいな話にはするなよ」

「しない」

「本当だな」

「ゲーム一本でそんな話しないって」

「一本で済むならな」


 それは、少し返事に困った。


 家に帰ると、姉ちゃんが居間で漫画を読んでいた。


「買った?」


 顔を上げるのが早かった。


「買った」

「やっぱり」


 俺が袋から箱を出すと、姉ちゃんは漫画を置いて近づいてきた。


「うわ、いいな」

「見るだけな」

「まだ開けてないのに偉そう」

「俺のだし」

「父さんが買ったんでしょ」


 そこを言われると、少し弱い。


 母さんが台所から出てきた。


「買ったの?」

「うん」

「宿題終わってから開けなさい」

「今?」

「今じゃなくて、開ける前」


 箱を持ったまま、手が止まった。


 父さんは靴下を脱ぎながら言う。


「昨日言っただろ。生活は崩すな」

「宿題、そんな量ない」

「じゃあすぐ終わる」


 姉ちゃんが笑った。


「ゲーム買った日に宿題とか、最悪」

「姉ちゃんも言うなよ」

「だって本当じゃん」


 俺は箱を机の上に置いて、ランドセルを開けた。


 国語の漢字。


 算数のプリント。


 連絡帳。


 ゲームのことを考えると、鉛筆を持つ手が少し急ぐ。


「こういち、字」


 母さんに言われた。


「分かってる」

「分かってるなら、ちゃんと書きなさい」

「書いてるって」


 姉ちゃんが横からのぞく。


「急いでて汚い」

「見るな」

「見える」


 早く開けたい。


 でも、雑に終わらせたらたぶん怒られる。


 俺は一度、ゲームの箱から目を離した。


 漢字を最後まで書いて、算数のプリントも終わらせた。丸つけは母さんが見てからと言われて、そこでやっと箱を開ける。


 中から出てきた本体は、思っていたより小さかった。


 透明な外側の奥に、細かい部品が見える。


 電池を入れて、スイッチを入れる。


 小さい画面が明るくなった。


「おお」


 声が出た。


 姉ちゃんが横からのぞく。


「見えない」

「近い」

「見せて」

「ちょっと待って」

「うちもやる」

「あとで」


 その時、玄関の方で声がした。


「藤宮ー、いる?」


 遼太の声だった。


 俺は本体を持ったまま、固まった。


 姉ちゃんがにやっと笑う。


「見せるの?」


 画面の中では、最初の文字が点滅していた。

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