第十一話 当選番号
抽せんの木曜日まで、やたら長かった。
月曜日は普通に学校があった。
朝、居間を通る時に棚を見そうになって、見ないようにした。ロト6の券は父さんの封筒の中にある。見たところで何も変わらない。
休み時間、遼太が机の横に来た。
「今日、うち来る?」
「公園なら行く」
「なんでうちはだめなんだよ」
「だめじゃないけど、遼太んち行くと長くなるだろ」
「また宿題?」
「先にやってから行く」
「藤宮、最近ちょっとまじめじゃん」
「ちょっとだけだろ」
悠斗が横から入ってきた。
「でも前より来るようになったよな」
「そうか?」
「先週とか」
「まあ、前よりは」
先週と言われると、ほんの少し前のことなのに、妙に遠く感じた。
火曜日は、体育でドッジボールをした。
ボールは思っていたより軽いのに、怖かった。大人の感覚なら避けられそうな速さでも、小四の体だと普通に当たりそうになる。
「藤宮、今の取れたじゃん」
遼太が外野から言った。
「無理だろ。速かった」
「手は出てたじゃん」
「出しただけだって」
「じゃあ次は取れる」
「簡単に言うな」
七海はボールを避けながら笑っていた。
「藤宮、すごい避けるじゃん」
「当たりたくないんだよ」
「みんなそうだよ」
水曜日の放課後、遼太と悠斗が雑誌を見に来た。
俺の部屋に三人で座ると、机の周りが一気に狭くなる。遼太はすぐページをめくろうとして、悠斗に「まだそこ見てる」と止められた。
「この絵うま」
「投稿のやつ?」
「俺も送ったら載るかな」
「遼太の絵、何描いたか分からない時ある」
「分かるし。昨日のやつはドラゴン」
「あれドラゴンだったの?」
俺も笑って、相づちを打った。
笑っていても、木曜日のことは頭から離れなかった。
「藤宮、次のページ」
悠斗が言った。
「ああ、ごめん」
「さっきから止まるじゃん」
「別のこと考えてた」
「ゲーム雑誌読んでる時に?」
「悪い」
遼太が横からページをめくった。
「見ろよ、これ。ボスでかすぎ」
「足しか届かないじゃん」
俺も写真をのぞき込むと、悠斗が下の説明を指した。
「足でいいんだって。転ばせるらしい」
「倒れてきたら、こっちが潰されるじゃん」
遼太が笑った。俺は悠斗の指の先を追って、攻略の続きを読んだ。
木曜日の学校は、長かった。
休み時間、遼太がまた来た。
「今日、俺んち来る?」
「今日はちょっと分からない」
「なんで」
「家で見たいものがある」
「テレビ?」
「テレビじゃない」
「じゃあゲーム?」
「それでもない」
「何だよ」
「言わない」
悠斗も口を挟んだ。
「藤宮、秘密多いな」
「多くない」
「昨日も何か考えてたじゃん」
「考える時くらいあるだろ」
「ゲーム雑誌の前で止まってたから変だった」
七海が後ろから言った。
「藤宮、今日もそわそわしてる」
「してない」
「筆箱、さっきから開けたり閉めたりしてる」
「中身を見てただけ」
「何回も?」
俺は筆箱を閉じた。
当選番号のことばかり気になって、算数の問題がいつもより進まなかった。
家に帰ると、母さんが台所にいた。
「おかえり。今日は遊びに行かないの?」
「あとで行くかも」
「先に宿題しなさい」
「先にやる」
宿題を出して、鉛筆を持つ。
一問目。
二問目。
数字を書いているのに、別の数字ばかり浮かぶ。
だめだ。
俺は消しゴムを置いて、顔を洗いに行った。
水が冷たかった。
タオルで顔を拭いても、数字は頭から離れなかった。
父さんが帰ってきたのは、夕飯の前だった。
いつものようにネクタイをゆるめて、新聞を棚の上に置く。
「父さん」
「何だ」
「ロト6、今日だよな」
父さんは一瞬、俺を見返した。
「ああ、あれか。今日だったか」
「新聞に載ってる?」
「新聞はたぶん明日だな。今日の分ならテレビか電話案内か」
「今日、分からないの?」
「調べれば分かるかもしれんが」
父さんは少し面倒そうに言いながらも、棚から封筒を出した。
券が出てくる。
俺の手ではなく、父さんの手の中にある。
「そんなに気になるか」
「気になる」
「二百円だぞ」
「俺の二百円」
「それはそうだな」
父さんは少し笑って、さっき棚へ置いた新聞を取った。
「当選番号の案内、載ってたかな」
母さんが台所から顔を出す。
「何してるの?」
「こういちのロト」
「もう当たった気でいるんじゃないでしょうね」
「まだ当たってない」
声が少し上ずった。
父さんが電話をかけた。
受話器から小さい音が漏れる。
俺は横で立ったまま、息を止めそうになった。
「えーと」
父さんが券を見ながら、メモ用紙に数字を書いていく。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
俺が覚えている数字と同じだった。
四つ目。
同じ。
五つ目。
同じ。
六つ目。
父さんの鉛筆が止まった。
「……あれ」
父さんが小さく言った。
「どうしたの?」
台所の水が止まり、母さんが近づいてくる。
父さんはもう一度、受話器の音を聞いた。
それから、券とメモを見比べた。
「ちょっと待て」
父さんの声が低くなった。
俺は何も言えなかった。
母さんが横からのぞき込む。
「え、何?」
「全部、同じかもしれん」
「何が?」
「番号」
「それって」
母さんの声が小さくなった。
父さんは答えず、もう一回、電話の音声を聞いた。
券を見る。
メモを見る。
そして、俺を見た。
「こういち」
「一等、かもしれん」
母さんが息をのむ音がした。
父さんはもう一度、受話器の音声を聞いた。
メモ用紙の数字を、上からなぞる。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
五つ目。
六つ目。
全部、同じだった。
父さんはしばらく黙っていた。
「……当たってる」
その声は、さっきよりずっと小さかった。
「一等だ」
母さんは何も言わなかった。
雑誌で見たゲーム機が頭に浮かんだ。あれが出たら買えると思うと、頬が緩んだ。
「こういち」
父さんが、券から目を離さずに言った。
「この数字、どうやって選んだ」
俺は口を開いた。
でも、何も出てこなかった。




