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救星の大樹  作者: キララ
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第9話 星詠の間

 気付くと星羅は聳え立つ大扉の前に佇んでいた。周囲には何も無い、大宇宙にも似た煌めく宙が広がる空間に、西洋建築を思わせる大扉だけがある。何故だかアルカナに付けられた身体の傷が全て消えていた。

 現状を十分に理解出来ずにいると、眼前の大扉が音を立てて開く。星羅は導かれるように大扉から漏れる光へと踏み出した。


 室内に広がる光景は、まるで荘厳な魔法の図書館だ。幾段もの階層からなる室内には、天井まで連なる本棚が無数に存在している。だが星羅の眼を最も惹きつけたのは象徴的な天窓だった。その奥に広がる光景はまさに銀河。差し込む月光にも似た優しい光が、室内を明るく照らしている。

「ようこそおいで下さいました。星騎士、虎城星羅様。奥で師がお待ちしております。こちらへどうぞ」

 現実味の無い景観を眺めながら歩いていると、星羅は宙から舞い降りた男に迎えられた。その近くには幾つもの本が同じく宙に浮いている。恐らく魔法の一種ではあるのだろうが、能力の詳細は不明だ。

 長い薄紫色の髪を後ろで束ねるその男は、受付の机上に本を置き星羅に向き直った。淡い翠の瞳は理知的な印象を与え、眼鏡越しに星羅を見つめている。その瞳は鋭く、まるで星羅を吟味しているかのようだ。

「えっと……貴方は? その服……星騎士ではあるんでしょうが……」

 男の服装は星羅と同じ白い装束、星騎士団の制服だ。この事からも彼が星騎士である事は明白なのだが、星羅は一度として彼の姿を目にした事は無かった。第一、星羅が統合国家ソラリスで星騎士となったのは五年前、会った事の無い人物の方が多い訳だが。

 男は奥で師が待っていると言ったが、星羅には此処が何処なのか、男が何者でその師が何者なのかも分からない。客観的に見て、信用出来る筈も無いだろう。

「…………成程、ここは『星詠(ほしよみ)()』全ての記憶が眠る場所。そして私の名はジークムント・メーティス、お察しの通り星騎士です。この場所を管理している方、アンブロシウス様の弟子でもある」

 星羅の疑問で彼女の事情を察したのか、ジークムントと名乗る男は疑問に答えた。

 星詠の間、その単語に聞き覚えは無い。アンブロシウスという人物にも。星騎士程の人間が師事を仰ぐ人間、相当に偉大な人物なのだろうか。疑問は尽きないが、ジークムントは師が詳しい説明をする旨を伝えた為、星羅は彼に付いていく事を決める。

「貴女と共にいた劉秀鈴ですが……彼女の命は心配しなくともよろしいですよ。彼女は星騎士程では無いにしろ、ある程度の護身術を会得していますから。死ぬ事は無いでしょう」

 ジークムントの後を歩いていると、彼は優しく星羅を気遣う。劉が自衛手段を有している事は、何となく察していた。普段の脚運び、身のこなしが戦闘技術を有する者特有の癖を持っていたから。だがやはり心配だ。アルカナの実力をその身を以て体験した星羅だからこそ、彼女が申し訳程度の自衛でどうにかなる人間ではないと分かる。

 星詠の間の中では無数の本が貯蔵されているようだ。今の時世、紙の媒体は廃れつつある。紙自体が貴重な事もあるが劣化しないデータ上で管理する事が主流な現代に於いて、わざわざ紙の本で管理する意味があるのだろうか。

 無数の本棚を横目に通り過ぎ荘厳な階段を上がった後、ひと際広大な空間に出る。空間の中央には、円柱型の本棚が天井に届くのではないかという程に高く聳え立っていた。やはりこの室内は規模が尋常ではない。見える範囲だけでも、明らかに都市庁舎に収まり切らない程広大だ。

「この広すぎる空間は貴方の魔法で?」

「私の力だけではありませんが……概ねその認識で正解です。さぁ、着きましたよ」

 星羅の質問にジークムントは若干言葉を濁す。彼が立ち止まった先にあるのは、円柱型の本棚のみ。人の気配は一切合切感じない。

「師匠、お連れしました!」

 ジークムントは何事も無かったかのように聳え立つ本棚に声をかける。声を発する先にはやはり誰もいないように見えた。彼には師が何処にいるのか分かるのだろうか。

「……師匠! 師匠……ちょっと! 聞いてますか!?」

 分かっていないらしい。案の定誰もいないのか、ジークムントの声は広い空間に響くのみ。彼の叫び声に多少驚きつつも星羅は辺りを見渡すが、やはりどこにも彼の師は見当たらない。

「ほう……相変わらずいい眼をしている」

 一瞬だった。周囲に気を配り、警戒を解いていない星羅の眼前に突如として謎の少年が現れたのだ。星羅の動体視力では、目の前の少年が近づいた事すらも気付く事が出来なかった。まるで瞬間移動をしてきたかのようにも感じられる。

「うおぉぉぅ! 誰だ、お前!」

 余りの急な出来事に、星羅は乙女とは思えぬ程の叫び声をあげ、反射的に拳を繰り出す。彼女が目の前に現れたのが幼い少年だと脳内で理解した頃、既に攻撃は自分の意思では止められない速度に達していた。

「おっと、危ない危ない。いきなり攻撃とはとんだご挨拶じゃないか」

 星羅の拳は少年に当たる直前まで迫る。だが彼女が攻撃の直撃を確信したと同時、眼前から少年が姿を消し、一瞬で背後へと回っていた。

 今度ははっきりと見た。高速移動なんて生易しいものでは無い、まさに瞬間移動と言うべき程の速さだ。星羅の眼では捉えられぬ程の速度で、彼は動いているのだろう。

「星羅さん、ご安心下さい。この方が私の師匠です」

「……初めまして虎城星羅。私はアンブロシウス、星詠の間の管理をしている。待っていたよ」

(な、この子供が!?)

 道中ジークムントから聞いた話では、アンブロシウスは統合国家ソラリス建国時からこの星詠の間を管理しているとの事だ。建国から今年でちょうど十五年、十代でこの場所の管理を始めたとしても、現在の年齢は少なくとも三十近い筈。だが目の前の少年は、明らかに十歳程の年齢に見える。感覚としては十一歳のレグルスと同程度だ。

「子供なのは見た目だけだ。実際は君より遥かに年上なのだぞ?」

 アンブロシウスの言い分通りならば、年齢と容姿の乖離は彼の魔法によるものなのだろう。自身の年齢を操作する魔法、一瞬なら兎も角として永続的に魔法をかけ続けているとすれば、相当な魔力量だ。

「それでは私はこれで」

「ああ、ご苦労だったジーク。さて……虎城天星が君をここに送った理由は解っている。まさか他者を送り込む事が出来ようとは思わなかったがな。私より彼の方がここを熟知しているらしい。流石だ」

 アンブロシウスに連れられたのは、先程まで居た広場を一望できる窓が付いた書斎だった。広大な室内の全体像と雰囲気の合わない内装、まるで様々な空間を切り貼りしているかのように不自然だ。静かな気品漂うそこで、星羅は彼と対面するように椅子に腰掛ける。

「混乱しているだろう? 無理もない。この空間は端的に言えば隔絶空間だ。ここでは現の常識が通用しない。この空間の全てはジークの支配下にあるからな」

 この空間の秘密はそこにあるようだ。物体が浮く理由、広大な空間の理由、更には切り貼りしたかのように雰囲気の異なる空間の理由、その全ての答えがジークムントの魔法にある。支配下に置いている空間内の全てを自身の思うが儘に操作出来るのだとすれば、この違和感も納得だ。

「てっきりこの空間の支配者は貴方かと……メーティスさんは貴方を師匠と呼んでいましたし……」

「私があの子に師と呼ばれているのは、あの子を育てたのが私だからだ。それとこの空間の支配者であるというのは正しい。空間創造はあの子の魔法だが、支配権は私の方が高いからな」

 ジークムントの魔法はどうやら『空間』に作用するものらしい。だがその規模は異次元と言える上、外部から隔絶しているとなるともはや一個人での創造は不可能なのではないか、そんな考えが頭をよぎる。

「この空間の入り口は星剣証だ」

「星剣証にそんな力が?」

「厳密にはジークが星剣証にその効果を付け足したのだ。星剣証とは総数十三の星騎士である事の証明道具。それぞれは表と裏に分かたれ、表を星騎士が、裏を私が管理している。そしてその十三の裏面が、この空間の核となっているのだ」

「核?」

「ああ、魔法の運用法には幾つか種類がある。1つは君の『星光ステラリス』のように何も無い空間に自身の魔法を発現させる方法。もう1つは核を用いる方法だ。基本的に前者の方は難度が高い代わりに媒介を要さない。後者は難度が低いが、より高い威力、精度が出力出来る代わりに魔道具の媒介、手順を要する」

 魔力が強く染み込んだ物品は魔力の伝導率が徐々に上がっていく。規模の大きい魔法にはそういった、いわゆる魔道具なる物が重要なのだ。この場合は劉の言っていた星剣証の裏面、計十三枚がその魔道具に当たる。

 魔法の運用方法、その理論を理解する事は容易い。星光ステラリスのように核を用いない技は、その出来を己の想像力に委ねる事が出来るのだ。デメリットは多いが、やはり自身の創りたい物を好きに創れるメリットは大きい。反対に核を用いた場合、刀ならばその刀に合わせた魔法の形を創造しなければならない。用途が極端に絞られるが、その代わり高い威力を発揮するだろう。

「さっき言っていた空間の魔法を十三の核を使って強化してるんですね」

「その通り。核でジークの魔法を強大なものとし、私がその支配権を借り受け、隔絶空間として成り立たせている。魔法はジークのものだが、あの子にこの空間を維持する技術は無いんでね」

 支配権の借り受け、魔法をジークムントが出力し、操作をアンブロシウスが行う。核を用いた魔法運用だからこそ出来る離れ技だ。共依存の大魔法、それがこの隔絶空間の秘密らしい。

「話を戻そう。ボレアスでの事件は知っている。君には申し訳ないが、虎城天星さえいれば事件を解決するなど造作もない……だからこそ静観の構えをとっていた訳なんだが……どういう訳か、彼はアルカナの過去を君に見せようとしているようだ」

 天星の力はこの事件を即座に解決できる程大きい。それは劉もジャックも、勿論星羅も分かっている。だが彼の力は大きすぎるが故に、その殆どを四星剣の権限によって封じられているのだ。彼の力は人類の手に負えない事態に対する最終手段、無闇矢鱈に行使する事は許されない。

「待って下さい。えっと……1つずつ説明を……兄さんがここに私を送ったというのは?」

「彼は君の星剣証を使い、君をこの場所に送った。と言っても此処に居る君は唯の思念体、今頃君の体は第三地区で治療中だ。早く戻った方がいい」

 星詠の間への入場資格は思念体である事らしい。星羅の体に付けられた傷が一切見当たらないのは、彼女自身の身体が思念体、幽霊のような物であるからだ。ここにあるのは肉体ではなく、魂のようなものなのだろう。

「都市庁舎は今どうなって……」

「今は刻一刻と制圧が開始されている所だ。魔獣に星騎士の影。流石、手際が良いな」

 アンブロシウスは淡々と言い放つ。まるで都市の事などどうでも良いかのようだ。その言葉からは、天星とはまた違う、冷徹な感情を覚えた。

 そしてやはり、アルカナの侵略は敢行されてしまったらしい。これも全て……。

(私が負けたせい……か)

 星羅は責任を強く感じていた。天星はきっと、満身創痍の自身を運ぶので反撃出来なかったのだ。足を引っ張ってしまった事への責任、敗北してしまった事への責任が彼女を押し潰す。

「……アルカナの過去を見せる、とは?」

「おや? もっと敗北を気にすると思ったが……」

「気にしてますよ。だからこそ、その責任を果たしにいかなくちゃ。まずは兄さんの狙いを知りたいんです」

 責任は感じている。だがそれに押し潰されたままでいれば、自分は為すべき事を為さぬまま終わってしまう。それだけは許されない。このまま蹲っている事こそ、一番の罪なのだ。

「貴方の言う通り、兄さんの力を使えば事件解決は出来るでしょう。でもアルカナの復讐、その理由を知らないままでは正しく力を扱えない気がする。だから……」

 このままアルカナを倒す事は出来るかもしれない。だがそんな決着を星羅は望まない。合理性などそこには無く、ただそうすべきだと星羅の心が言っているのだ。

「成程ね……いいだろう」

 アンブロシウスは星羅の言葉、そして声色やその真っ直ぐな瞳から彼女の覚悟を理解したのだろう。それ以上の追及をする事無く、一冊の本を見せる。その本はまるで、瞬間移動してきたかのように突然現れた。

「な、今のは……」

「私の魔法は『時』今のは時間を前に進めた故起きた事象だ。本と私自身の時間を前、つまりは時を未来に進め、本を手に取るまでの事象を短縮した」

 恐らく、最初星羅の目の前へ一瞬にして現れたのもその時間操作によるものだろう。どうりで星羅の眼にも捉えられない訳だ。時間が短縮されたという事は、その間の行動は星羅には目視出来ない。そもそも彼の魔法でカットされたシーン、つまりは存在していないのだから。

「時……その本には何が書いてあるんです?」

 アンブロシウスの持っている本、それはよく見ると魔力を内包しているのが分かった。独自の魔力を内包した道具、先に記述した魔道具とも異なるらしい。存在としては魔法によって創り出された星光(ステラリス)に近いように見える。

「この本は『魔本世界(まほんせかい)』と言う私の魔法による産物。本には土地の記憶や人の記憶から再現した過去の世界、『時』の世界が記録されている」

 いきなりの事実で星羅の頭は混乱の真っ只中だ。そんな彼女を見かねてか、アンブロシウスはより詳細な説明を始めた。

「ふむ……手順は簡単、最初に魔法で場所の時間、関係人物の記憶を転写する。そうだな……人生という長い文章の一部分をコピーするようなものだ。それを一冊の本に閉じ込める」

「場所の時間? 記憶の転写?」

「魔法とは可能性だ。私の魔法は大地に記憶があると定義し、そのワンポイントを時として転写する。人間の記憶も同様だ」

 アンブロシウスの説明でざっくりではあるが漸く分かった。彼の例えを踏襲するならば、切り取った時間を何も無い空間、いわば白紙にペーストするのだ。土地と人の記憶、その特定時間をコピー&ペーストする、それが彼の魔法、そして魔本世界と呼ぶものの正体。

「じゃあその本は、アルカナの過去がコピーされた魔本世界って事ですか? 兄さんが私をここに送ったのはそれを読めって事か……」

「そういう事だ。だが読む、というのは語弊がある。この本を開くと、読者に訪れるのは切り取った『時』の追体験。君は俯瞰する第三者として、この世界で一方的に傍観出来る。事前に伝えておくが、この体験には精神的な負荷がかかる。慣れていない者にはあまりおすすめ出来るものではない」

 時の追体験、話を聞くだけではそれがどんな感覚なのか想像もつかない。だがアンブロシウスの言う精神的な負荷如きは、今更星羅を止める理由たり得ない。

「それでも……アルカナを理解したいと、私は思う。彼女が何故、あそこまでの怨讐を都市に向けるのか、それを理解したい。だから、覚悟は出来てます」

 星羅は傷付く覚悟を述べる。それは暴風都市ボレアスに来てから揺らぐ事の無い、確固たる想いだった。

「いいだろう。だが、やはり気を付けなさい。本の内外では時差があるから」

「時差?」

「その通り。中でどんな事を体験しても外では数分しか経たない。まぁ今更、君の精神力を疑ったりはしないが、それが肉体的、精神的負荷を齎す。加えて……いやこれ以上は行けば分かるか……」

 アンブロシウスは度重なる星羅の言葉、その奥底から感じ取れる覚悟から、彼女に信を置いていた。ここまで来て彼女を疑う必要が無い事は彼にも分かっている。

「最後に1つだけ……本の内容を見たら、きっと君の覚悟は揺らぐ」

 星羅の覚悟を知っていても、これだけは言っておかなくてはならない。アンブロシウスは最後通告と言わんばかりに呟いた。

「それはどういう……」

 星羅の疑問を他所にアンブロシウスは本を開き、手を掲げた。極彩色の渦が本を中心に巻き起こっている。それは星羅と彼の髪を揺らし、彼女に抗いようの無い引力を与えていた。

「行けば分かるさ」

接続(コネクト)

「帰ったら君の意思をもう一度聞かせてくれ」

 アンブロシウスのその一言で、星羅は開いた本の中へと吸い込まれていった。彼女は一抹の不安を抱えながら、より一層強まる引力に抗う事無く魔本世界へといざなまれる。その先にある絶望と向き合う覚悟を携えて。

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