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救星の大樹  作者: キララ
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第8話 急襲

 先の事件収束から数週が過ぎ、星羅は単身都市庁舎に赴いていた。事件の報告に関しては先日文書で行っている。この数日、サンプルとして提出した試薬の解析や事件現場の追加調査等で時間を喰われてしまったが、漸くそれも終わったらしい。呼び出しの理由は、十中八九その調査結果の擦り合わせだろう。

天星は今朝から姿が見えず、彼女の通信端末に「俺は用事を済ませてくる。報告は任せた」というメールが届いていた。行き先に心当たりは無いが、彼であれば心配は必要ないだろう。

「事件収束後、兄さん……虎城天星によれば、地下で倒した銀髪の男が黒い塵となって消えたとの事です。事後処理部隊の調査によると、レイ・サタナエルが完成させた薬も現場から持ち出された跡があったと」

 星羅は都市管理室にて再び事件の顛末を口頭で報告する。内容は事件の発生原因、実行犯の死亡、事件現場から消えた協力者の男、黒幕アルカナ、そして最後にロナウドと名乗る金髪の男について。

「……そしてレグルス・グレイシャーは本人たっての希望でソラリス……厳密には星騎士団で保護される事となりました」

「魔法発現者か……まさか本当に第二地区でそんな子供が見つかるとは……だが少なくとも事件を起こす前に国で保護出来たのは幸いだった。当人が星騎士となる事を望んだ事も含めて」

 レグルスは事件の後、改めて星騎士団への加入を希望した。彼は自分の進むべき道を自らの意思で選んだのだ。上層部も理解出来た事だろう、今まで通り第二、第三地区を蔑ろに扱えば危険な力が野に解き放たれてしまうと。才有る人間が必ずしも第一地区で生まれる訳ではないのだ。

(ま、この程度で反省する程、利口じゃないか……)

「続いて、犯行に使われた薬の解析結果です」

 そう言って劉はホログラムを使用し件の薬の解析結果を提示する。正直、成分分析など見せられた所で、この会議の場にいる殆どの人間には理解出来ないであろうが。

「薬の効果は単純でした。内部の魔力生成器官を強化し、内包魔力を増加させる。それによって本来であれば肉体の適応進化も行われる予定でした」

「成程、それがレイ・サタナエルの肉体が膨張した原因か。内包魔力に合わせて肉体が進化していた。かなり不格好ではあったが……」

「ええ、ですが被害者達に投与されていたのはその肉体進化を抑えた物。謂わば副作用が残った状態の物でした。増加する内包魔力とは別に、器は進化しなかった。抑えておけなくなった魔力は器を内部から……」

 薬の効果はレイの発言からも概ね予想通りといった所だ。問題はその薬を使用した理由。大量虐殺を目的としていたにしてはあまりに不自然だ。宣戦布告の内容から考えるに、彼らは最終的に政府へ攻撃を加えるつもりだった筈。だが薬の投薬を空気感染ではなく注射による血液媒介感染に絞っていた事から、あまり大打撃を与えられるような方法とは思えない。単純に技術不足だっただけか、はたまたその研究に何か意義を感じていたのか。

(薬の開発施設は押さえた。薬自体も回収済み。再開発するにしても、時間と労力が必要になる。最終的な研究成果が注射しかないんじゃ、暫くは脅威に感じる必要はない筈……)

「そして最後に、ロナルド・アストラエアの伝言ですが……」

 星羅の提出した映像がホログラムに映し出される。そこに映る男の姿を見、彼の伝言を聞いた瞬間、その場に座る大臣達の全員に緊張が奔った。

「……本当なのか? ロナウド・アストラエアと遭遇したと言うのは。映像に映っている男は……本当にあの男と同一人物なのか?」

 報告を聞いたジャックは若干動揺しながら確認する。どうやら彼はロナウドという男について何か知っているらしい。だが反応から察するに、あまり良好な関係を築けてはいなかったのだろう。映像という証拠を見せられているにも拘わらず、その事実を認めたくないようにも見えるのだ。

「はい、録画映像の通りです。彼は私に宣戦布告をしていきました。まぁ、厳密には貴方達にですが……やはりご存知なのですね? ロナウドという男を……」

「ロナウド・アストラエア……奴は我が都市の星騎士だった男だ。もう十年も前にこの世から去った。それは間違いのない事実。君が会ったという金髪の男は偽物だろう」

「やはり星騎士ですか……どおりで……ですが死んでいる筈は……」

 比較的落ち着きを取り戻したジャックは、よそよそしく髭を撫でつつ語る。彼は何かを隠している、それは間違いない。だがその言葉からは、嘘偽りの気配が感じられなかった。彼は確信を持って、ロナルド・アストラエアの死を宣告しているのだ。

「彼は十年前まで星騎士団で一、二を争う程の強者だった。それに少なくとも、今回の事件のように非人道的行いに手を貸す人では無かったと記憶しているわ。偽物というのは同感ですね」

 同じく確信を持って発言したのは劉だった。彼女もまた、ロナウドと面識があるらしい。彼女は彼の精神性に善を見出しているようだ。それは星羅も同じ事、彼の発言内容はテロリストそのものだ、だがその言葉の内には善性が滲んでいるようにも思えた。

「ロナウド・アストラエア、奴は優秀な星騎士だった。だが十年前、不慮の事故で命を落とした。死体もこちらで回収済み、死亡したのは間違いない」

「嘘はやめて下さい。不慮の事故なんかで星騎士は死なない。貴方も知っている筈、私に嘘は通用しません。真実を話して下さい」

 ジャックのその言葉には嘘があった。主に「不慮の事故」の部分。だがこれは星羅の勘に頼らずとも看破出来る嘘だ。星騎士の体はそこら一般人の体とは異なる。大抵の災害には生身で耐えられる上、生半可な魔獣では傷1つ付けられない程だ。彼が優秀だと言うのなら尚の事。

「貴様! 四星剣の一人であるジャック様を侮辱するのか⁉ 嘘なぞ吐いていない!」

「そうだ、貴様の役目は戦闘だろう! それに十年も前の事が今回の事件と関係している訳が無い!」

 事件、その一言はロナウドの死が唯の事故でない事を証明している。事故とは言わなかった事、それ自体が何者かの意思が介入しているという証明なのだ。

「……分かっているんですか? 奴らはあなた方の命を狙っている。護れるのは私だけなんですよ⁉」

 大臣達は星羅に暴言を吐く。恐らくは背後に隠している真実が自身のキャリアを揺るがし得るものなのだ。だからこそ事件の解決を急かす事はしても、自分達が隠している事実は隠匿している。

 その後も星羅の追及は続いたが、何かを隠しているであろう一部大臣達は知らぬ存ぜぬを通すばかりだった。結局、報告会は夜まで続き、不完全燃焼という形で幕を閉じる。星羅には短期の休暇が与えられ、事件を忘れるようにとの命令が下った。


 会議が終了し、星羅は都市庁舎内部に設営された庭園で休息をとっていた。彼女は設置されたベンチに腰掛け、ガラス張りの窓から覗く満月を眺める。

 巨大なフロアに設営されたこの庭園は、都市庁舎で日々激務に励む職員一同に対する憩いの場として存在しているが、生憎と此処を使用する職員は少ない。それも一重に切迫した人類史から来る余裕の無さ故だろう。

 星羅は会議での一部始終を思い出し、微かな苛立ちと疑惑を覚える。ジャック以外にも、財務大臣、軍務大臣、他数人の大臣達は必ず何かを知っていると思われた。少なくとも、ロナウドの死が不慮の事故であったというのは紛れも無い嘘だ。それが分かっていながら真相を知れる立場にない事が、一層星羅の苛立ちを加速させていた。

 星羅がそんな苛立ちを鮮やかに咲き誇る草花と煌びやかな月光、煌めく夜空で洗い流そうとしていると、見知った茶髪の女性が歩み寄って来た。

「星羅ちゃん、ちょっといいかな?」

「何か私に用ですか? 兄さんの居場所は知りませんよ」

 そう言って、ベンチに座っていた星羅の隣に劉が腰掛けた。彼女もまた、咲き誇る草花を眺めて感傷に浸り始める。その瞳からは、何処か悲しげな雰囲気が感じられた。

「……ホログラムを思い付いたのは、ある男性から助言を頂いたから」

 やはり何か星羅に用があったのか、短い沈黙の後に劉は話し始める。ホログラム、彼女の代表作とも言える技術の粋を集めた機械。それは彼女自身の類稀な才覚と血の滲む研鑽ありきの結果ではあるが、そこに至る着想のきっかけとなった人物がいる。

「存じ上げています。男性、というのは初めて聞きましたが……まさか――」

 星羅は返答途中で気付く、そのアドバイザーの正体に。彼女はその人物を知っている。厳密にはその人物に最近、直接出逢った。

「そう、ロナウド・アストラエア。彼の助言でホログラムは完成した。彼にその気はなかっただろうけどね」

 劉の口から出た答えは、星羅の予想通りの人物だった。それでも驚かずにはいられない。彼女の人生に於ける最大最高の発明が、今彼女達が直面する事件の渦中にいる人物の助言によって為されたものだったのだから。星羅は件の人物が今この場の会話に出た事実から、言い知れぬ運命のようなものを感じていた。

「彼が死ぬ数週間前、私と彼はここで出会った。研究に行き詰まった私を彼は後押ししてくれた。研究が成功したら一緒に祝杯をあげようと約束したのに……もう一度、会えると思っていた。だけどそれは叶わなかった……」

 草花を見つめる劉の瞳は徐々に冷めていく。その瞳孔の奥底からは、滴る雨粒のように冷ややかな哀しみが見えるかのようだ。

「彼に何があったんです?」

 ジャック達は彼の死を断定していた。その発言は嘘偽りの無いものだ。彼らにはそれを断じるだけの根拠があるのだろう。

「分からない。それでも1つ確かな事がある。彼は死んだ、それは悔しいけれど事実よ。星剣証、貴女も持っているでしょう? それはソラリス本島に存在する星剣証の裏面と連動している」

「裏面?」

「星剣証とは元々一枚の物、それを二枚に分割し表を星騎士に配布したの。表を星騎士の生の証明だとすれば、本島に保管されている裏は星騎士の死の証明をする物。表面と異なり、普段は白く、星騎士が死ねば黒くなる。アストラエアくんの星剣証、その裏面は彼の死に反応し黒く変色した。魔力によって反応する物質、誤作動は期待出来ない」

 星羅は内ポケットに仕舞っていた星剣証を取り出し観察する。確かに星剣証には片面にしか紋様が刻まれていない。何も無い面は、もう片面を削ぎ落とした為に出来た断面なのだ。

「じゃあ、私が見たロナウド・アストラエアはやはり偽物という事ですか……?」

 魔法を使用し分身を創り出す技は存在する。だが大抵は自我を持たない自分自身の分身。他者の、それもあそこまで独立した感情を持った分身など見た事が無い。

 最も身近で、高度な分身を発現出来るのは天星だが、それでも数人が限度な上、他者の分身は創り得ない。

「だとしたらかなり精度が高い。貴女が提出した映像、あれに映っていたのはアストラエアくんそのものだった。初めは変装なんかのなりすましも考えたけれど……覚えている限り本人そのものの挙動だった」

 星羅の提出した映像には鮮明にロナウドの姿、言動が映っていた。実際に出会い話をした事のある劉が言うのだ、偽物は彼女の言う通り相当な精度なのだろう。少なくとも容姿、声、性格、そしてある程度の剣技は本人と瓜二つなのだ。

「分身でもなりすましでも、犯人は彼に近しい者である可能性が高い。彼の言動を事細かに再現していた訳だからね。そこでだ、頼みがある」

「頼み?」

「ロナウド・アストラエアの死の真相を探って欲しい。本当は十年前に私自身が行動を起こすべきだったんだ。だけど私は、保身の為に上層部へ逆らう事を止めてしまった。今度こそ退く訳にはいかない」

 劉は十年前、まだ何も為していない一介の研究員だった。それでも彼女は初め、ロナウドの死に不信感を抱き真相を探ろうとしたのだろう。だがそれを上層部が許さなかった。彼女は彼らの圧力に耐え兼ね、折れてしまったのだ。自身のキャリア、その保身の為に反抗を諦めてしまった。

 誰もそんな劉を責めはしない。だが彼女自身は責め続けた。真実を知る好機を逸してしまったと。死ぬべきでは無かった人間を正しく弔えなかった事への罪悪感は、想像を絶する程に大きく成長した。

「やはり今回の事件は、ロナウド・アストラエアの死に深く関わりがあると言う事か……」

 可能性としては捨てきれないだろう。ロナウドの死、復讐、上層部の対応、これらの情報からもロナウド・アストラエア自身に深く関わりがあるのは明白だ。調査する価値は十二分にあるだろう。

「兄さんにはもう?」

「彼は既に動いていた。どうやら彼も上層部が何かを隠していると確信しているようだ。だけどジャックにバレれば私も彼もそして貴女も責任を追及される。良く考えて――」

 劉の言う通り、この件はジャックの知られたくない秘密に深く関わりがある事だろう。厳密には隠匿されし都市の闇、とでも言おうか。その秘密を詳らかにする事こそ、星羅は今の自分に求められている働きだと心得ている。

 統合国家ソラリス本島に報告すれば、ジャックも避ける事の出来ない調査を行う事が出来る筈だ。だがそれには数年単位の時間がかかる。流石にそこまで悠長に待っている訳にはいかない。

「分かりました。その頼み、引き受けます」

「即答か。言っておくけれど、兄に同調する為だけに選んだのなら……」

「いえ、それは関係ない。私は悪を裁きたいだけです。その善悪を見極める事は、私にとって非常に大切な事ですから」

 レグルスにも言った通り、星羅にとって自身の力は善悪どちらにでも転べる危険な刃だ。正義に身を置きたいと思っているからこそ、今回の件、裏に潜む悪を見定めなくてはならない。そんな想いを胸に彼女は手を差し出した。二人の手は、悪を見定めるという一点の覚悟を糧に固く結ばれる。

「さて、情報収集の方法だが……星詠の間と呼ばれている場所が――」

「待って……何かが、来る――」

【侵入者アリ 侵入者アリ】

 星羅と劉が手を組んだ後、劉が今後の行動について話すその時、都市庁舎全域に警告アラートが鳴り響いた。甲高い機会音声は、建物内部に侵入した敵の存在を知らせている。

「何⁉」

 二人を驚かせたのは警告アラートなどでは無い。庭園を覆う魔力で強化されたガラス窓、轟音を立ててそれを割る侵入者が眼前に舞い降りたからだ。

【侵入箇所ハ 第三庭園】

 天を覆う硝子窓を突き破り、満月を背に黒髪の女が舞い降りる。その背に純黒の片翼をはためかせるその女は、微笑みの底に黒い感情を滲ませていた。

 星羅と劉の眼前に着地したその女は、星羅の白き装束とは反対に、闇夜に溶け込む黒き装束で身を包んでいる。漆黒の髪と色彩が反転した異質な瞳、星羅達に向ける肌を切り裂くような殺気、全てが異質で庭園全体を揺るがすような圧力を放っていた。

「初めまして、アルカナ・アストラエアと申します」

 女性は丁寧な口調で、聞き覚えのある名前を名乗る。アストラエア、件のロナウドの名にもその単語が入っていた。珍しい名前だ、偶然とは思えない。加えてこのタイミングでの登場、アルカナと名乗る彼女がロナウドの関係者である可能性は高い。年齢の程は十代後半から二十代前半といった所、そこから推察するにロナウドの娘か妹だろうか。

「アストラエア……? お前、ロナウド・アストラエアの関係者か⁉ 何をしに来た!」

 星羅は警戒態勢をとりつつも質問を投げかける。彼女の名前やその異質な瞳の謎は気になるが、今はただ周囲の職員を避難させる事に集中すべきだ。

 劉が耳に付けた内部通話装置で全職員に侵入者を通達、避難を命令している。警備員を庭園に寄越さないのは、更なる侵入者への警戒と戦闘が始まった場合、星羅の邪魔になる事を避ける為の配慮だろう。対してアルカナはその連絡に気が付いているにも拘わらず、全く止めようとする気配がない。連絡され警備が強化されようとお構い無しといった雰囲気だ。

「……彼との関係を貴女に教えるつもりはありませんよ。それに宣戦布告は済んでいるでしょう? では改めて……只今より、この都市庁舎は私が貰い受けます。抵抗せず屈服しなさい」

 アルカナは初めから逃走経路を確保などしていないのだろう。その堂々たる態度からして、逃げるつもりなど毛頭無いのだ。だからこそ警備の強化を恐れる事もなく、劉の緊急連絡を止めようともしない。正面からの制圧、それが彼女の目的なのだ。

「……抵抗したら殺す……か?」

 こんなにも大胆な侵入をしてくるような人間だ。何か勝ち筋あっての行動だろう。事前の予告からして、何の策も無しに突撃して来た訳ではあるまい。爆弾か、通信妨害か、増援か、はたまたその全てか、何をしてくるにしても最大限の警戒をしなくては。

「はい、勿論。貴女は星騎士でしょう? まずは貴女を始末する」

 アルカナは敵地とは思えぬ程にこやかに言い放つ。彼女自身の戦闘能力は計り知れないが、それ以外にも策を敷いているようにしか見えなかった。故に星羅は眼前の戦闘だけでなく、この場以外への警戒をも強いられている。

「上等じゃないか……お前が何者で何故こんな事をするのか、倒してからじっくり聞くとしよう」

 星羅は警戒態勢を解くことなく魔力を昂らせた。白銀の魔力が炎の様に揺らめき、アルカナを威圧している。

「ここを乗っ取ってどうするつもり?」

 そんな威圧感の中で発言したのは劉だ。彼女はアルカナに対し、至って冷静に最終目的を聞く。その瞳には恐怖心を全く感じない。目的は都市庁舎の制圧、だがその先にある利益、都市を敵に回す程の利点が不明なのだ。

「貴女は魔学大臣の劉秀鈴ですね。貴女の発明は素晴らしいと聞いています。生憎私は使っていませんが……」

「質問に答えなさい。何の為に此処を制圧する?」

「都市の皆さんに真実を教えて差し上げるのですよ。ロナウドの屍の上に立つ人類として、貴方達は相応しく無いと。その具体的な理由、その全てを公開する。まずは現実を直視する所から始めましょう。その後、都市の皆さんを一人ずつ誅殺していく。そうして私の復讐は完成するのです」

 アルカナの言葉からは強い怒りと覚悟を感じられた。彼女の言う真実とは何か、それを答える気は無いらしいが、そこにロナウドの死の真相があるような口振りだ。1つ判明した事は、彼女の行動理念は復讐を起因とするものであるという事だった。

「さぁ虎城星羅さん、どうします? 貴女を殺したいのは恨みからではなく戦力を減らす為。私の邪魔をしないのであれば逃走を許しますが、大義の為に私と戦いますか? それとも我が身可愛さに尻尾を撒いて逃げますか?」

「仮に逃げたところで私を生かしはしないだろう。お前に背を向けた所で、その背から剣を刺されて終いだ」

「……いいえ? 殺しは私にとって1つの手段に過ぎません。貴女が今後起こる全ての不幸に目を瞑る事が出来るのであれば、見逃して差し上げます。信用して下さって良いのですよ? 私は貴方の上司達のように醜い嘘は吐きません」

「どちらにしろありえない事だ。私は敵前逃亡なんぞしない」

 その言葉には嘘偽りなど無かった。彼女は本当に殺しを1つの手段としか捉えていない。目的を達成する為の1つの手段、平然とそこに至ってしまうその思考回路は確かな異常性を孕んでいる。

「よろしい、ならば殺して差し上げましょう」

影の(シャドウ・)占星(オラクル)

 アルカナの身体から重厚な漆黒の魔力が立ち昇る。重苦しさを感じるその魔力は彼女の指先に収束し、一枚のタロットカードを作り出した。不気味な魔力だ、一流の武闘家やアスリートがその拳や視線から相手の心情を読み取るように、立ち昇る魔力からアルカナの泥のように不快な復讐心を感じる。

「黒い……カード? 劉さん、退がっていて下さい」

「分かりました。ここは任せます。一般職員の避難は私に任せて」

 星羅の申し出を受けその場から離れようとする劉を、アルカナは追わずただ逃げる背中を見つめている。手に持つカードはそれだけでも高い殺傷能力を持つだろうが、それを投げ付ける気配は全く無い。

「どうした? 追わなくて良いのか?」

「言ったでしょう? 今の狙いは貴女だけです。それに……少なくとも彼女以外の大臣はこの建物から逃げる事など出来よう筈もない」

(こいつ……確信が有るのか? 仲間に出口を張らせてるとか?)

 星羅は思考を巡らせ、アルカナの策を探る。現状から察せる事は少ない、おまけに天星とは連絡が付かず、都市庁舎は混乱の渦中にある。今何よりも優先すべきはアルカナの捕縛だ。

星光(ステラリス)

法王(ヒエロファント)』『正位置』

「さぁ、ロナウド、私達の敵を殺そう」

 光の魔法により二振りの剣を創り出す星羅に対し、アルカナは持っていた一枚のカードに更なる魔力を込める。絵柄は赤い台座にシンプルな椅子、そこに座る男へ二人の修道士が信仰を示す法王のカード。それが正位置の向きで星羅の前に突き付けられた。

 タロットカードは彼女の言葉と同時、黒い塵を発し緑が芽吹く大地を浸食していく。地を包んだ黒はやがて人の形をとり始める。瞬く間に完成したその人物には見覚えがあった。優しい色合いの金髪に、静謐さを感じさせる水色の瞳。ロナルド・アストラエアその人だ。

「成程、死んだ筈のロナルド・アストラエアはお前の魔法によって創り出されたものか」

 ロナウド・アストラエアは確実に死亡した。それでも星羅達の目の前に現れる事が出来たのはこれが理由だ。つまり魔法によって具現化された精巧なコピー。人格を保ち、生前と遜色の無い外見を持つ。更には戦闘能力まで有しているとなると、相当な練度の魔法だ。

「いいえ? 蘇ったんですよ。ロナウドは私の魔法によって、蘇った」

「何を――」

 アルカナは星羅の言葉を冷たい眼で否定する。だがそんな事はあり得ない、人体の複製はそもそもが高等技術、それを飛び越えて蘇生など出来る筈がないのだ。

 その上、彼女は自ら発言した。「ロナウドの屍」と。彼の死を理解していながら、自身の魔法が蘇生などではないと分かっていながら、彼女はそれを直視出来ていないかのようだ。彼女自身、抱えたその矛盾に気付いていない。

「さて……見せて貰おうか。光の星騎士」

「まぁいい。それも含めて、後で聞こう」

 模倣である筈のロナウドは、まるで本当に思考回路を持ち感情を有しているかのように、微笑んでいた。精巧な剣術に裏打ちされ構えたその剣から、白煙を立ち昇らせながら。


 黒い影の斬撃とその隙を埋める斬撃が、絶え間無く星羅を襲う。戦況を俯瞰して見ると、押しているのは星羅だ。二振りの光の剣で相手の斬撃を軽くいなし、反撃を加えていく。

「中々やる……だけど、動きが単調じゃないか?」

 個々人の力だけで言えば、一対一でも脅威となり得るだろう。だが肝心の連携は酷くお粗末だ。基本的にロナウドの高度な動きに対し、アルカナが付いていけていない。だからこそ星羅の反撃を許してしまっているのだ。星羅の動きを単調扱い出来るロナウドとは異なり、アルカナは場の速度に翻弄されつつある。

「噂通りの剛腕、敏捷性、だけどそれだけじゃあ……ッ‼」

 恐らくアルカナは対人戦闘に疎い。星羅がわざと作った隙に釣られたのがその最たる証拠。

流星(メテオラ)

 隙があると誤認し、大振りな攻撃をするアルカナ。そんな彼女に星羅は光を纏った拳を繰り出す。近距離の攻撃、他大多数の敵であればこれを避ける事は叶わない。アルカナもそれは例外では無かった。腹に迫る拳を認識した頃、星羅はその攻撃の直撃を確信する。だが……。

「重い一撃……だがまだ足りない」

 両者の間にロナウドが割り込み、拳を剣で防いだ。魔力を霧散させる光の拳、それに妨害されぬ程の強度で剣を強化している。

(アルカナの力量は概ね想定の範囲内。魔法の練度は驚異的だけど対人戦闘は未熟だ。正面切っての戦闘なら私に分がある。問題はこっちのロナウド・アストラエアの方。剣技のキレは勿論、そもそもの基礎スペックがアルカナより……っていうか私より数段高い――)

 星羅とアルカナの間に割り込む敏捷性もさることながら、驚異的なのはその魔力操作だ。剣に施した物質強化、高速移動を可能とする身体強化。そのどちらも星羅を遥かに超える練度で運用されている。魔法の光に衝突し魔力が分散傾向にあるのにも拘わらず、彼女の一撃を余裕の表情で防ぐ。アルカナという足手纏いがいなければ負けていたのは星羅だろう。

霧雲(ストラタス)

(加えてこの男の魔法は……煙か? 煙幕の中に隠れられた。立ち止まればそこをアルカナのカードで刺すつもりだろうな)

 ロナウドは間髪入れず庭園全体を白い煙のようなもので包み込む。星羅の視界は塞がれ、煙の中に敵二人は身を潜めた。

 立ち止まれば相手の思う壺だ。ロナウドの魔法によって創り出された煙幕、彼には星羅が見えている可能性が高い。止まれば攻撃の的となるだけだろう。

「クソッ……流石に単独で星騎士を討ちに来るだけはある……!」

法王(ヒエロファント)』『逆位置』

 星羅は煙の中から絶え間なく繰り出される敵二人の攻撃を何とか捌きながら、反撃の機会を伺っていた。だからだろう、攻撃に意識を割くあまり、煙の奥でアルカナの技が繰り出された事を彼女は見逃してしまう。

「これなら……どうだ!」

彗星(ステルラ・)の光(トランスウォランス)

 星羅は自身の魔法で槍を創り出す。相手の居場所は何となくの精度でしか分からない。加えてロナウドはこちらの攻撃を完全に防ぐ事が出来る。

(生半可な威力じゃダメだ。槍の形状を保てるギリギリまで魔力を込める! これなら大まかな居場所さえ分かれば――)

 星羅の投げたその槍は、煙の内に潜んでいたロナウドの位置から少し離れた場所へ飛ぶ。だが関係はない、膨大な魔力が込められたその槍は周囲の煙を弾き飛ばし、広範囲に及ぶ光の旋風を巻き起こした。

 防御はした。だがロナウドのその防御を突き破り、旋風は彼の体を傷付ける。血は出ていない、代わりに損傷した体の一部が黒い塵のように崩れていた。

(そうか! 私の魔法は魔力を阻害する。ロナウドは魔法によって創られた。つまりは肉体が魔力で構成されている。それなら私の魔法に触れた途端、その部分は崩壊するのが道理!)

 ロナウドの体は言ってしまえば魔法そのものだ。つまり魔法を霧散させる星羅の魔法に触れれば、その体は元の黒い塵へと還るが必定。完璧な防御をすればいざ知らず、不意を突いた強力な一撃であれば、彼とて防ぎようがないだろう。

「魔力を消すのが下手だな。煙幕に隠れても丸わかりだ」

 ロナウドは煙幕の中で、自身の魔力を高いレベルで隠匿していた。だがアルカナに関してはその限りでは無い。最初こそ完璧と見紛う練度で隠れていたものの、途中から明らかに魔力を隠匿出来ていなかった。魔力を探知する技術を以てすれば、彼女の魔力を見つける事など造作も無い。

「しまった――」

 アルカナの周囲に等間隔で5つの光の柱が昇る。この技の発動条件は事前に設置した5つの印、その中心に相手を立たせる事。戦闘の最中、その印が置かれた事にアルカナは気付いていなかったのだろう。もはや直撃は免れない。

断罪の五芒星(ステラ・ダムナティオ)

 光の柱は強力な光の壁で結ばれ、アルカナを閉じ込める。魔力を体内に内包している以上、この檻から出る事は容易でない。結ばれた5つの柱は五芒星を描き、極星が如き光の柱を天高く伸ばす。その柱は割れた天窓を飛び出し、都市の空を明るく照らした。

 身を焼く程の魔法でアルカナは気を失ったのか、その場に倒れ込む。同時に白煙も散った。術者が気を失った事でロナウドが消失、それに伴い煙幕も消滅したのだろう。

「さて……拘束を……」

 星羅はその場に倒れ込んだアルカナを拘束しようと近付く。だが悪い予感があった、まだ終わっていないような、誰かの掌の上で踊らされているような、そんな予感が。

(……何だ? アルカナの体から……何か……黒い塵? まさか――)

 星羅の魔法は自分以外の魔力を散らす。現にロナウドは体の一部が霧散させられていた。だが肉体という檻の中に入った魔力、それを霧散させる事は出来ない。肉体ごと霧散させるなんて芸当、星羅には不可能なのだ。ならばこの現象には自ずと答えが導かれる。

(こいつは偽物か!)

「……不殺の信念から来る甘さ、それが貴女の弱点。チェックメイトです」

「な、何……」

 星羅が答えに辿り着いたと同時、背後に回ったアルカナの剣で体を貫かれる。背から胸にかけて貫いたその剣は、黒い塵のような物で形作られており、それが彼女の魔法による産物である事は直ぐに気が付いた。

 戦闘中、アルカナはいつの間にか自身の魔力で形作った分身体――ロナウドと同じ原理――に入れ替わったのだろう。だが問題は、彼女が分身へと入れ替わった事に星羅が気付けなかった事にある。

「気付かなかったでしょう? 途中から私もまた、偽物だった。煙幕はその為のものです」

(あの時か!)

 記憶を遡ってみると、確かに入れ替わったであろうタイミングに心当たりがあった。煙幕に隠れられて直ぐ、確かに聞いた『法王(ヒエロファント)』『逆位置』という言葉。初めは猛攻の中の轟音に掻き消され気にも留めなかったが、あれが分身の技であれば合点がいく。

流星(シャドウ・)の影(ミーティア)』『断罪の五芒星(ステラ・ダムナティオ)

(これは……私の……)

 星羅を覆い囲うように黒い五芒星が広がる。これは先程星羅が放った技。原理は不明だが、彼女は確かに星羅の技を模倣したのだ。魔法を霧散させる効果までは模倣されてはいない。だが魔法の攻撃的出力、それだけが星羅のそれを上回っている。星羅はその五芒星の中で焼き焦がされ、遂には意識を失った。

「こんなものか……星騎士というのも、存外大した事は無い。行こう、ロナウド」

 天から降り立ったのは、星羅が塵と変えた筈のロナウドだった。傷は無い、彼は死んだ振りをしていたのだ。星羅の警戒を解く為に。彼女に戦闘は自身の勝利で終わったと錯覚させる為に。だが勝利を確信したのはアルカナも同様。倒れた星羅の指先が、微かではあるが動いたように見えた。

「驚いた。アレを喰らってまだ生きているとは……まぁ、これでトドメです」

 息がある。だがそれは風前の灯火だ。アルカナは再びその手に黒いタロットカードを出現させ、星羅の首元へと投げる。勝ちを確信しながら、険しい顔をしたその時だった。そのカードがすんでの所で受け止められたのだ。

 星羅の首元に迫るカードを止めたのは、この場にいない筈の天星だった。彼はあろうことかたった二本の指でカードを掴んでいる。そのカードは鉄筋を軽く裂く程の力を持ち、更にはそれが星騎士程の膂力で投げられたのだ。どれだけ常軌を逸した行為か、アルカナは理解し戦慄していた。

「虎城天星‼」

 驚きはある。アルカナは天星が都市庁舎から離れているという情報を得て、作戦を決行したのだから。まさかこんなにも早く都市庁舎の騒動を察知し、駆けつけるとは思わなかったのだろう。だが想定の範囲内の出来事、彼に正面切って勝つ必要は無い。彼を殺せずとも、彼以外を全員殺せば勝ちなのだから。

「星羅……遅れてすまない……」

 天星は星羅の制服、その懐に仕舞ってあった星剣証を取り出す。そしてそれを星羅の手に優しく握らせ、魔力を注ぎ始めた。何をしようとしているのかは分からないが、止めるに越した事は無いだろう。

「何をしようとしているのか知りませんが、させませんよ」

 アルカナはその様子を見て妨害しようとするも、頭上から降り注いだ紫電に遮られる。紫雷は彼女の体を直撃し、その行動を硬直させた。

「がっ……雷⁉」

『光は此処に 円卓の導きを星の下へ 星詠みの術を命運担う騎士に授けよ』

 何処からともなく放たれた紫雷でアルカナが足止めされている隙に、天星は詠唱を始めた。星剣証は詠唱に呼応するように眩い光を放っていく。その眩さに目を瞑り、瞼を開くと、気付けば倒れていた星羅から完全に意識が失われていた。先程までの気絶とは違う。まるで眠っているかのような、そんな雰囲気を感じさせる。

「何を……」

「お前には関係の無い事だ。俺達はここで失礼させてもらおう」

「何⁉ 私を殺さなくていいのですか?」

「俺はこの都市の事など心底どうでもいい。それに人形遊びに興じる暇は無いからな。だが安心しろ、この前言ったように、お前の思い通りになどならないさ」

 天星の目的は星羅の救出、その一点のみのようだ。アルカナからすれば願ったり叶ったりの事実ではあるが、星騎士としての心根として、彼の発言は間違いであると言えるだろう。だが反論する事が出来ない。それだけの圧、越えようのない実力差を、心身に響く恐怖によって彼女は感じていた。

「ッ……! いいでしょう。妹さんには首を突っ込まないよう、釘を刺しておく事です。今度は確実に殺す」

「1回負けた程度で止まれば、俺は手を焼いちゃいないさ」

 アルカナが吐き捨てた精一杯の煽りを悠々と聞き流し、天星は星羅を抱きかかえその場を去った。彼女は星羅に勝った。にも拘らず酷い敗北感を覚えていた。

 一方で静観していたロナウドは天星を警戒してはいたものの、途中アルカナを牽制した紫電に意識を向けていた。それには見覚えがあったからだ。

「……やっとだね」

 ロナウドは小さく口元を緩ませながら、紫電を差し向けた者、彼が隠れていたであろう柱の陰を見つめていた。アルカナにも聞こえぬ喜びを口にして。


 数時間後、何処からともなく現れた複数人の星騎士と、数十匹の魔獣によって都市庁舎は制圧される。その事実は全都市住民へ瞬く間に伝わり、彼ら彼女らを震撼させる事となった。その夜、恐怖の象徴たる轟雷降りしきる闇が都市を包んだ。無辜の民、彼ら全員の心に不安を植え付けながら。

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