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救星の大樹  作者: キララ
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第6話 銀雪の星騎士

 星羅達が救星の里を訪れてから十数時間、夜の帳に包まれた暗闇の中で、後ろへ流した銀髪を風に靡かせる体格の良い男が佇む。その男の眼前に聳えるのは全ての灯りが消えた救星の里、男の狙いはその建物の中にあった。

「ええ、どうやら勘づかれているようです。他の子供は退避させられている。職員達も殆どが退避済み、察しが良い」

 男は手元の端末で誰かへ連絡している。口調は丁寧且つ柔らかい、だが何故か彼の顔は浮かないものである上、その動向からは何処か苛立ちすら感じられた。

 救星の里内部は殆どの職員が退避させられた状態だ。だが全くのもぬけの殻という訳でもない。退避しているのは力を持たない子供達と職員の大半、職員の中でも戦闘能力を持つ工作員の数名と、男の目的である少年の魔力は建物内に存在している。この事からも彼の目的は職員達に割れており、その上で待ち伏せされていると考えられた。

「……はい、はい、了解しました。突入します」

 男は手早くその事実と考えを端末の向こうにいる彼の上司に報告する。その結果伝えられた作戦は、正面突破。

「……クソガキめ」

 通話を切った後、男が暗闇の中心で小さく悪態を吐くが、それもこの無謀な策を前にすれば致し方ない事だろう。事前情報から待ち受けているであろう工作員は都市でも有数の特殊部隊、創設者である軍務大臣は星騎士に次ぐ実力を持っていると豪語する程だ。本来であればこの部隊を前に正面から突破しようとはしないだろう。だがその無謀な策も、男の特性を見れば当然の事。

 男は上下関係が存在しているとは思えない口調を吐きながら救星の里へと足を踏み入れる。そこに一切の不安や恐怖を携えず。


 静まり返る教会の中、子供部屋の一室で小さく動く影が2つ。それと似た影が礼拝堂や食堂にも、彼らは静謐な殺気を収めながら自動小銃を携えている。その内の一人、正面玄関から近い礼拝堂に潜む兵士が、ヘルメットに搭載された通信機能を使用した。

『対象が正面玄関に接近、どうやらこちらから侵入するようです。仕掛けますか?』

「待て、まずは敵方の出方を探る。ディアブロ、ベレッタ、二人は礼拝堂内の防衛だ。罠を活用し反撃姿勢に徹しろ」

『了解』

 礼拝堂からの通信に応えるのは子供部屋に待機する男、昼間にここを訪れた星羅達の応対を務めた男だ。彼はその通信を受け、部隊のリーダーとして部下二人に命令を下す。男は政府上層部から派遣された特殊部隊の長、彼の命を受けたコードネームで呼ばれる部下達は、小声ながらもはっきりと了承した。

 そんな了承の声も束の間、通信機能を切断した瞬間に正面入口の大門が勢い良く破壊される。弾き跳ぶ木材の破片は礼拝堂内に舞い、破損した門の先からは優しい月明りが伸びた。そこから更に数秒の時を置いて、何事もなかったかのように歩く銀髪の男の足元が爆発する。息を吞む怒涛の攻防、その轟音は瞬く間に教会内全域へ伝播した。

「……成程、罠か。文化遺産をこうも容易く破壊するとは……俺が言うのもなんだが、罰当たりにも程があるな」

(あれほどの爆撃を浴びて無傷だと⁉ あの男、何者だ?)

 床下に設置されていた罠は魔力を感知し爆発する物、その威力は人一人殺害するには申し分ない物だ。にも拘わらず、足元からの大爆発を喰らった銀髪の男の身体には傷1つたりとも付いてはいなかった。初めの罠で殺害出来ずとも尾を引く重症を負わせる、それが柱の陰に潜む特殊部隊員達の作戦だ。だがそんな考えの甘さを指摘するかのように、残酷な予感が彼らを包む。

「さぁ、隠れてないで出てきたらどうだ? そことそこ、柱の陰に隠れているのは知っている。時間の無駄なんでな、早めに出て来い」

 銀髪の男は悠々と歩きながら、礼拝堂内の柱に身を隠す二人の兵士に声を掛ける。他の現場では通用した隠密技術もその男の前では機能していないのだ。だがそんな度重なる予想外の事態にも、彼ら特殊部隊員は慄かない。現状を正確に分析し柱の陰から身を乗り出す。自らの手にある無数の武器、そこから放つ猛攻に身を任せ、冷静に眼前の脅威に立ち向かう。それが彼の前では無為と帰すのも知らず。

「応答せよ。ディアブロ、ベレッタ…………クソ、やられたか」

 戦闘の余波たる爆発音と銃撃の光は少し離れた子供部屋にも当然伝わっていた。少しの時間、ほんの数秒が経過し疑問に思った隊長が確認を取るも、そんな声は無音で返される。

「さぁ、こっちへ」

 手塩に掛けて育成した部下二人が一瞬で撃破された事実は心苦しいが、かといって悲嘆に暮れている暇はない。任務内容たるレグルス・グレイシャーの保護を優先し、男は態度を切り替え少年を誘導する。

「ま、待って下さい。何が……」

「説明している暇はない。今は逃げる事だけを考えろ」

 寝巻姿のレグルスは素足のままに訳も分からず駆けだす。彼からすれば、突然大して話した事もない強面の職員に叩き起こされ、更にその男が言うには自分は命を狙われているという、切迫した雰囲気と焦燥感が彼の脚を動かしていた。彼の元から逃げ出そうとしないのは、僅かにある彼への信頼と身を包む武装の仰々しさからだろう。

「フーゴ、キール、対象を攪乱しろ」

『了解、スプリッツァー』

 正面玄関が突破されたのならば、次の一手だ。スプリッツァーと呼ばれる男は食堂付近に潜伏していた二人に命令を下す。超近距離の爆発で撃破出来ないとなれば、一先ずは時間を稼ぎ、後に一斉射撃や高火力攻撃で勝負を決する他ない。レグルスを先に安全な場所へと退避させ、集結させた戦力で叩く。

『星騎士二名に救援を要請しないんで? 襲撃者は彼らの獲物でしょう』

 キールと呼ばれた兵士の一人がスプリッツァーに進言する。レグルスが何者かに命を狙われているという情報は掴んでいた。だからこそ罠を張り、十全な装備で以て待ち伏せる事が出来たのだ。生憎と第一地区から追加戦力を呼ぶ時間は無かったが、だとしても同じ第二地区に居る星騎士二人には救援要請を出せた筈だった。キールは敢えて彼らを呼ばなかった理由に疑問を抱えているのだ。

「確かにそうだ。だが彼らにもバレず黒幕を排除しろとのお達しだ。レグルス・グレイシャーが狙われる理由も敵が誰なのかも我らが知る必要はない。無心となり任務を遂行しろ、キール」

 疑問は最もなものであるとスプリッツァーとて理解している。だがそれでも事の真相を探る事は彼らの領分ではない。彼らの役目はただ、何故かレグルスを狙っている犯人を捕縛、または抹殺する事だ。そんな考えを持ち、時に冷徹な判断を下せるからこそ、彼はこの部隊を一任されているのだろう。

『尻尾を掴まれかけた途端に大胆な行動、その突発的な行動を予測出来ている事から上層部が何かを掴んでいる。しかも上層部は事件の早期収束、いや何かの事実隠蔽に必死か。嫌な任務だ』

 会話を聞いていたフーゴが考える通り、この襲撃は星羅達の追う事件と密接な関連がある。襲撃のタイミングからして彼女らが犯人像に迫り掛けたのとほぼ同時、大胆な行動はそれ故の暴挙と言えるだろう。問題はその対処としていち早く襲撃を察知した政府上層部が真実の隠蔽に走っている事、兵士たる彼ら全員が納得出来るものではない。

「考えるなフーゴ、真実の追及は我らの仕事ではない。それは彼ら星騎士の務め。配置に付け、我らの仕事を完遂する」

 スプリッツァーが冷徹な判断を下したと同時、キールらの装着したヘルメットが大きな魔力を感知する。ゆっくりと歩くその魔力の塊は、礼拝堂のあった方向から食堂へと向かう。それが件の銀髪の男である事は考えるまでもない。

「誰もいないのか?」

 食堂の扉を開け姿を見せたその男は、暗い室内を見渡している。月明りすら満足に届かない食堂内の間取り、肉眼での敵視認は難しい。暗視ゴーグルとしても併用出来るヘルメットを着用したキールらが攻撃に於いて先手を取れるのは必定。

「そんな訳ねぇよな」

 暗闇且つ背後からの奇襲、魔力の籠ったナイフでのその一撃を、銀髪の男は振り向く事なく二本の指で挟んで止めた。それだけではない、奇襲と同時に暗闇から投げつけられた一本のナイフすら残った片方の手の指で止めたのだ。魔力で身体能力を強化していた二人の攻撃を指2つで止めたのだ、銀髪の男が魔力を操作出来、その練度が彼ら特殊部隊員とは次元が違う。

「なっ――」

 キールがそう言葉を洩らしたのは自身の奇襲が失敗したからではない。銀髪の男が纏う装束、暗闇で上手く視認出来なかったそれに見覚えがあったからだ。眼前にその男を見据えて初めて、彼は自身の死期を悟った。だがそれ以上に、銀髪の男の正体への驚愕だけが彼の心を埋めている。死亡するその瞬間まで、ずっと。

 数秒に渡る火花散る攻防の末、食堂は静まり返っていた。血飛沫は何度も上がった、横たわる2つの死体には深く抉れたような傷もある、にも拘わらず食堂には血の海が広がっていない。血や死体の暖かさを忘れてしまう程の冷気と氷の世界がそこには広がっていた。

「部下を全員殺してきたか……」

「子供は……裏口から逃げたか。まぁ良い、さして遠くへは行っていないだろう」

 数十秒後、裏口へと続く広場では二人の男が向かい合っていた。曇天に覆われていた夜の空も、時間と共に晴れていったのだろう、今や草花の茂る広場は月明りの恩恵に授かっている。だからこそ分かる、先刻の隊員達でははっきりと視認出来なかった銀髪の男の服装が。

「純白を基調とし、金色の意匠が施された装束、おまけに胸には我らと同じ大樹と剣をイメージしたシンボル……貴様、星騎士か? いや、だが…………何者だ」

 銀髪の男が纏う装束の胸、そして恐らく背面には統合国家ソラリスの紋章が刻まれている。個々人の裁量によって細かくデザインは異なるが、スプリッツァーの眼前に立つ男は紛れもなく星騎士の制服を着用していた。

「この都市に派遣された星騎士は二人、俺みたいな男は知らないか? まぁ、思い至らないのも無理はない。来い、一撃当てられたら教えてやろう、俺の正体を」

「舐めるな‼」

 余裕綽々といった態度で佇む星騎士たる男は、一切の装備を所有していないにも拘わらず、完全武装のスプリッツァーを前に全くの危機感を覚えていない。それだけ実力差があると考えているのだろう。

 激昂する態度とは裏腹に、スプリッツァーは隙の少ない忠実な型で攻める。ナイフと拳銃を上手く使い、魔力で身体能力を強化する事でその型のクオリティを上昇させているのだ。体術だけを見れば都市内の戦闘員の中でもかなり優秀な部類だろう。だがそれはあくまで魔力による物質強化術、肉体強化術を度外視して考えた場合。

「軍務大臣お抱えの私設部隊、通称レクイエム。魔力を扱える兵士、部下だけでなく貴様も中々の強さだ。唯の犯罪者であれば問題なく始末出来ただろう。しかし大仰な部隊名もそうだが、星騎士に次ぐ実力を持つというのは些か持ち上げすぎだ」

(く……素の戦闘技術だけならば五分……いや僅かに俺が上か。だが肝心の魔力強化術の練度で遥かに――)

 幾人もの戦闘員の中で魔力を扱い、更には素の戦闘能力に於いて上位の成績を持つ特殊部隊員、スプリッツァーはその中でもトップの実力を持つ。現に星騎士と思われる銀髪の男に対して一歩も引かず戦えている。だが彼の攻撃は一向に命中する気配を見せない、それもその筈、魔力で強化した身体能力の差が彼らの能力に圧倒的な差を生んでいるのだ。

氷霧の世界(ストラナー・リドーフ)

(氷……⁉ 魔法か‼)

 素早い猛攻虚しく、スプリッツァーの攻勢は無為と帰す。ナイフや拳銃は一瞬にして淡い青に輝く氷で包まれたのだ。武具だけではない、彼自身の身体も、広場全体が岩の様に突き出した氷塊が乱立する蒼の世界へと変わっていた。同時にスプリッツァーは確信する、眼前の銀髪の男は間違いなく過去この都市に居たという星騎士本人であると。

「……レグルス・グレイシャーを狙うのは何故だ?」

「貴様に教える気はない。それだけの強さを持ちながら無能なガキの面倒が仕事とは……境遇には同情するがな」

 吐いた血反吐が瞬時に凍り付く、そんな世界で自身も氷に包まれながらスプリッツァーは言う。だがそんな苦し紛れの問答も銀髪の男は何の気なしにあしらった。達人と呼べるまでの兵士が第二地区の外れで子供の警護などという些事にて消費されてしまうその事実に憂いを抱きながら。

「価値観の相違だな、子供とは可能性だ。それを護る義務が、我々大人にはある。たとえ上層部が損得勘定からこの場を創ったのだとしても、俺には関係ない。死んでも子供達は護る」

 部隊名レクイエム、彼らは都市内部の育成機関にて好成績を収めた兵士で構成された都市の戦闘部隊でも上位の実力を持つ者達。だがその創設には本人達たっての希望が反映されている。実力からではなく、彼ら一人一人が人類の未来を護りたいと願っていた。それが彼らを結ぶ絆となり、子供の警護を目的として部隊が創られている。その目的の為ならば、命など惜しくはない。

「オペレーター‼」

『了解、ボス』

 部隊員は総勢六名、隊長たるスプリッツァー、礼拝堂警備に当たったディアブロ、ベレッタ、食堂警備であるフーゴ、キールの五名ともう一人。最後の一人は仲間達が戦っているその間も、ずっと丘の上で待機していた。一撃必殺、狙撃による脳天破壊という一手を決める為に、隊長の合図を息を殺して待っていたのだ。

破壊を呼ぶ氷塊(リドニーク・ラケータ)

 鋭く、言ってしまえば小さな死を呼ぶ弾丸は、銀髪の男の指を弾く音で散る。弾かれた音と共に彼の周囲に氷で出来たミサイルが形成されたのだ。それは弾丸よりも遥かに大きく、弾丸を越える殺傷能力を持って丘の上に飛ぶ。2つの軌道は合わさり、弾丸と氷は正面から衝突する。結果は分かり切っていた、弾丸は砕かれ、氷のミサイルは更にその先の丘に氷の爆発を巻き起こした。

「潜伏には気付いていたさ。魔力を探知する技術がある以上、下手な潜伏は無意味、攻勢に出ないのであれば見逃したが……」

 魔力は本来肉眼では視認出来ない。だが唯一、魔力を瞳――情報を電気信号へと変換する視神経――に集中、強化する事で脳に不可視である筈の魔力を認識させる事が出来る。更に神経機能の強化を加える事で、壁越しにでも肌で魔力を感じる事も可能だ。この高等技術――それら魔力を感知する技術全般を魔力探知と言う――の前には潜伏など無意味なのだ。

「何はともあれ俺に魔法を使わせるとは、立派だよ。冥土の土産だ、教えてやろう。俺の名を」

「大方、予想はついているがな……」

「俺は星騎士の一人、ガレリア・サスーリカ」

「やはりか……だが貴様は死んだ筈――」

 急速に奪われていく体温を感じながら、スプリッツァーは白い息を吐く。そんな絶望の渦中にいても尚、驚愕せざるを得ない。銀髪の男の正体、嘗てこの地に派遣されていた星騎士の一人、ガレリアという死んだ筈の男が眼前にいる事実、そのあり得ない現実に彼は衝撃を受けていた。

「残念だが、貴様はここで退場だ。楽しかったぜ、弱者の相手をしていたにしては、だが」

 

 救星の里を氷の世界に変えた後、ガレリアは裏口から逃亡したレグルスを追っていた。乾いた荒野を真っ直ぐに歩くガレリアには、レグルスが無意識に残した魔力の痕跡が見えている。

「何……おいおい馬鹿か? お前」

 ガレリアが目を見開き驚愕するのも無理からぬ事。彼は荒野を歩き、残滓を追ってレグルスを捕らえるつもりでいた、だがあろうことかレグルスは現場に戻って来たのだ。ガレリアの眼前に佇む彼の瞳は怯え切ってはいなかった。それが逆に現状を把握出来ていない愚かさに見えてしまう。

「……聞きたい事がある」

「わざわざ命を賭して逃したってのに、戻ってくるかね……」

 神妙な面持ちを浮かべるレグルスに対し、ガレリアは心底呆れ返った様子を見せる。六名の兵士達、彼らは命を賭して一人の少年を逃がした。だというのに彼はガレリアの刃に向かっていった、それが死んでいった彼らの想いを踏み躙る行為だとも知らず。

「婆ちゃんを殺したのは……お前か?」

「分かってんだろ? 違う。俺が手を下すならば、そもそも薬なんて卑怯な真似をする必要がない。それに俺ならもっと被害を出せる。こんなショボい被害なんぞで終わらん」

「ッ……じゃあ誰が…………」

「もう分かっている筈だろうに、心の弱さは年相応か」

 ガレリアは呆れを示しながら軽く笑っている。この期に及んで真実から目を背ける少年の心の弱さを笑っているのだ。

「戻って来たって事は、復讐したいんだろう? その目……覚悟は出来てるみたいだな」

 ガレリアは少年の目に灯ったモノを覚悟だと言ったが、それは違う。それが前向きな覚悟などではない事は、レグルス本人が深く自覚していた。少なくともそんな覚悟なぞで埋まる事のない力量差がある事は戦闘経験のない少年にも分かっている。分かっているというのに、彼は戻って来た。

 荒野で向き合う2つの影、銀髪の男と水色髪の少年が乾いた風と暗雲立ち込める不穏な空気に消えていく。

「来い」

 激しい轟音と共に、小さな陰はその場に倒れ伏す。


 約五時間後、第二地区の都心、雄麗と佇む医療施設の地下深くでは昏い陰謀の芽が疼いていた。

「ここは……」

 目を覚ましたレグルスの眼前に広がるのは、自らを照らす眩いライトだった。朦朧とする意識の中、記憶を辿って初めて状況を理解する。自分が襲撃者に拉致された事を。

「目が覚めたみたいだな。悪いがお前の第二の故郷は潰させて貰った」

「誰……」

 仰向けに拘束されたレグルスの左右には、2つの影が立っていた。1つは救星の里を襲撃した銀髪の男、そしてもう1つ。

「なっ……それは救星の里の事か⁉ そんな事をすれば――」

 銀髪の男が放った言葉に対し、声を荒げたのはもう一人の男だ。その男の反応を見るに、どうやら仲間である彼は救星の里襲撃を知らされていなかった、それどころか都合が悪いと感じてさえいるようだ。

「事件の調査が星騎士に受け継がれた今、こんな事をすれば直ぐにこの場所も割れる。お前はこれまで大勢の都市民を殺したからな、掴まれば死刑は確実だろうさ」

「院長先生…………?」

 レグルスは自らが拘束台に捕らえられている現状を受け止めるよりも早く、より衝撃的な事実に直面してしまう。狼狽する男の正体、彼の姿には覚えがあったのだ。犯してきた悪事を突き付けられる白衣の男、もう1つの影の主たるその男の正体はホープレイン病院院長、レイ・サタナエル。レグルスの祖母を診察し、その他多くの患者を診てきたその業績から、第二地区民の心の拠り所となっている男だ。

「何て馬鹿な事をしてくれたんだ貴様! 貴様はあの女から命じられた私の護衛だろう⁉ 何故私の身を危険に晒す行為を――」

「待って……」

 襲撃の事実を今知ったレイは激昂し、銀髪の男に詰め寄っている。次々と湧き出る新たな情報はレグルスの耳には入る事がない。それもその筈、彼は今混乱の渦中にいるのだから。恩師と思っていた存在が祖母を殺した疑いはあった。だがレグルスはそれを信じてはいなかった、信じたくなかった。混乱する彼を置き去りにして、話は進んで行く。

「契約期間は終わりだ。お前は星騎士に目を付けられている。死にたくないのならば、必死に抵抗でもしたらどうだ?」

 レイの必死さとは裏腹に、銀髪の男は軽くその怒号をいなす。

「無茶を言うな! 星騎士と戦えと⁉ お前は人をなんだと思ってるんだ!」

「人体実験を繰り返してきた男の言葉とは思えないな……まぁいい、貴様は既に星騎士の標的となっている。ハナから時間なぞないんだよ。命が惜しいのなら、明日までに約束の物をボスに差し出しな」

 約束の物が何かなど、レグルスに分かる筈もない。それどころか、人体実験、第二地区民を大勢殺した事、断片的なそれらの事実が彼の心をざわつかせていく。信じたくはない、だが信じるしかない、数時間前に自身を訪ねた星騎士達の予測を。

「待ってよ‼」

 それでも信じたくなかった想いから、レグルスは話す二人を叫び止める。

「あぁ⁉」

「院長先生……貴方が、僕の祖母を殺したの? 嘘ですよね?」

 震える声でレグルスは聞く。その震えは恐れから来るものではない、きっとそれは悲哀から来るものだった。

「……ふ、ふふふ、馬鹿なガキだ。私が殺したに決まっているだろう。第二地区は無知且つ健康な人間が多くて助かるよ。この場所は良い実験場だった。だと言うのに――」

 予測は的中した。レグルスだけではない、多くの第二地区民にとってその事実は大層ショッキングな告白だろう。だがそんな犯行の事実より、レイ自身に悪びれる様子が全くない事、それが何よりレグルスに腹立たしさを感じさせていた。

「お前が……何でこんな事を……」

「好奇心」

 震える声で、せめて動機が納得出来るようなものであればと、縋るようにレグルスは聞く。だがレイの返した言葉はこの上なく、下衆なものだった。そこにのっぴきならない事情などなく、唯の好奇心だけがある。大勢を殺しておきながら、平気な顔をしてそれを伝えられるレイの心情は、酷く歪なものに見えた。

「ぐあぁぁぁぁ‼」

 手足に取り付けられた拘束具から軋む音が聞こえる程、少年の柔肌から血が滲む程、レグルスはレイへと怒りをぶつけようと暴れる。悲痛な呻き声を上げながら、言葉にならない怒りと憎しみ、それ以上の哀しみを心の内から湧きだしながら。

「そんな子供に構っている暇があるのか?」

「くっ……じゃあな。全てが終わったら、お前の身体もたっぷり調べさせて貰うとしよう」

 嫌味たらしく嗤うレイを、冷めた目で一連の受け答えを眺めていた銀髪の男が止める。本人にその気はなかっただろうが、彼の言葉で混乱は収められた。

 薄汚い言葉を吐き捨てるレイの背を、矮小な力しか持たないレグルスはただ見つめるだけ。憎しみを込めたせめてもの悪態をぶつける、それしか出来ない自身の無力さが、少年の心をこれ以上ない程に追い詰めていた。

「う、うぅ……僕は何故ここに――」

 銀髪の男の上司、顔も知らぬその女は何故かレグルスの身柄を求めた。星騎士をレイにぶつける事が狙いだったとしても、レグルスを攫う理由などあるのか、レグルスの記憶が正しければ彼らとは一切の面識がない。つまり女の目的は因縁以外の何かだと考えられる。その考えはある意味で正しかったが、真意は予測の外側にあった。

「お前は餌さ。星騎士をここへおびき寄せる為のな。罪無き子供が人質に取られたとあれば、星騎士は強硬手段に出るだろう。こっちの駒の性質からして戦いは必至、それが狙いだ」

 銀髪の男の言葉をそのまま受け取る事など出来よう筈もない。星騎士との戦い、まずそれ自体の成立が困難と言えるからだ。戦車と鼠が対峙したとして、そこに存在するのは戦いか、否である。星騎士とただの人間では戦いなど成立しない。そしてレグルスの目から見て、レイ・サタナエルは戦闘能力を持たないただの人間だ。

「星騎士との戦いが狙い? どういうつもり――」

 当然の疑問をぶつけるよりも早く、レグルスの意識は手刀一発で落とされる。

「お前が知る必要はない。さて……『新星(しんせい)』がどれ程のものか、お手並み拝見といこう」

 静寂が流れる暗い地の底で独り不敵に嗤う銀髪の男、その表情の内にあるのは黒い下賤な感情と、鼻先を掠める死の予感への緊張であった。

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