第5話 暴風都市ボレアス
後日、星羅と天星は第二地区を訪れていた。
星羅は天星の運転する車の助手席で、寛ぎながら車外を眺める。窓から覗く第二地区の風景は、彼女のよく知る第一地区のそれと比べ明らかに技術力で劣っていた。あらゆる分野に於ける魔力の参入、それが齎した技術躍進により驚異的な発展を遂げた第一地区とは異なり、第二地区の技術力は未だ宇宙樹襲来時の1999年で止まっているようだ。
「あれが地区住民全員の魔力で出来てるとなると……上層部のあの態度も当然なのかな」
政府は都市住民全員に対し、魔力の継続的な献上を求めている。見返りとして裕福な地区での生活を用意し、都市民達が魔力を献上する意義を与えているのだ。だが魔力の保有量に才能が大きく関わってくる上に、それが明確な貧富の差に繋がるとあれば都市民だけでなく、大臣達に差別意識が芽生えるのは必至というものだろう。
「どうだろうな。少なくとも都市の運営はこれ以上ない程に上手くいっている。貧富の差は開く一方だが、確実に安寧が形成されている。第一地区民への贔屓も納得が出来る程に」
第二、特に第三地区民とて不満はあろう。だが住民の全体比率で言えば、多くの魔力を捧げ豊かな暮らしを得ている第一地区民が過半数を占めている。よって彼らの意見が現状維持の意見を覆す事は無い。
都市は円形状をしており、外側が第三地区、順に第二、中央が第一地区といった構造をしている。その為第二、第三地区民にしたところで障壁が消滅しては困るのだ。魔導障壁の外では宇宙樹から生み出された魔獣が障壁内とは比較出来ない程に跋扈している。そんな魔境に放り出され、真っ先に損害を被るのは力を持たない彼らなのだから。
「…………それでも、誰かが不幸になるならそれは――」
窓の外には鉄筋コンクリート等で構成されたビルが乱立している。眼下に広がる街並みは、星羅の予想に反して活気付いた人々で溢れていた。第二地区は最先端の技術力の恩恵をあまり受けられないというだけで、暮らし単体で見ればそう悪いものでもないらしい。貧困の度合いとしても第一地区と比べれば多少悪い程度。この地区に住む人々は日々を十全にとはいかないものの、ある程度の幸福は得られているようだ。
歪んだルールの上には、確かな都市の安寧が築かれている。だが星羅はその真っ直ぐ過ぎる善性故に、障壁の内を息苦しく感じていた。
「ん……そういえば何処に向かってるの?」
「最初の被害者、ジーナ・グレイシャーの孫。まずは彼に話を聞きに行く。直前までの行動、異変、事件に関する何かを知っている可能性があるからな。まぁ、答えられる精神状態かは甚だ疑問だが……」
天星が星羅の質問に応え、車のフロントガラスに手を翳しスワイプする。するとフロントガラスをモニター代わりとして、幾つものホログラム画像が映し出された。この技術も劉が開発した物だ。透明なガラスに見えても、その内部には最新鋭の技術が詰め込まれている。
ホログラムに映っていたのは被害者女性の孫である少年の情報だった。名前や年齢、定期に行われる身体検査の情報が映し出されている。宣材写真に写る少年は、何処か達観した雰囲気を感じさせる水色髪と水色の瞳を持つ美少年だった。
「名前はレグルス・グレイシャー、十一歳。事件当日は祖母の通院に付き添っていた。現在は唯一の身内が死亡した為、小学校を無期限の休学中。第二地区の外れに位置する児童養護施設で保護されている」
「劉さんも言ってたけど、通院の理由は? 何処か体が悪かったのかな?」
「さぁな、詳細な情報は無い。何せ第二地区の住民だ。上の連中が気遣う訳も無い。情報の管理も杜撰そのものだったからな。だが被害者女性の年齢は六十前半、体にガタが来ていてもおかしくは無いだろう」
被害者の通院理由は気掛かりだ。もしかすると、初期症状として何かしらの予兆が現れていた可能性がある。天星の言う通り、年齢を鑑みれば身体の不調を訴えても何らおかしな事はない。だが死亡したのは病院からの帰宅時、何か関連がある可能性も捨てきれ無い。
「どっちにしろ、その子に話を聞いてみなきゃか……本人の精神的ショックを考えたらあんまり負担はかけたくないけど……」
「……そうだな」
レグルスは恐らく最も間近で祖母の死を目撃した筈。そんな光景、幼い子供の精神には重すぎる事実だろう。出来ればそっとしておいてやりたいが、星羅も事件の調査をしなくてはならない。
「ってか、私達が第二地区の任務に駆り出されるなんて珍しいね?」
星羅達は基本的に第一地区の事件を調査する事が多い。第二、第三地区は基本、政府に従事する警察、軍隊が調査するからだ。星騎士という強大な戦力の投入も、当然第一地区が優先される。その為星羅は一度たりとも第一地区以外に訪れた事が無かった。
「一ヶ月で1万の被害、その上、裏にいるであろう黒幕は魔力に見識がある。戦闘能力を持っている場合、警察じゃあ歯が立たないからな」
「成程、確かに警察とか軍人って魔力扱えない人多いしね。敵がある程度魔力操作を会得してるなら、危険の方が大きいか……」
魔力は現状全人類に宿っているものではあるが、それでもそんなエネルギーを操れる者は少ない。警察や軍隊にもそういった能力を持つ人物はいるが、今回の事件を対処出来る程の練度では無いだろう。
「基本的に魔力使用者をどうにか出来るのは俺達星騎士や一部特殊部隊の人間だけだ。その中でも今回の件は俺達の手にしか負えないと判断されたんだろう」
天星の言う通りこの件はそれだけ危険度、重要度が共に高いという事なのだろう。それが星羅の命に刃を突き立てる程のものであるかは分からないが、一層気を引き締める必要がある。
星羅は心の片隅に一抹の不安を抱えながら、風光明媚な青く澄んだ空を障壁越しに眺めた。二人を乗せた車は光風を切りながら、件の児童養護施設へと向かう。
星羅と天星は有益な情報を持っている可能性の高いレグルスに会う為、第二地区の外れ、彼が預けられた児童養護施設を訪れていた。
目の前に聳えるのは、暴風都市ボレアスにおける数少ない児童養護施設『救星の里』だ。どうやら元々存在した古い教会を改築したものらしい。
星羅は初めて見る教会というものに何処か懐かしさを感じていた。剣を持つ人間を表現した象徴的なステンドグラスを眺めながら感慨に浸っていると、建物内から複数人の子供の賑やかな声が響く。
「ここがそう?」
「ああ、救星の里。四星剣の一人がボレアスの現状を憂いて建てた数少ない都市の児童養護施設だ。ここにレグルス・グレイシャーがいる」
この都市では年に数十人の孤児が出る。その殆どは第三地区で生まれた者だ。それもその筈第三地区では餓死者が絶えない。日々の食事すらも危うい程の貧困に喘いでいるのだ。だがこの都市に全ての人間を満足に養う余裕は無い。だからこそ親を亡くす子供は絶える事が無く、児童養護施設の入居者もまた、常に絶える事が無いのだ。
救星の里を創設したのは『四星剣』と呼ばれる国の最高権力者の一人。定員四名のその席には、先日星羅達と会合していたジャックも含まれている。救星の里を創った男は半ば一方的にこの児童養護施設を建設したらしい。他四星剣や暴風都市ボレアスの大臣達がその身勝手な行動を咎めなかったのは、一重に都市にとっても利益があるからだ。
この世界に生まれ先天的に魔力を持つ人間は、個人差こそあれ幼少期から青年期に掛けてその魔力量や質を成長させる。つまり孤児とはいえ成長すれば障壁を維持するのに有用な子供が現れる可能性もあるのだ。だからこそ上層部は子供に限り、第三地区民であったとしても見捨てる事をしない。親族が餓死し天涯孤独となった孤児達を発見し次第、この救星の里に送っている。
「ここは政府の管理下にある。だから星騎士であろうと、そう邪険に扱われる事も無いだろうが……」
「全員が全員そうじゃないよね? 中には星騎士を良く思ってない子がいるかも……」
いくら政府の恩恵を受けているとはいえ、彼等彼女等の中には国家全体を良く思っていない子供も大勢いるだろう。除け者のように第二地区の外れに追いやられ、その上施設自体も新設という訳でなく既存の建造物の改築に留まる。この様子では子供達の生活水準もあまり期待出来ないだろう。
そして何より、子供達の親族は都市のシステムによって殺されたようなものなのだ。ある程度分別のつく年齢にもなれば、その事を理解しているだろう。政府が恨まれていても不思議は無い。
星騎士とは統合国家ソラリスに従事する者。星騎士本人達は我が強く、仕えている意識など無いだろうが、都市住民にとってそんな認識は知る由も無いのだ。第二、第三地区を野放しにする政府、それに仕える星騎士を毛嫌いする者は多い。
「そうだ。だから念の為服装は変えて行く」
天星はそう言うと手元の端末を操作する。すると彼の服装が星騎士の白い制服からカジュアルな服装へと変化していった。
天星が操作した端末には通信機能、ホログラム機能の他に、服装を端末内に登録されているものへと変更させる機能が備わっている。変わったと言っても変化は外見のみ、実際には変化していないものの、ホログラムの応用で服装が変化したように見せかけているのだ。急拵えではあるが、今はこれで充分だろう。
「……分かった」
星羅は第一地区以外の人々に嫌われる傾向のある星騎士の現状に心を痛め、小さく溜め息を吐く。だが今はそんな事を気にしていても仕方が無い。その複雑な心境に目を瞑り、自身も服装を変えた。
星羅の新たな服装はストリートファッションを思わせるものであり、その胸元からは光を表しているようなタトゥーが若干露出している。
二人は気を取り直し、救星の里へと足を踏み入れた。
扉を開け中に入るとそこには大勢の子供達がいた。歳の頃は五から十と少しといった所だ。児童養護施設なのだから当然と言えば当然だが、些か人数が多すぎるように感じる。加えて彼らの殆どがまだこの施設に慣れてはおらず、子供達の間には精神的に深い溝があるように思えた。
「レグルス・グレイシャーに会いたい。どの部屋だ?」
「あ? あんた誰だ? 生憎アポイントメントの無い客は受け付けちゃいないんだ」
受付の男性職員は天星の質問に答えず邪険に扱う。ここに限らず子供、それも身元不明の孤児は犯罪利用にうってつけの存在らしい。その為児童養護施設では子供達の安全を護るべく、必ずアポイントメントを事前に受け、厳正な身元調査を行うとの事だ。
今回の星羅達みたく、いきなり尋ねて来るような客は門前払いされるのがオチだろう。だが彼女達は統合国家ソラリス公認の特殊な役職たる星騎士。身元の怪しい犯罪者予備軍とは訳が違う。
「いいや? アポイントメントはある筈だ。確認しろ」
天星はそう答えると同時、星が刻まれた漆黒のメダルを他職員や子供達に見えないように差し出した。続けて彼がメダルに魔力を流すと、メダルは純白へと姿を変える。その光景を見た男性職員は少し驚いた様子を見せつつも、平静を装い仕事を再開した。
星羅達には事前にアポイントメントを取っている暇など無かった。聞いた話ではそれを取るには数週間程度必要との事だったからだ。だがこのメダルがあればそんな些事は初めから必要が無いのだ。
正式名称『星剣証』このメダルは謂わば星騎士である事の証明だ。星騎士全員に一枚ずつ配られており、勿論星羅も持っている貴重品。
星剣証は持ち主本人が魔力を通す事でその役割を初めて発揮する。それは通常、漆黒に染まっている。だが持ち主の魔力を流す事で、数秒の間その色は漆黒から美しい純白へと変貌するのだ。つまり受付の前に差し出され天星の魔力で純白へと変わった星剣証は、彼が星騎士である事を真に証明している。
「……通路の先の一人部屋、九号室です」
職員の男は軽く星剣証の材質を確認した後それを天星に返し、レグルスのいる部屋番号を告げた。彼の対応の節々からは、明らかな緊張が感じられる。
「一人部屋? 何故だ?」
「これはここだけの話なんですが、どうやら持っている側らしいです」
天星と受付の男は小声で何かを話している。だが星羅の類稀なる聴覚は確かに聞いた「持っている側」と。これは星騎士ならば全員が分かる隠語、つまりは星騎士の持つ特有の力をレグルス・グレイシャーも備えている、という意味だ。
「ともかく騒ぎは御免ですよ? それでなくてもここ最近の爆散事件のせいで、残された子供達が大勢送られてくるんです。お陰で施設内はてんやわんや、これ以上の面倒事は抱えきれません」
男性職員は星騎士が訪れた事で事件の匂いを嗅ぎ取ったのか、星羅達が騒動を起こしやしないかと心配なようだ。
「ああ、それでこんなに子供が多いのか……」
職員によると子供達の殆どはここ一ヶ月の間で亡くなった人間、つまりは事件の被害者が死に残された家族らしい。施設での日が浅い子供達の対処もあって、職員達はここ最近狂ってしまいそうな程の多忙なのだとか。その証拠に他職員の眼の下には濃い隈が出来ていた。
「勿論分かっている。用が済んだらすぐに帰る」
星羅は天星の後に続き通路を進んで行く。通り過ぎる部屋で遊んでいた子供達は、星羅達を物珍しそうに見ている。そもそもの話この養護施設にわざわざ訪れるような人物は滅多にいないそうだ。職員以外の大人が珍しく思えるのだろう。
魔力の徴収量は地区によって一人ずつ均等に決まっている。だが例外として家族の誰かが十分な魔力を提供出来ない場合、その分は他の家族が負担しなくてはならない。つまり孤児院で新しい家族を迎えたとしても、その子供の体内に魔力が少なければ、里親自身がそれを補わなくてはならないのだ。わざわざ自身の首を絞めるような事をしたい物好きは少ないだろう。
そんな背景がある為、子供達が星羅達に好奇の眼差しを向けるのも無理のない事だ。
「あのおじさん……ただの職員じゃないでしょ? 明らかにそこらの警察より強い……」
星羅は微笑み、子供達に手を振りながら受付の男性職員について話す。彼女含む星騎士は戦いのプロだ。戦いの相手は魔獣相手の時もあれば人間の時もある。彼女らはその実力の高さ故に、個人差はあれど相対する敵の魔力を観察しその力量を推し量る技能を有するのだ。
受付に立っていた男性職員は、未熟な観察眼しか持たない星羅から見ても、ある程度の実力者であると分かった。他職員の中にも彼には劣るが、それなりの実力を持った人物が紛れ込んでいる。ここにはそこかしこに戦闘員が配備されているようだ。
「ああ、道中言った通り将来性のある子供というのは悪用されやすい。その上、子供は上層部にとっても都市の未来に関わる大事な存在だからな。子供達を護る為にも職員の中にある程度戦闘員を紛れ込ませている。大体はソラリスから派遣された特殊工作員だ」
星羅の疑問に天星は小声で答える。恐らくこの事実は一部職員には秘匿されているのだ。都市にとっても重要な役割を担う未来そのものを護る為に、戦闘能力を持つ人間を忍ばせているのだ。
星羅達は少し歩き、職員に聞いたレグルスの部屋へと入る。部屋にはベッドが1つ、その上には悲しげな眼差しで窓の外を見つめる、水色の髪を持つ少年の姿があった。
すぐ傍の机に積まれた本の表紙を見ると、そこには「魔工学 応用」「精神が魔力へ及ぼす影響」など、星羅では難しそうという事しか分からないような本ばかりがあった。
「レグルス・グレイシャーくんだね? 私は虎城星羅、君に聞きたい事があるんだ」
星羅がレグルスに呼びかける、だが彼は窓の外からこちらへと目線を合わせる事はしても、何かを口に出す事は無い。恐らくだがこちらを警戒しているのだろう。凍てつく氷を思わせるような瞳で星羅を見つめるばかりだ。
「俺達は星騎士だ。君のお婆さんの死について調べている」
見かねた天星が端的に説明する。レグルスが星騎士を嫌っているのではと身構えていたが、どうやらそれは杞憂だったらしいと彼の反応を見て確信した。
「星騎士――」
レグルスは驚いた様子を見せるが軽蔑の眼差しを向けてくる事は無い。むしろ星羅と天星に憧憬の感情を抱いているようにすら思える。
「思い出すのも苦だろうが、お婆さんの事について幾つか聞きたい事がある。いいかな?」
「いいですよ」
続けられた天星の質問にレグルスは即答する。その反応には星羅も驚きだった。何せ星騎士に対し好意的に接する人間は、この地区で彼ぐらいのものだろうからだ。
「えっ、いいの?」
「お婆ちゃんが死んだ原因を探りに来たんでしょう? だったら洗いざらい全部話しますよ。星騎士の調査を邪魔したりはしないです」
確かに星羅達は事件の調査に来ている。彼女達の情報収集能力や戦闘能力があれば、数日で大抵の任務は完遂出来る筈だ。しかも今回の任務は第二地区での大規模な大量殺人事件。事件の規模、その手口の奇抜さからも、犯人像をかなり絞りやすい。
だがそんなやり易さも地区住民の協力がスムーズに得られた場合。彼らが協力を拒めば拒む程、事件解決は遠のく。しかしここ第二地区では星騎士に不信感を覚えている者も多い。だからこそレグルスの協力的な姿勢は意外そのものだった。
(何でか分かんないけど、やけに協力的だな……まぁ手伝ってくれるならいいか)
「じゃ、じゃあ聞くけど、お婆さんの事件当日の行動について分かる範囲で教えてくれる?」
「あの日は……学校が休みだったので、朝からお婆ちゃんの介護をして、昼過ぎの二時に月一の定期診察の付き添いに。その後三時少し前だったかな、お婆ちゃんの体が……その……」
彼は几帳面な性格なのだろう。机の上に積み上げられた本は綺麗に整頓されている上、話の内容はかなり正確だ。ひと月も前の予定を完璧に答える事が出来るのは、レグルスの性格の表れなのかもしれない。
だが話を続ける最中、事件発生時の状況に近づく程、彼の口調は低調になっていく。その表情から感じ取れる事は少ないが、それだけ冷静な彼でも、祖母の死に対してショックを受けているという事だ。涙を流す事も無く、無表情ではあるが、その言葉からは確かな動揺が見られる。
「無理をしなくていい、良く話してくれた」
「……無理をしている訳ではないです。ただ、婆ちゃんが死んだ事にまだ実感が持てなくて」
資料によればレグルスに両親はいない。いたのはただ一人、祖母だけだった。そんな祖母が一瞬にして、訳も分からず爆散したのだ。実感が持てずとも無理からぬ事だろう。
「ずっと、星騎士に憧れていました。婆ちゃんは唯一の家族、だから護れるのは僕だけだって……でもそんな護りたい対象もいなくなってしまった。これからどうすればいいのか……」
レグルスは虚ろな眼で語る。星騎士へ向ける憧憬の眼差し、その理由は単純、護りたい存在がいたから。彼は力に憧れた。悪を蹴散らし、弱者を護る、それを可能とする絶対的な力に。
彼は恐らく、この児童養護施設に来る前から様々な勉強をしていたのだろう。それは積み上げられた本の山が証明している。だが彼の星騎士を目指す理由、努力の意味は無くなってしまった。道を見失ってしまったのだ。
「そっか……」
「ごめんなさい。別に同情して欲しい訳では無いんです。ただ……誰かに愚痴を零したかったというか……」
レグルスは本来、こんなプライベートな話題を進んで他者に零すような性格ではないのだろう。加えて、ここに来てからの一ヶ月間、職員によるメンタルヘルスは手が回らず十全に行われなかったと思われる。そんな時、星羅達が訪れた。レグルスと同じ目線で語れる彼女等が。
祖母との二人暮らし、彼には達観が求められた。年齢以上にしっかりとする事を求められたのだ。年齢に対し不相応の価値観を持った彼の愚痴を零せるタイミングが、今の今まで無かったのだろう。星羅はそんな彼の言葉から背景事情を悟り、黙る事しか出来なかった。
「お姉さん達が事件を解決してくれたなら、それは僕にとって前を向く転機となるかもしれないと思ったので……」
「……なら私達も君の再起を後押しする為に、事件を必ず解決すると約束しよう」
レグルスは未だ前を向けてはいない。祖母の為の夢、それが絶たれた今、何に縋ればいいのか、何を目指せばいいのか、彼は指標を求めている。その指標を提示する事は星羅には出来ない。だからこそせめて足枷となり得るものだけでも削いでやろう。星羅はそんな考えのもと、レグルスを真っ直ぐな信念の灯った瞳で見つめた。
「……聞きたい事が2つある。2つ目は君のお婆さんの通院理由」
話を聞いていた天星は気を取り直し質問を再開する。1つ目の質問は星羅も気になっていたジーナ・グレイシャーの通院理由だ。
「婆ちゃんは一年程前に体調不良を訴えて病院へ行きました。その時は歳のせいもあって、さして疑問には思わなかったのですが……1回の治療では全く良くならず、それから何度も通院を繰り返すように。体調不良というのは咳や頭痛なんかの風邪と同じようなものです」
「そうか……2つ目だ。この一年、何か変わった事に気が付かなかったか? お婆さんだけでなく周囲の状況も含めて」
「気付いた事……そういえば、薬が特別製だと主治医の先生が……」
「特別製?」
「はい、何でも院長が直々に調合したものらしく、婆ちゃんにも同じものが。勿論最初は警戒したんですが……他の患者さんにも調合されていたものですし、今まで副作用なんて出ず、効果も約束された物でしたから」
レグルスは淡々と語る。だが……。
「流石に怪しいね」
「そうだな」
星羅の発言に天星が同意した。特別製、つまりは独自調合の薬。成分を詳しく見てみなければ断定は出来ないが、それでも怪しさ満点である。
薬が投与されたのは一年前から月1回ずつ。こじつけのように聞こえるかもしれないが、遅効性の毒だと考えれば辻褄が合う。事前に投与していたものをここ一ヶ月に重点して効果が出るように調整すれば、この1万人の被害も頷ける。
「新薬の調合は政府の認可がいる。だが政府に対してそんな申請は出されていない上、そもそもそんな薬の事は知らないだろう」
統合国家ソラリスで新薬の開発は政府によって厳重に規制されている。開発にはまず政府に対し、薬の必要性、薬の安全性、薬の開発計画、その他全てを提示しなくてはならないのだ。加えて開発は常に政府の厳重な管理下で行われる。政府の人間、それも調査の最前線に立つ星騎士にすら新薬の情報が伝わっていないのは、単に認可を得ていない違法薬物だからだろう。
こんな法が敷かれたのには理由がある。統合国家設立以前、数々の国で当然法律が異なっていた。国家統合に際して最も恐れていたのは、法や文化の違いによる内部分裂だ。それを防ぐ為ソラリスは徹底した法を敷き、内部分裂及び危険性のある物の排除を行った。
「じゃあまさか……薬の調合をした院長が犯人ですか?」
「それはまだ分からんな……その薬は今持ってるか? 出来ればこちらで成分調査をしたい」
まだ件の院長が犯人と決めつける事は出来ない。可能性は低いと思われるが、法を知らなかった、またはそもそも薬が原因ではない可能性も残っている。早急な事実確認には薬を直接調べる事が手っ取り早い。
「は、はい。投薬は病院内でのみ行われるので……」
「実際に行くしかないか……」
病院内でのみ行う新薬投与、もはや疑うなと言う方が無理な話だ。なんにしても次の目的地は決まった。
「あの……お願いがあるんです。もし犯人を見つけたら……必ず殺して下さい」
レグルスは立ち去ろうとする星羅を引き留め、真剣な眼差しで言う。だがその言葉は星羅には到底受け入れられぬものだ。彼の真剣な、そして暗い瞳に応える事が星羅には出来ない。
「……悪いけど出来ない。私は星騎士であって、殺し屋じゃない。他の星騎士なら受け入れるかもしれないけど、少なくとも私は殺しを良しとはしない。ごめん、その代わり必ず捕まえるよ。約束する」
星羅にだって信念がある。ありふれた正義の味方、そんな浮ついた思想の奥底には、確かに強く鋭い信念があるのだ。
彼女は善と悪との境を殺しで分けている。勿論それ以外にも善悪はある。人の嫌がる事をしないといった、幼い子供に言い聞かせるような事ではあるが。だがあくまで星騎士としての矜持、そして貫くべき信念は、殺しを、レグルスの頼みを聞く事を容認しない。
星騎士はその多くが『力を持つ者』であって『正義の心を持つ者』では無い。戦術兵器すらも超越する力を持つが、放置すれば危険な人物。そんな彼女らに存在意義を与え、力の矛先を与えているに過ぎない。
多くの星騎士は必要と感じれば殺しを良しとするだろう。理念に逆らわないのは団長に惚れ込んでいるから、決して星羅のように正義を妄信している訳では無いのだから。
「そう、ですか……ありがとうございます……」
レグルスは彼女の言葉に少し目を見開いた後、捕まえると言った星羅に対し礼を言った。その瞳、その胸中で渦巻くどす黒い心に気付く事無く、星羅は部屋を後にした、してしまった。
「星羅、お前が人を救う事に重きを置いているのは分かる。だが誰もがお前のようにはなれない事を理解しておいた方がいい」
「ん? うん」
救星の里を後にした二人、天星は星羅に言った。彼の言葉に星羅は表面上の意味だけを受け取り、頷くのみだった。対して天星は気が付いていた。レグルスの心に潜む闇、そして彼が初めからこちらの見解に気付いていた事を。
レグルスは一度として、今回の事件が殺人事件である事を疑わなかった。第二地区では体内の魔力量を調べる機器も、被害者総数を測る能力も無い。ならば流行り病と捉えていてもおかしくはないというのに。
彼は分かっていたのだ、その類稀なる頭脳で、事件が人為的に起こされたものだと理解していた。星羅達はそんな彼に、犯人の目星を教えてしまったのだ。
天星は星羅と違い気付いている。悪しき人間にも生きる価値を見出せる星羅とは違い、レグルスは自身の中に明確な善悪の境界を持たず、自身を苦しめる悪を赦せる人間ではない事を。気付いていながら、彼は放置したのだ。




