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救星の大樹  作者: キララ
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第4話 憎悪の蕾

 星羅は透き通るような純白の髪を靡かせ、機能的な様式の通路を足早に歩く。冷たい感覚を抱かせる鉄製にも似た構造物を、シームレスなガラス窓から差し込む陽光が照らし、伸びた反射光が彼女の白髪や碧眼の淡さを強調している。

 ブーツの底をコツコツと鳴らしながら歩く星羅は、白を基調とし金の装飾が施された服を身に纏う。これは彼女が属する『星騎士団(せいきしだん)』の制服だ。

 制服の背面には星と剣を複合し象った紋章が刻まれている。この国『統合国家(とうごうこっか)ソラリス』を示す紋章であり、星騎士団が掲げている信条「星を護る剣と成れ」そんな気高き信念も込められているのだ。

 通路片面の解放感溢れる大窓の外に広がる光景は、嘗て人類が思い描いた近未来の世界そのものだ。空を飛ぶ自動車や超高層ビルの合間を縫うように張り巡らされたチューブのような高速道路、機能性を重視した流線型デザインの住宅からは、魔力によって加速度的に進歩した建築技術や科学力が感じられる。

 星羅は辺りを見渡しつつ、更に足を早めていく。それというのもこの日は月に一度、都市内の権力者が一堂に会する都市会議の日だ。いつものように建物内で迷子になっていたせいで、会議開始時刻までは後三分程。彼女は少し焦りながら目的地へと急ぐ。

 通路を少し進むと、星羅は1つの大きな扉の前で足を止める。扉の上部には都市会議室の文字。ここが彼女の目的地であるこの都市の管理、その中枢を担っている部屋だ。室内では主に都市政治に於ける各分野、その情報共有や今後の方針についての会議が行われる。

 星羅は軽く一息吐いた後、扉を開けた。


 室内に入ると、厳粛な雰囲気を放つ数人の男女が長机を囲い既に会議の姿勢をとっていた。都市でも有数の権力を持つ各分野の大臣達である。彼らは手元のデジタル化された資料に目を通す事に集中しており、後から入って来た星羅の事など気にも留めていない様子だ。

「すみません、遅れました……」

 星羅は今にも消え入りそうな程の小さな声で謝罪しながら、自らの席へと向かう。

「大丈夫よ。まだ会議開始の一分前だから」

 星羅が席へと向かう途中、彼女の謝罪を優しく訂正する女性。艶めかしい肌と灰の髪、同性である星羅から見ても魅力的な容姿を持つ彼女の名は劉秀鈴(りうしゅうりん)。アイアンフレームの眼鏡からはどこか理知的な雰囲気を感じさせ、面倒見が良く、その上責任感も強い。星羅がこの都市に来たばかりの頃から良くしてもらっている恩人とも言うべき人間だ。

 数いる大臣の中で、劉は唯一の二十代だ。若くして魔学大臣という自身と同じ地位に就いている彼女が気に喰わないのか、他の大臣達からは陰で目の敵にされている。それでもその感情を表立って示さないのは、彼女が打ち立てた功績故だろう。

 都市創立が為された十年前当時、都市間の連絡、交流はその殆どが絶たれていた。直接的な交流は宇宙樹の齎す天変地異や魔獣の影響で阻害され、都市間の連絡手段に関しても、ある理由から絶たれてしまう。

 その理由というは濃密すぎる空気中の魔力濃度。宇宙樹は常に葉から魔力を散布している。宇宙樹近くに設立された都市間が連絡を取り合おうとしても、それまでの電波に依存した通信技術での連絡は濃密な魔力に遮られ不可能なのだ。

 そんな問題を八年前に解決したのが、当時十八歳の劉だった。彼女はある人物からのアドバイスを得て、魔力を動力とした通信技術を開発。ここ暴風都市ボレアスだけでなく、統合国家ソラリス全体の技術革新に多大な成果を残した。

 その功績を都市住民だけでなく統合国家ソラリス本島に座する最高権力者達が称えた事で、今や彼女は若くして魔力と機械工学の融合を掲げ、技術者集団を率いる魔学大臣として大きな権力を担っている。功績が大臣達よりも更に上位の権力者に称えられた以上文句は言えまい。

「大丈夫か?」

「うん、また迷っちゃって……」

 星羅は優しさを見せた劉に軽く謝意を述べ、星羅と同じ純白の髪と彼女よりも暗い紺碧の瞳を持つ青年の隣に座る。彼は星羅の兄、虎城天星。この都市に派遣されたもう一人の星騎士である。

 二十代後半程度に見えるその男は、眉1つ動かさない仏頂面で星羅に語り掛けた。無表情ではあるがその態度が厳しさからでは無く、優しさを上手く表現出来ていないだけであると星羅には分かっている。

 星羅が椅子に座り天星と言葉を交わしていると、青白く半透明な光が場を照らす。光は瞬く間に椅子の1つに老人を形成する。その姿を見たと同時、先程まで部屋に響いていた話し声、資料を触る音、それら全てが一瞬にして静まり返った。

「皆、今日は良く集まってくれた。今回も統合国家ソラリスの為、そして暴風都市ボレアスの為に、実りある会議に出来ればと思う」

 ひと際目立つ豪奢な服装を身に着け、髭を三つ編みにした老人が言う。名はジャック・マクシミリアン、彼は荘厳な雰囲気で場を仕切る。

「早速だが議題を発表する。1つ目の議題は第二地区の奇病についてだ」

「管理長、お言葉ですが第二の連中を気遣っている場合では無いかと……近年都市内の魔力徴収量が低い、私は徴収量の増税を進言致します」

 そう言ってジャックの言葉を遮ったのは、この都市の軍事を指揮する軍務大臣である。

 この都市は3つの地区に分類されている。それぞれの地区は常に厳しいセキュリティを以て出入りを制限されており、星羅達のいる第一地区は、謂わば富裕層の住む地区だ。これが第二地区になればより貧困は加速し、それに伴い生活の質は低下する。第三地区ともなれば、そこは都市と言うよりスラムと言った方が適切な程だ。

「ちょっと、第二地区民を蔑ろに扱うような発言は――」

 星羅が軍務大臣の言い分に苦言を呈する。彼女の考えではどの地区に住もうが、命の価値は同等のもの。だがこの場にいる半数以上の大臣が、彼女の考えとは反対に捉えている。

「黙れ、星騎士風情が! 貴様は戦う事にのみ精を出しておればいい!」

 軍務大臣が星羅に対して牽制と言う名の罵倒で返す。妹への暴言にすぐさま天星が睨みを利かせ怯ませるが、彼は発言を取り消すつもりが無いらしい。

 星騎士に対する嘲りはこの都市特有のものだそうだ。この都市は他都市と比べ、広大な土地に対し天変地異や魔獣の被害が少ない。その為それらを狩る事を宿命とする星羅達星騎士の出る幕が無いのだ。この事から一部の人間は「強大な兵器をその身に宿す危険人物」と認識している。

 何度か星羅側から宇宙樹を攻める事を提言したが、兵を揃える労力よりも、都市の発展に目を向けるべきであると一蹴された。何より第三宇宙樹アルカイドは非常に大人しい。「こちらから刺激する必要は無いだろう」との事だ。お陰でこの都市に来てからの三年間、未だ星羅と天星は宇宙樹の姿を拝めていない。

「止めないか。軍務大臣、第二地区での死亡者増加速度は異常だ。このまま地区民が減れば障壁維持にも影響が出るだろう。それにこれは人為的に起こされた事件の可能性が高い。悪意の矛先が第一地区に向く事だけは避けなくてはならない」

「む、むぅ……それならば確かに……」

 星羅は上層部のこの態度が苦手だ。特に苦手なのは軍務大臣と呼ばれた彼や第二、第三地区民をあからさまに下に見ている他大臣達では無い。ジャックだ。まるで自分は都市住民全員の事を考えており、第二、第三地区民の事も等しく思っている風を装っている。実際そんな事は無く、彼の言葉の節々からは第二、第三地区民への侮蔑や差別意識などが感じられた。この善人ぶった演技が、星羅は都市に来た時からどうにも苦手なのだ。

「話を戻そう。魔学大臣、事件の詳細説明を」

「……了解致しました。皆様、机の上のホログラムをご覧下さい」

 ジャックの命に応え、劉が手元の小型端末を操作すると、机の上から空中に先程ジャックを形成した半透明の光が現れる。この発明こそ劉がこの地位まで上り詰めた要因たる発明品。発生したホログラムと呼ばれる立体映像は、機械内部に内蔵された魔力によって作動し、通信、記録といった用途に使用出来る。

「この女性が第一の被害者と思われる方です。第二地区で十一歳の孫との二人暮らしをしていた女性。ジーナ・グレイシャー、六十二歳。事件発生はひと月前、月に一度の通院からの帰り道、その孫の眼前で命を落としています」

「これは……」

 ホログラムに映っていたのは被害者女性の死体の画像だった。無残にも彼女の瞳や口からは血が流れ出ており、その表情は苦悶に歪んでいる。周囲に広がる血溜まりは物事の凄惨さを示すかのようだ。これをまだ幼い孫が目撃したとなると何とも不憫な事に思えた。

「そして何より問題なのは、この症状が他住民にも広がっている事です。第一の被害者から伝播するように被害者が急激に増加。ちょうど昨日、被害者総数が第二地区全土で1万人を超えました。土地の広さ故に現地住民の危険意識は現状低いですが、パニックになるのも時間の問題でしょう」

「成程、ひと月で1万か……このままいけば貴方の言う通り第一地区に被害が広がる可能性もある。確かに由々しき事態ですな」

 ホログラムを見ながらそう言った財務大臣の男は、文字通り都市の財政管理を担う責任者。第二地区民が減れば、それだけ金銭の巡りも悪くなる。障壁維持が厳しくなるという理由もあるが、どちらにしろ彼にとってこれは感化出来ない問題なのだ。

 他の大臣達も同じ考えだろう。彼らの殆どは第二地区民を蔑ろに扱ってはいるものの、だからといって消えられては困ると考えている。都市の円滑な運営において、彼らのような負け犬はどうしたって必要なのだから。

「死因は?」

「恐らく体内の魔力量によるものかと。こちらをご覧下さい」

 劉は机上のホログラムを別の画像へと切り替える。新たに映し出されたのは被害者の解剖記録。死因の欄には『魔力量超過を要因とする身体組織破損』と記載されている。

「皆様ご存知の通り、人体には魔力が内包されています。そしてそれは血液のように内包しておける量に限りがある。被害者女性の死体には、許容量を遥かに超えた魔力の痕跡がありました」

 魔力の許容量、それはどんな強者でも、どんなに莫大な魔力を持つ人物にも存在する。星騎士はその許容量が異常とも言える程に膨大な者が多い傾向にあり、魔力の量はそれだけ強さに直結しやすいという事を示しているのだ。

 そしてそれは生半可な訓練で成長させられるものという訳でもない。星騎士のように戦闘を生業とする一部の者は例外として、基本的には生まれ持った許容量を変動させる事は出来ないのだ。血の滲むような修練を施せばその限りでは無いが、被害者女性がそんな事をしていたとは考え難い。

「許容量を超えると死亡するなど聞いた事も無いが?」

「それはそうでしょう。通常体内の魔力許容量を超える事はありません。普通の生活を送っていた所で、規定の量以上が体内に宿る事は無いのです」

「ならば何故今回のような事が起きる?」

 軍務大臣の問いに劉や天星は目星が付いているようだ。ここまでの話を基にすると、ある1つの結論に辿り着く。

「……人為的に体内の魔力量を増やした奴がいる」

 自然に体内の魔力量が許容量を超える事はあり得ない。それも今回のような一般人が対象であれば尚の事。ならば外部から人為的に増やした、又は未知の感染症や魔獣の仕業と考えるしかないだろう。だが後者は可能性がかなり低い。そも魔力を持つ人間の身体に効くウイルス自体が稀な上、それが第二地区に集結且つここ一ヶ月で1万の被害、あまりに出来過ぎている。方法論でそれらがある可能性はあるが、どちらにしろ人為的な事象である可能性が高い。星羅のその考えはどうやら正解のようだった。

「ええ、その通り。方法は今の所不明ですが、人為的に魔力量を増やした人物がいる。ここまで広域に及ぶ被害、同一種類の魔獣や新種の感染症が原因とは考え難いですから。人体とは謂わば風船のようなものです。必要以上の空気を吹き込まれた風船は、本来自身を形成する物、空気そのものに内側から破壊される。破裂すると分かっていながら空気を入れた人物こそ、今回の犯人と考えられます」

 本来あり得ない程の内包魔力、そして1か月前を境に急激に増え続ける被害者の数。決して看過出来るものではない。必ずや犯人を捕まえなくてはならない。

「事件報告は以上です。最後に本件の調査を誰に任せるかですが――」

「そんなもの、決まっているだろう。虎城星羅、虎城天星、君ら二人に任務を任せたい。任務内容は勿論、この事件を引き起こした犯人の逮捕又は抹殺だ。宇宙樹襲来から約十五年後、この国は創立された。そして今から十年前、この私が魔導障壁を発明し、これまで平和を維持してきたのだ。それを壊すような輩は即刻排除しなくてはならない。頼めるな?」

 星羅達に殺意にも似た威圧的な眼差しを向けるジャックの瞳からは、激しい憤りを感じた。それもその筈、せっかく創り出した平和を、何処の誰とも知らぬ人間に破壊されようというのだから。自身の功績に誇りを持つが故、彼は今回の事を誰よりも不快に思っているのだろう。

「了解しました。その任務、必ず果たします」

 真剣な面持ちで星羅は言い放つ。そんな彼女に対し天星は変わらず無表情。無愛想な反応は今に始まった事では無い。その為ジャックも気にしていない様子でホログラムは遮断される。

 星羅にとって罪無き市民を追い詰めるものは悪だ。必ずや力を持つ自分が敵を捕らえ善を為さなければならない。そんな想いが彼女の内を錯綜する。それが力を持つ者に課された宿命なのだと言わんばかりに。

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