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救星の大樹  作者: キララ
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第3話 選ばれし者

 高層ビルが建ち並ぶ街の中、建物外壁に設置された大型映像表示ディスプレイからニュースが流れている。街を歩く人々の反応はまちまちだ。熱心に耳を傾ける者、無関心に歩き続ける者、それ以外にも様々な人間が広大な交差点を行き交う。密集した人混みに紛れ、パーカーのフードを深く被る白髪の女が歩く。

〈2030年4月3日、第三宇宙樹アルカイドに異常無し。都市創立記念日まで残り数週間となりました。お昼のニュースをお届けします〉

 ニュースではマニュアル通りの歯切れ良い口調で女性キャスターが話す。時報と同時にディスプレイから魔力で形成された立体映像が飛び出した。そこに映るのは、暴風を纏い天を衝く神々しさすら覚える巨大な樹木。風によって雲は散り、天から大樹に差し込む陽光がそう感じさせているのだろう。

 大樹の名は『第三宇宙樹(だいさんうちゅうじゅ)アルカイド』宇宙より飛来した人類の敵、その三柱目。

「標的は現在第二交差点を北上中。今なら捕らえられるけど……どうする?」

 白髪の女はそんな大樹の映像に一切の興味を示さず、耳に装着した小型通信端末へ語り掛ける。

 映像は日々の監視映像を一般公開している訳だが、宇宙樹飛来から三十年近く経った今となっては、こんな映像は日常の一部に過ぎない。

 宇宙樹の監視、宇宙樹に対抗する為の前線基地、宇宙樹の脅威から人民を護る為の大型避難施設、様々な目的を達成する為に創立された4つの都市。そんな都市の1つに住む人々にとって、宇宙樹が半透明な障壁の外で猛威を振るう現実は既に唯の日常なのだ。白髪の女にとってそれは歪な在り方ではあるが、今となっては気にもならない。

『上手く人混みに紛れてるな。ここでは派手に行動出来ない。そのまま尾行を続けてくれ』

「了解」

 白髪の女は通信端末から聞こえる男の声に短い返事を伝え、人混みに紛れるフードを深く被る男を追う。

 その男はここ最近都市内で起こっている連続爆破事件の最有力容疑者だ。彼を尾行する白髪の女と通信の向こうで話す白髪の男、二人は彼を捕らえる為に今日まで調査を続けてきた。警察の手には負えない凶悪事件をも解決する星騎士として。

〈ここで我らが第二の故郷、暴風都市ボレアスについて今一度学びましょう。解説役としてお呼び致しました、都市セキュリティを一手に担う株式会社ノートルダム、会長のミシェル・アフロディテさんです〉

〈宜しくお願い致します〉

 交差点の端、青信号を待つ周囲の人間に紛れる為、多数の都市民と同様にディスプレイへと目を移す白髪の女。容疑者の男が周囲を警戒しているのが、かなり離れたその位置からでも分かる。もし白髪の女の正体が星騎士であると露呈すれば、周囲の都市民が危険に晒される可能性もあるのだ。都市民の命を護る者として、それは絶対に避けなくてはならない。

 キャスターの女が紹介したのはシャボンのような光沢を放つ瞳の青年。整然としたヘアスタイルもそうだが、素人目から見ても明らかに高級なスーツ、そして彼が纏う品格ある振舞いは通り過ぎる歩行者達の興味を一層惹きつける。先程よりも行き交う人々の足が遅れる現状は、人混みから浮いた行動をとる事が出来ない白髪の女からすればあまり好ましくない事態だ。

「あの人誰? 有名な人?」

 ディスプレイに目を移しながらも、同じく足を止める容疑者から意識は逸らさない。そんな状態を保ちながら白髪の女は通信端末で男に聞く。

『ん? ああ。障壁維持装置の製作に多大な貢献を残した警備会社のボスだ。今は病死した先代と代替わりしてあの若い男が会長の座に就いているらしい』

 白髪の女が居る此処『暴風都市(ぼうふうとし)ボレアス』は、澄み渡る青い空を遮るように半透明なガラスのようなものが覆っている。都市を外部の魔獣や天変地異から護る『魔導障壁(まどうしょうへき)』だ。魔導障壁は正六角形の半透明な障壁を超巨大な球状に組み合わせる事で成立しており、陽光を微妙に屈折、反射している。その為肉眼でも注視すると魔導障壁をしっかりと視認出来るのだ。

「ふぅん…………」

〈早速ですがアフロディテさん、ボレアスの安全を築く私達の心の拠り所、魔導障壁について説明を頂けますでしょうか〉

〈ええ、勿論。こちらをご覧ください。統合国家ソラリスの創立は2015年3月1日、ここ暴風都市ボレアス創立はその更に五年後の2020年4月17日です。創立に際し、私達はある防壁を創りました〉

〈それが魔導障壁ですね〉

〈その通り。都市住民全員から魔力を徴収する事で、魔獣や天変地異から都市を護る防壁を創り出しました。効果の程は皆様の実感通り、完璧です。障壁展開から十年経った今も、外部からの攻撃を許した事はありません〉

 キャスターとその男は立体映像に映る年表を通し、国家の歴史、都市創立までの歴史を語りつつ魔導障壁の構造を説明していく。

〈確か……住んでいる地域によってその徴収量は違うんでしたよね?〉

〈よくご存じですね。そう、魔力を一番徴収されているのは第一地区の皆さんです。次いで第二地区、最後に第三地区となります〉

 暴風都市ボレアスに義務教育は存在するものの、魔導障壁の構造を深く知る者は少ない。何故ならそれは、あって当然のものなのだ。土台の上に積み上げるものを学ぶ者は多く居れど、土台そのものを深く学ぶ者は少なく、それを進歩させようなどという者は更に少ない。

〈法的には問題ないのでしょうか? 一見すると不条理がそこにはあると思われますが……実際、第一地区民の皆様にもそういった感覚を抱いている方が多いようです〉

 女性キャスターだけではない。それを見る都市民の多くが問題と捉えているのは、魔導障壁維持の為の魔力徴収量。障壁内の人間から無差別に魔力を自動徴収する機構、それは一定範囲毎に徴収量を変動させるのだ。それ故に起こる、負担の差から来る差別意識がこの都市を蝕んでいる。

〈実はそうではないんですよ。魔力総量は人それぞれ異なります。無理に魔力を徴収すればその人間は体調不良を発症し、場合によっては死に至ってしまうんですね。だからこそ政府は魔力の徴収量を地区毎に変え、多くの魔力を捧げている地区ほど最新鋭の技術、安定した暮らしを享受出来るシステムを創りました。より大きな代償を払った人々にはより大きな恩恵を、という事です〉

 アフロディテの言うように魔力の保有量が人それぞれ異なる以上、全く同じ量を全員から徴収する事は現実的と言えないだろう。ならばそこで生まれる不平不満をどうするか、報酬を用意して魔力を納める意義を与えてやる、それが暴風都市ボレアスの出した結論だった。より多くの魔力を納める民には第一地区に住まわせ裕福な生活を、それ以下の民には相応の貧しい生活を享受させる。

「……第二と第三地区民から文句は出ないのかな? 魔力量が才能に左右されるものなら、それこそ理不尽を感じそうなものだけど」

『地区間の軋轢は都市民同士の接触を固く禁ずる事で強引に解決している。その上でやはり不満は生まれるが、彼らもあまり強くは言えないからな』

 白髪の女が抱える疑問は至極当然のものだ。魔力は労働に対する金銭的収入とは異なり、増やす事が容易ではない。星騎士である彼女達程の努力を要すればその限りでは無いが、生まれ持った才が大きく作用する事は間違いないだろう。

「何で?」

『弱いからさ。彼らは戦う力を持たない。魔獣に抗う力、天変地異を跳ね除ける力、彼らにはそれが無い。この都市で生きていく以上、魔導障壁に頼る以外で生きる道が存在しない。俺達のような力を持つ者とは、生きている世界が違う。そもそもの根底が異なる』

「くそったれが…………」

 ディスプレイを眺めながら強く拳を握る容疑者の男、彼の呟きは雑踏に掻き消される。怒りを抱える彼の表情は、人混みの中に溶け込んでゆく。白髪の女がその違和感に気付いたのは、彼が決意を固めた後だった。

「全員、死んでしまえ」

 容疑者の男は信号待ちで人通りの無いタイミングを見計らい、交差点に一人侵入する。走る車を避け、交差点の中心で彼は懐から何かの装置を取り出した。彼の経歴、容疑からそれが爆発物の起動スイッチである事は容易に予測出来る。

 容疑者は第二地区の人間だ。どのような方法で地区間の検閲を抜けたのかは定かでないが、彼のやろうとしている事、その理由は想像がつく。

 容疑者、いや犯人は魔力によって威力を増した特製の爆発物を多くの人が行き交う交差点で爆破させ、自らや彼の家族、友人が虐げられてきた復讐を為すつもりなのだろう。今迄の爆破事件は彼にとっての予行練習だったのだ。一方で彼の持つスイッチはそれらとは異なり、本番に相応しい威力を持つ爆発物を起動させる物に違いない。

「まぁ、待ちなよ」

 スイッチに指を掛ける犯人の手を掴んだのは、彼を尾行していた白髪の女だ。明らかに先程までそこにはいなかった女性の姿に興味を持ったのか、遠巻きに見物していた都市民達は一斉に撮影を始める。

「お前は――」

虎城星羅(こじょうせいら)、星騎士だ」

 白髪の女は自身の名を名乗る。都市で知らぬ者はいないであろうその名を。犯人も白髪の女の名を知っていたのだろう。みるみる内に顔面蒼白となっていく。だが何より彼を驚愕させ、絶望させたのは彼女の肩書き、星騎士という犯罪者が畏怖すべき単語だった。

 彼のような第二地区民にはあまり馴染みのない、白髪と碧眼がフードの下から露わとなる。反対に見物している第一地区民は知っていた。自分達の為に命を賭す、強大な力を持つ尊敬と畏怖の対象を。

「くっそぉ! お前ごと爆破してやる‼」

 犯人の身体に巻き付けられた爆破物の多さは、怒りの大きさを示すかのようだ。

 手を掴む星羅に対し、男は拳銃で応戦する。だが至近距離から放たれた弾丸であるにも拘わらず、彼女は悠々と避ける。寧ろ避ける事は当然として、爆発物の処理をどうするか考えているようだ。

〈……それに、第一地区の人間は彼らの力の恩恵を優先的に受けられますからね〉

〈彼らというのはやはり…………〉

 銃撃の音を聞きつけ、周囲には警察車両のサイレン音が聞こえ始めた。流れ弾が都市民に当たらないよう配慮して星羅は動いているものの、やはり混乱は免れない。沸き立ち始めた恐怖の芽を、緊迫感を齎すサイレン音が解放する。周囲の誰も、もうディスプレイのニュースを聞いてはいないだろう。

〈勿論、虎城天星(こじょうてんせい)と虎城星羅、私達を護る星騎士の事ですよ〉

 ニュースに映るアフロディテが言う。当惑し叫ぶ愚かな民を誰が護るのか、一体誰がそれを救うのか。

星光(ステラリス)

 短い詠唱の後、星羅の掌に光が収束する。光は瞬く間に質量を持ち、鋭い両刃を持つ片手剣を創り出した。男がそれに驚愕するのも束の間、彼女はその剣で拳銃、起爆スイッチを破壊、そして全ての爆発物を男から切り離し、空高くにそれを放り投げる。

「兄さん! お願い‼」

「任せろ」

 星羅の呼び掛けに応じ、ビルの屋上から大きくと跳ぶ影が1つ。短い白髪を靡かせる長身の男、白い装束に身を包むその男は腰に差す刀を抜かず、指先を合わせ手刀を形作る。

「む、無理に決まってる……ビル一棟だって軽々吹き飛ばせる威力だぞ――」

 一閃、逆袈裟の斬撃を以て、爆発物は都市の遥か上空で破壊された。上空に広がる魔導障壁を揺らす程の爆発が空を覆う。あれが地上で爆破していたのなら、少なくともこの交差点は消し飛んでいたに違いない。だがそんな男の恨みの具現など、星騎士の前では無為と帰す。

「そ……そんな…………」

 犯人の男の顔が、瞬く内に青褪めてゆく。無理からぬ事だろう。ここに来るまで、厳しい検問を幾つも越え、苦難を前にしていた筈なのだ。それが自身よりも明らかに幼い女に、容易に阻まれたのだから。

「頼むから……死んでくれよぉぉぉ――」

 男は逆上し、懐に忍ばせていたナイフで星羅に襲いかかる。簡単に防がれる事は重々承知、それでも襲いかかる。彼の背にどれだけの苦悩があるかなど知る由もないが、この都市が生んだ絶望を抱えて生きる位ならば、死を選ぶ。敗者として生きる位ならば、ここで殺してくれ、そう言っているかのようだ。

浄化の帯(リベロ・クラリタス)

 死を望んだ男を襲ったのは、光の刃による一閃。血が吹き出す事はない、傷が付く事も。完璧な反撃が齎したのは死ではなく、意識の喪失であった。光の刃は男の体を通り抜け、彼の体内にある魔力を斬る。

「ごめんなさい。それでも、私は私の正義を貫き通させてもらう」

 星羅は人々を救うこの使命に誇りを持っている。だからこそ、人々が幸せに生きていけるように、人々の尊ぶべき命を護る為に、彼女は自身に与えられた力を行使するのだ。宇宙樹が生む全ての不条理を滅し、全ての優しき人々を救う為に力を使う。彼女は人を、決して殺さない。

 優しさで塗り固められた輝く意思が、齢18歳の娘の心には根付いていた。眩しい程のその心は、何処か危うい印象を男に与える。だがそんな心を信じてみたいと、そう思える何かが彼女にはあった。

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