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救星の大樹  作者: キララ
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第17話 侵入

 数時間後、満月を雨雲が覆い隠し、雨粒の音が暗い空に響く、そんな頃。星羅、天星、アトラスの三人は都市庁舎の地下駐車場へと侵入していた。第三地区から都市庁舎へと、地区間境界の検問にかからず直接侵入出来る道はたった1つ。暴風都市ボレアスが創立される以前から存在する、旧時代の地下水路である。

 都市の水道は、創立以前の水道システムを流用している。水路は既存の物を残し、その上で新設された水路と連結させる事で成立しているのだ。つまり都市全体の水道インフラは、元を辿れば全てが1つに繋がっている。老朽化した第三地区の地下水路を辿れば、第一地区の新設された地下水路に辿り着く事が出来るのだ。

「もう……汚いし臭いし最悪だよ」

 星羅は誰よりも早く、開いたマンホールから顔を出す。地下水路とは言うが、その実ただの下水道なのだ。汚水が流れる水路を横切って、精神的な嫌悪感は免れない。加えて、そんなあからさまなセキュリティの穴を政府が残しておく筈もなく、案の定水路には無数の警備ドローンが徘徊していた。その上、魔獣も何匹か巣食っており、古い地下水路は要塞のように変貌していたのだ。

 星騎士である彼女らにとっては戦闘にすらならない些事ではあるものの、不快感の強い水路でドローンや魔獣の相手は精神的な疲労を齎した。

「随分と我儘だな。仕方がないだろ……魔導障壁に阻まれない道は地下水路くらいしか無かったんだから。それに問題はこっからだ」

 アトラスは広い空間に出てすぐに、軽いストレッチを始めていた。それだけここからの戦闘を警戒しているという事だろう。

「……都市庁舎の警備はアルカナによって全滅させられている。防護セキュリティにしても今やアルカナの支配下。加えて何処からか魔獣を連れて来たらしい。そこまで手強くは無いが、群れで動くタイプが殆どだ。見付かれば厄介この上無い。手っ取り早く近付く為にも、これから協力者と落ち合う」

 天星は二人の会話を多少呆れながら聞いた後、状況説明を始める。アルカナの都市庁舎制圧は極めて迅速だった。まず星騎士の制圧、次に防護セキュリティを管理している技術室を制圧、その上で隠し持っていた魔獣を放つ。最後は簡単だ、観測室へ復讐対象である大臣達を追い込み、叩く。

 観測室までの道のりでこちらの接近に気付かれれば、アルカナがどんな行動をとるか分からない。人質を殺されるだけならばまだ良いが、魔導障壁を解除されるような事があれば、最早この都市に未来はないだろう。だからこそ敵に気付かれる事無く接近する為に、ある協力者と落ち合う予定だ。

「協力者? 誰の事?」

「お待たせ致しました。全員揃っていますね?」

「メーティスさん!」

「先日振りですね、星羅さん」

 星羅達の前に突如として現れたのは、星詠の間で出会ったジークムント・メーティスだった。彼は相も変わらず、眼鏡越しの鋭い視線でこちらを見つめている。

「オマエ……まさか爺さんのトコのガキか!? 随分とでかくなったなぁ……」

「貴方はアトラス・サンダーボルトですね? お久し振りです。相変わらずの粗暴さと師への不敬、本当に腹が立つ。手助けして差し上げる事を感謝して下さいね?」

 どうやらアトラスとジークムントは旧知の仲らしい。馴れ馴れしく話しかけるアトラスに対し、ジークムントは険悪な空気を発している。嫌われている原因は大方想像がつく。過去の言動を見ていれば、アトラスがそこまで丁重な態度を取れる人物とは思えないからだ。恐らくアンブロシウスに対しても、似たような対応をとったのだろう。

「喧嘩してる場合じゃないでしょ。ていうか、兄さんが協力を要請してたなんて知らなかったよ」

「要請はしていないさ。協力を望んだのはこいつらだ」

「ええ、師の命令でここに来ました。アルカナ・アストラエアに勝つんでしょう? ならばその舞台程度ならば、私が整えましょう」

「成る程、それで? オマエがどんな手助けをしてくれるんだ?」

「私の魔法は『空間』を操る。この場所と先にある出口、2つのマーキングした空間を結び、貴方達を観測室の近辺へと送ります」

「そんな事が出来るとはな……1ついいか? 何故直接観測室の内部へ送らない? その方が手っ取り早いだろう」

 アトラスは驚いたようにジークムントに聞く。十年以上前、彼らが出会った当初は、ジークムントの魔法は覚醒していなかったのだろう。見知った子供が、強力な魔法を発現させていたのだ。驚かない方が難しい。そして同時に疑問も浮かぶ。空間を繋ぐ、つまり広義の意味で瞬間移動と近しい事が出来るというのに、何故わざわざ目的地から離れた場所とを繋ぐのか。

「アルカナ・アストラエアが周囲に魔力を広げている。濃密な魔力に阻害され、私の魔法が展開不可能になっているのです。この技『(ゲート)』は、事前に出口を設定した場所に対し、入口を出現させる技。そして出口は私自身の魔力が主導権を握れる場所に限ります」

 魔力学の1つに空間支配という単語がある。曰く、卓越した魔力操作の果てにあるのは大気中の微細な魔力、その支配であると。例を挙げるならば、星羅の場合、魔力操作を極めれば触れずして数十メートル先に光を出現させる事が出来る。現状の彼女の技量では、そこまでの技は不可能であるが。

 ジークムントの『(ゲート)』とやらは一時的に空間支配を可能とする技なのだろう。だがその条件は厳しく、常に何人の魔力にも影響されない場所に限られる。

「……そっか。何はともあれ、ありがとうございます。手伝う義理なんて無い筈なのに……」

「いいえ、これも師の頼みですから。私はソラリスに仕える身、他の星騎士と同様に担当地区以外での戦闘に上の許可無く参入する事は出来ない。手伝えるのはここまでです」

「十分だよ。あとは私達の役目だ」

 ジークムントはこの都市の担当ではない。だがそれでも最大限の手助けをしてくれたのだ。感謝するべきだろう。ここからは自身の役目であると、星羅は気合いを入れる。

門よ(ゲート)』『開け(オープン)

 短い詠唱と共に、青い円形の靄が現れる。その窓の向こうには、こことは全く別の景色が広がっていた。空間の接続により、たった一歩で敵の喉元まで迫る事の出来る窓だ。

「……誰かいるな。三人だ」

 アトラスは周囲に潜み、こちらに敵対的な雰囲気を放つ三人の気配を感じた。遅れて星羅、ジークムントが気付く。一方で天星はというと、随分と前に気付いていたのか、既に刀の鍔に指を掛けている。警戒を怠る事なく、常に周囲の魔力を探っていたのだろう。

「この魔力、忘れる訳がねぇ。あのクソ共が……! ロナウドの仇だ。俺がやる」

 アトラスはその魔力に覚えがあった。かつてロナウドを急襲し、その命を奪った三人の星騎士のものだ。彼らは五年前、アルカナによって殺された。今もここにいるという事は、彼らも彼女の魔法で模倣された分身体なのだろう。

 怒りを顕にするアトラスの心情も理解出来なくはない。友を殺した存在が直ぐ近くまで迫っているのだから。実際、ロナウドの命を絶った存在は別にいるのだが、そんな事は些事に等しいだろう。死の要因の1つである事は間違いないのだから。

「待ちなさい、貴方にはやるべき事がある。自分でも分かっているでしょう」

「……だったらどうする気だ? 相手は三人、ここで迎え撃たなけりゃあ、どの道アルカナとの勝負を妨害されるだけだろう!? だったら俺が此処で……」

「落ち着け、俺が足止めをしよう」

 怒髪天を衝くアトラスを、天星が止める。彼の力はこの先の戦いで必要だ。その事実が分かっているからだろう、彼がこの場に残る事を決めた。三対一、それも星騎士を相手取るのだから容易な選択ではない。

「分かった! 行こう!」

「な、おい、いいのか!? 相手は分身とはいえ星騎士三人だぞ? 一人じゃ流石に危険すぎる!」

「さっきまで一人で残ろうとしてた人が何言ってんの……それに大丈夫、兄さんの力を信じて。ほら、こっち来なって――」

 星羅は兄を信頼しているからこそ、一見無謀な選択をする兄にこの場を任せる事を即断する。だがその決断はアトラスには許容し難いものだ。何故なら星騎士とは規格外の力を持った人間。 アトラスとて、先程は死を覚悟して決断していたのだ。相手が三人ともなれば、一人で太刀打ち出来る筈も無いのだから。そんな事が出来るのは、彼の人生で一人しか知らなかった。

「くそっ……おい、腕を引っ張るな。分かった、いいんだな?」

 自身の腕を引く星羅を窘め、アトラスも納得する。彼女の実力は分かっているつもりだ。高い実力を持つ彼女が、他者の実力を測り違えるとは思えない。それを信頼すると決めたのだ。天星自身ではなく、彼女の信じる天星を信じよう。

「ああ、行け。お前はお前の為すべき事を為せ、アトラス・サンダーボルト。もう後悔したくないんだろう」

「ッ――感謝する」

 アトラスが為すべき事、友に託された存在を今一度護る、もう二度と後悔に心を埋めない為に。家族の過ちを正し、苦しみに終止符を打つ為に。それが正しい行いかは分からないけれど、少なくとも天星はその行動を、その心情を肯定し、送り出そうとしてくれているのだ。

「じゃあ、後で……!」

「あぁ、勝ってこい」

 星羅はアトラスを連れ、意気揚々と靄の中へと進む。この場を任せた天星に対して、心配は無い。彼の強さは重々承知している。彼女は唯、彼女自身に出来る事をするのみなのだ。

 天星の鼓舞に後押しされ二人は進撃する。その背に大いなる宿命を乗せながら。


 星羅達が去った、蛍光灯の光だけが伸びる薄暗い地下駐車場で、天星とジークムントは話している。迎撃部隊とも言える三人の星騎士はこちらに手を出す事無く、何処からともなく彼らを見張っているようだ。だが突然現れたジークムントを警戒しているのか、攻撃を仕掛ける気配はない。

「劉秀鈴の救出は?」

「おや、気が付いていたのですか。無論、此処へ来るより前に救出しました。今は本島に避難させてあります」

 二人は監視されている事を理解しながら、魔獣によって破壊され尽くした車や外壁を他所に話し歩く。

「大方、次の四星剣といった所だろう。実績は申し分無し。少し若すぎる気もするが本島は実力主義、問題無い。どうせマクシミリアンをトップに据え置くのは潮時だった」

 劉秀鈴を救出しようとしていた事を、天星は知っていた。より正確に言うならば予測出来ていた。アンブロシウスは本来、滅多な事では外部に影響を起こせない。そんな彼が契約に抵触するギリギリの助けを寄越した。まさか星羅達を地下へと送る為だけに、弟子を遣わせた訳では無いだろう。

 その真の目的は1つ。劉秀鈴の救出だ。今回の件でジャックはその生死に拘わらず、四星剣の任を降ろされる事だろう。今回の事件は彼の企み、その咎によって引き起こされた。無能の烙印を押されつつあった彼の席は、もはや残される事は無い。事件の責任を取り、失脚させられる事だろう。

「まぁ、概ねその通りです」

「概ね?」

「一番の理由は虎城星羅、貴方の妹君です。あの方は『貴方の判断を信じてみたくなった』と」

 アンブロシウスの行動は、長らく共にいたジークムントにすら到底理解の及ばないものだった。正直な所、虎城星羅には何の可能性も感じない。実力は未だ低く、内に秘めたる才覚すらもさして大きなものを感じはしないのだ。

 今迄、幾度も危機はあった。都市の存亡を揺るがす事態、更には国家をも揺るがす事態すら。だがその時すらも、アンブロシウスは行動を起こさなかった。この程度の事件で彼は動いた事が無いのだ。そんな前提を覆し、虎城星羅だけを特別視する理由、それが弟子には分からなかった。

 一方で天星はその判断の意味を理解しているのだろう。伝言を受け取り、少しの沈黙の後「そうか」と一言呟くのみだ。その裏にある思案を、ジークムントに教えるつもりは無いらしい。

「……アルカナ・アストラエアと虎城星羅の実力差は明白です。貴方の助力もなしに、まさか勝てるとお思いで? 私が戦いましょうか?」

 真実を知れる立場にない事に悔しさを感じつつ、話題をすり替えたジークムントの疑問は当然のものだ。星羅は先日アルカナに惨敗した。だがそれ以上に、星羅とアルカナを直接見た彼には、二人の間に存在する実力差が大きなものであると、理解出来てしまったのだろう。

「必要ない。それにお前はアンブロシウスの許可がなければ戦闘に参加出来ないだろう」

「それは……そうですが……」

 アンブロシウスの弟子たるジークムントは、星詠の間を管理する命を国から受けている。彼を縛るその任務は、その他大半の任務や危機的状況よりも優先されるのだ。現代に於いて、歴史の貯蔵、生きた死者の記憶の貯蔵は何よりも優先されるのだろうか。無論価値を理解は出来るが、彼は常日頃からそれ以上に重要な理由があるのではないかと疑心を抱いている。

「それに、あの子は俺より強いよ」

「本気ですか……? どうやら身内贔屓という訳ではなさそうですが……有り得ないでしょう」

 天星のその言葉は耳を疑うものだった。現状は明らかに天星が星羅よりも強い。二人の戦闘を間近で見た訳では無いが、それでも万に1つも星羅が上回る部分があるとは思えなかった。

 星羅は決して弱い訳では無い。星騎士の中では下から数える程度ではあるものの、その実力は他星騎士同様に常軌を逸したものだ。だがそれでも『最強』と評される彼の足元にすら、届けてはいない。

「無論、戦闘能力の事ではないさ」

「では何が……」

 三人の刺客がじりじりと迫り寄る気配を感じながら、ジークムントは天星の言葉に耳を傾ける。彼の言葉はそれほどまでに、確信を持っていた。興味を惹く、何かを持っていた。

「心さ」

 抽象的なその言葉、唯1つの言葉に、ジークムントは強い納得感を得ていた。星羅の事を大して知りもしないのに、それを信じてしまうだけの何かがその単語にはある。

「……ならば、結果で見せて貰いましょう。彼女の強さがどれほどのものかを」

 ジークムントは空間の狭間を通り、その場を去る。刺客達の毒牙迫る天星を置き去りにし、僅かな期待を抱きながら。

 刀を携えたその男に対し、一切の憂慮を抱いていないのは、一重に彼の強さに全幅の信頼を置いているからだろう。心の強さなどではなく、遥か高みにある戦闘能力の高さに。心の強さが彼にとってどれほどの意味を持つか、気にする隙もないほどに、その強さは完璧だった。

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