表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救星の大樹  作者: キララ
PR
18/18

第18話 苛立ち

 星羅とアトラスは『(ゲート)』を潜り、観測室付近の通路へと出た。付近とは言っても、目当ての部屋はこの通路の更に先にある。

「この魔力は……」

 二人はほぼ同時、通路の先から広がる異質な魔力を感じ取った。強大且つ重苦しい圧力を含むその魔力は、以前感じたアルカナのものであると辛うじて分かるものの、怒りや憎しみといった負の感情によって、以前よりも数段異質なものへと変貌している。

 身を割くような悪寒と、そこから抜け出す事の出来ない息苦しさによって、二人は一層の緊張感を纏う。

「……行こう。あんまり時間はなさそうだ」

 星羅は気を引き締め、足を踏み出す。アルカナの魔力は、彼女自身の精神的な余裕の無さを表している。最早、次の瞬間にこの世界を焼き尽くさんとするような、怒りを感じる魔力だ。残された時間が僅かである事が肌で分かる。

「アルカナ……」

 瞬間、シームレスなガラス窓が順に割れ、凄まじい突風が通路内に入り込む。流れ込む悍ましい魔力、神経を逆撫でるような鳴き声と共に、鳥型や狼型の魔獣が現れたのだ。もうここは彼らの領域、何処からともなく連れ込まれた魔獣の群れが、星羅達に襲いかかる。

 二人は禍々しい魔力に晒されながら、目的の場所へと向かった。


 時は少し遡り観測室。ここでは十年前同様、無数のモニターによって都市全土を観測していた。観測室は二段構造だ。この奥、大型エレベーターの先には、憎むべき研究施設が存在している。ジャック主導の政治資金流用によって、今も成り立っているのだ。

「ま、待て! そこで止まれ!」

「一体何が目的だ! 貴様は何者だ⁉」

 白き異質な瞳を持つ女性が、大臣達に迫る。その手は既に、血に塗れていた。漆黒の魔力で創造されたタロットカードは鋭く、そして身を切り裂くような異彩を放つ。殺意の先には怯える二人の大臣とジャックがいた。

「呆れた……ここまで来て何一つ気が付かないなんて……貴方にとって、私は踏み潰してきた虫の一匹に過ぎないんでしょうね」

「おい! 財務大臣! 軍務大臣! 私を護れ!」

「貴方はつくづく、自分しか見ていないようだ……」

 愚かな害悪が、二人の大臣を盾として使う。己の無力さを恥とも思わない、そんな醜い男はその浅慮故に自らの過ちに気付かない。大方、背後に聳える大型エレベーターで地下研究施設へ逃げ込む算段なのだろうが、それを見逃す程優しくは無い。

「それはどういう……ッ! 何だこれは⁉︎」

 アルカナの言動に疑問を持っていると、突如として盾代わりとして扱った二人の大臣が黒い塵へと姿を変え、霧散した。その突然の現象に、ジャックは驚く事しか出来ていない。

「何故私が第二地区に病院を建てられたと思う? 何故地区間の検問を難なく抜けられたと思う? 何故この十年、私が政府の眼を逃れ続けられたと思う?」

「まさか……! いつから⁉︎」

 思えば、疑問ではあった。ホープレイン大病院は設立に多額の寄付金が使われている。ずっとその金の出所を突き止めようとはしたが、出来なかった。

 疑問ではあった。地区間の移動は政府監視下の下、厳重に審査されている。本来、全く気付かれずに第一地区、ましてや都市庁舎へと侵入する事など不可能なのだ。

 漸く気付いた。金の出所は政府、つまりは塵と消えた財務大臣が流出させていた。地区間の警備責任者は同じく塵と消えた軍務大臣が隠匿していた。彼らはとうに殺され、魔法によって創られた偽物だったのだ。

「もう五年も前からですよ、彼らは既に死んでいる。これまでの彼らは私の魔法によって作られた影です。都市庁舎を襲った星騎士達も、先の事件、レイ・サタナエルのボディーガードも、私が殺し、私が創った」

 二人の大臣は、その役職故に第二地区以下に訪れる事が稀にある。恐らくその時、二人は殺され、分身体へと成り代わったのだろう。

「何故、そいつらに私を殺させなかった? 側近に偽物を置いていたならば、もっと早くに私を殺せた筈だ」

 アルカナの動きから狙いがジャック本人である事は分かっている。五年も前から大臣の中に偽物を紛れ込ませていたのならば、彼の命を奪う事など造作もない筈。

「本当に……察しの悪い老害だ。私は全てを壊す。この都市の全てを」

「全てだと?」

「都市のシステム、住民、貴方の造ったあの忌々しい魔導障壁も、全てを壊す」

 ジャックの顔がみるみる内に青ざめていく。自身が敵に回したこの女が持つ、底なしの憎悪を間近に感じ、漸く事の重大さに気が付いたのだ。彼女の復讐心は特定人物を二、三人葬った程度では止まらない。

「バカが! そんな事をすればお前も命は無いぞ! 障壁の外が天変地異と魔獣の危険に晒されているのは間違いの無い事実だ! 都市の外はこの十年魔獣も碌に管理されていない。障壁が無くなればそれが一挙に押し寄せるんだぞ⁉」

 障壁展開前、都市に近付く魔獣は星騎士によって定期的に駆除されていた。だがこの十年、そんな駆除をジャックは命じた事が無い。恐らくではあるが、障壁の外は魔境と化している事だろう。そんな地に力を持たない人々が放たれれば、その結果は想像に難くない。

「だからですよ。貴方の造った障壁も、それによって生じた張りぼての平和も、それを何食わぬ顔で享受し、穢す住民も、全てが不快だ。存在していい筈が無い」

「イカれた女め……そうか、思い出したぞ。貴様はあの時の子供か。フハハ、逆恨みだな。あの時、貴様が大人しく犠牲になっていれば、ロナルド・アストラエアは死なずに済んだ!」

 ジャックはまるでアルカナが悪意の元凶であるかのように語る。ここまでくれば、怒りよりも呆れが来てしまう。


 逆恨み? お前が悪いんだ お前らのような悪意の権化が存在しなければ彼は今も――――


 滴る憤怒の感情に蓋をし、アルカナは手に持った魔力のカードを掲げる。

「全ての歪みは貴方から始まった。計画は貴方の死から始まる。復讐相手はこの都市全て、だが貴方だけは、あの人を死に追いやった貴方だけは、私がこの手で葬ると決めていた」

「止め――!」

 迷いは無い。振り上げられたその刃は、一切揺らぐ事無く、真っ直ぐに振り下ろされた。

「止めなさい」

 それをすんでの所で制止したのは彼と同じく観測室へと追い込まれ捕縛されていた劉だった。観測室には何人かの職員を追い込んでいる。この部屋は避難場所として一部職員に伝えられていた。なぜならここが一番頑丈に造られているからだ。もっとも巨大エレベーターの先にある施設を彼女は知らないだろうが。

 アルカナの足元から、ジャックが這うように逃げる。その先の大型エレベーターに乗り込む彼を彼女は止めはしない。あの先は行き止まりだ。あそこであれば労せずして捕まえられる。

「貴女は……劉秀鈴、貴女の番はまだです。口出ししないで下さい」

 彼女もまた、復讐対象だ。だが優先順位はジャックよりも低い。殺す事は既定路線だが、今は相手にしている暇が無い。

「そういう訳にはいきません。アストラエアくんの仲間なのであれば尚の事、その凶行を黙認する事は出来ない」

「……あの人の名を……貴様如きが気安く呼ぶな!」

「な――!」

 突然の怒号に、劉は狼狽する。今迄丁寧な言葉遣いを徹底していたからこそ、その様子は本心からの言葉に思えた。固く飾らない、年相応な彼女の本心。

「知らないようだから教えて差し上げましょう」

魔術師ザ・マジシャン』『正位置せいいち

 アルカナは劉に見せつけるように、カードからロナウドの偽物を出現させる。その姿は、劉の記憶の中にいる彼と瓜二つだった。白雲を纏う金髪の青年が、そこに居た。

「ロナウド、ここに向かう星騎士がいる。仕留めてきて。余裕だよね」

「ああ、任せて。ん、君は……劉さんだよね。やはり事件に巻き込んでしまったか、そうか、残念だ」

「有り得ない。あれは、明らかに……」

 軽く一瞥しその場を去る彼の背を見ながら、劉は眼前のあり得ない光景に息を飲む。それは明らかに死者の蘇生に見える。神の領域に踏み込んでいるように見えたのだ。

「蘇り? 捉えようによってはそうですね。ですがその本質は……残念ながらそうではない。癪ですが、虎城星羅の言っていた通り」

「君の魔法なのは分かっている。だが精度が高すぎる。記憶の継承、人格の形成、果ては固有魔法に至るまで……人智を越えている」

 驚愕すべきは彼女の魔法、その精度だ。事前に分かってはいたものの、いざ目の当たりにするとやはり脅威と言う他無い。

「もう、虎城兄妹には伝わっているでしょうし、教えて差し上げましょう。私の魔法の性質、そしてこの眼が答えです」

「魔眼……」

「私の魔法は『影』あらゆる物の影を創る。影として創出した物質は私の裁量により武具と化す」

(それって、まるで星羅ちゃんの……だが……)

 アルカナと星羅の魔法はその性質が似通っている。彼女らの魔法で創出した物は、たとえタロットカードであろうと剣と同等の切れ味を生み出すのだ。だがその基本性能は大きく異なる事が簡単に予測出来る。

「ここまでは虎城星羅の光と同等、いや、特性を鑑みれば、私の影は格下です。ですが、彼女にも出来ない事がある。それが私の『白夜びゃくや魔眼まがん』の効果。『魂の転写』」

 そう、星羅の魔法には()()()()()()()()という唯一無二の特性が備わっている。その一点において、アルカナの魔法を大きく上回っているのだ。

 だが反対に、アルカナにしか出来ない事がある。それが彼女の魔眼の効果。魂の転写を活用した技だ。

「魂の……転写?」

「この眼は眼前で死んだ人物、彼らの魂を模倣し、そして記録する。それは光によって出来る影のようなもの。私はその影を先程のタロットに保存、影の戦士として再構築する」

 白夜の魔眼は魂を模倣する。その効果はアルカナの意思とは別に行われるのだ。ロナウドが死んだ時、彼女の魔眼は無意識下で彼の魂を模倣した。彼女がそれに気付いたのは、アトラスから離れた後の事。自身の魔法であればロナウドを蘇生出来るのではと、模索していた頃だった。

(それが本当なら……この女は一人で星騎士数人以上の力を持つ事が出来るのではないか?)

 流石に条件はあるだろう。だが彼女の能力を以てすれば、不死身の星騎士で構成された軍隊を持つ事も可能なのではないか。そんな突拍子も無い可能性が思い浮かんだ。

「さぁ、冥土の土産は楽しんでくれましたか? 貴女のお陰で獲物が逃げてしまった。追わなくては……それでも止めると言うのなら、貴女から仕留めるとしましょう」

 十年前の事件に直接の関わりを持っていなかったとしても、劉が復讐の対象である事に変わりは無い。アルカナは手に持ったカードを彼女に向け、殺気を放つ。

 アルカナと劉の戦闘はさして長くは続かなかった。だが彼女は最低限の護身術を体得していたようで、アルカナの攻撃をすんでの所でいなす事も出来ていたのだ。

「中々出来ますね……まぁこれで終わりです」

 そんな護身術も虚しく、アルカナの前には血みどろの劉が壁にもたれかかっていた。トドメを刺そうと、アルカナはカードに込められた魔力を増強する。拷問官では無いのだ。苦しませず一撃で息の根を止める。そんな意思を持ってカードは投げられた。

「誰だ⁉」

 放った黒きタロットカードは、眉間に至る寸前で虚空の壁に弾かれる。歪んだ空間の壁は天井まで続き、劉とアルカナの間を完全に遮った。

 歪んだ壁の先を見据えると、そこには紫髪で眼鏡をかけた長身の紳士が佇んでいた。彼は倒れた劉の体を抱き上げ、その手を固く握り締める。

「貴女をここで失う訳にはいきません。この都市には先導者が必要ですから」

「成程、その女を新たな四星剣として据える訳ですか。それまで残っているといいですね、この都市が」

 その紳士が何者なのかは分からない。だが目的の目星は付く。どうやらソラリスはジャックの命に見切りを付けたらしい。

 劉は次の四星剣に据えられる。彼女の名はソラリスの良いように扱われる事だろう。何とも憐れだ。勿論、彼女が働くべきこの都市を残すつもりは毛頭ないが。

「それは私が気にするべき事ではありません。命運は星騎士達に握られた」

ゲート』『開門オープン

「正直、私は彼女を信用していないのですが……師曰く、『光は影すらも飲み込んで、星を照らす』結果がどうなるか、楽しみにしていましょう」

 彼の師が何処の誰なのか知らないが、その言い草はまるでアルカナが星羅に負けるかのような心象を抱かせる。空間の歪みから去るその男の背からは、確信めいたものを感じさせた。

 不愉快だ。虎城星羅には一度完勝した。虎城天星に負けると言うのなら兎も角として、私があんな絶望も知らないような女に負けるなんて。虎城天星も先程の男も、そこまで言うのなら見せてもらおうではないか。その星を照らす光とやらを。


 時間は少し戻り、星羅とアトラスは尚も目的の観測室へ走り続けていた。警備ドローンの姿は無い。だがそれに反比例するかのように、魔獣の数が多くなっていく。

「魔獣多すぎ――!」

 疲労は無い。幸い全ての魔獣が片手で払える程度の強さであった為だ。だが魔獣の数は現在に至るまでで三十体に到達し、そのどれもが強力な毒を使う魔獣な事もあって集中を切れないような状態にあった。

「まぁこの程度なら問題は無い。真に問題なのは……ッ! 来たか……!」

「手筈通り、ここは私に任せて」

 魔獣を一通り狩ったその時、高速でこちらへ向かう魔力を感じた。この魔力には覚えがある。アルカナの魔力で創られた、ロナルド・アストラエアだ。

「やっぱり君か……嬉しいよ。また会えて」

「そうだな。オレもだ。だがコッチには予定がある。お前の相手は……」

 通路の奥から歩いて来た男はやはりロナウドだった。彼は本当に心の底から喜ばしい事かのようにアトラスを見つめている。分身体であっても友人同士の再会だ。本心を言えば、邪魔はしたくは無いが。

「私だ!」

 星羅の蹴りがロナウドの身体を吹き飛ばす。硬い感触があった。咄嗟に剣を抜刀し盾替わりにしたのだろう。相変わらずの反射速度だ。

 手でのジェスチャーをし、アトラスを通路の先へ送る。彼には先に待つアルカナに用があるのだ。倒すまでは行かずとも、ここで足止めをさせてもらう。

「強くなったんじゃない?」

「心境の変化ってやつかな。次は負けないよ? 金髪のお兄さん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ