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救星の大樹  作者: キララ
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14/24

第14話 差し伸べられた手

 2025年12月25日(木)

 その日、第一地区のとある一軒家で凄惨な殺人事件が起こった。被害者は三人、とある夫婦とその娘。彼らの私生活は順風満帆、どこにでもある普通の家庭だった。その家族に他と異なる点があるとすれば、それは彼らの過去にある。

 鬱蒼と茂る森の中に聳える洋館、そんな犯行現場にいち早く到着したのは、政府上層部の傀儡アトラス・サンダーボルト。彼はその家族に心当たりがあった。嘗て友から聞いたその家族には、以前から目を付けていたのだ。だからこそ事件の発生を政府よりも早く嗅ぎ付け、彼らよりも早く現場に急行出来た。

 五年前の四星剣射殺事件から直ぐの事、アトラスは護衛失敗の責を負わされ、更なる激務を課されていた。襲撃を予測出来ていながら放置したジャックは腹立たしいが、彼の命令には逆らえない。彼の命に逆らえば、都市の全区域を徹底捜査し、アルカナの命を奪うと脅されているのだ。

(惨殺死体……それが3つ。どれも苦悶の表情を浮かべて死んでいる……いや、それよりこの顔は…………やはり)

 死体にはどれも、憎しみを強く感じるような惨たらしい切り傷が付いていた。そして、特筆すべきは母親の容姿だ。黒髪、黒目、遠き島国にルーツを持つであろう女、その雰囲気からはある人物の面影が感じられる。

「やっぱり……一番最初に来てくれたね」

「アルカナ……」

 暗い闇の奥から現れたのは、アルカナだった。ロナウドが死んでから五年、アトラスの元から離れて五年だ。当然ながら成長している。彼の予感通り、事件の犯人は彼女だったのだ。

「やはり、この人達はオマエの家族か」

「は? 違うよ。私の家族じゃない。そこにいるのは唯の悪人。私の敵」

 アルカナはまるで当然の事かのように言い放つ。その白き瞳の奥で、一抹の虚無と暗い憎悪を混じらせながら。

 この五年間、アルカナとは一切連絡が付かなかった。だがまさか、嘗ての家族を抹殺しようとは。

 最大の問題はここ最近の殺人、その死因たる切り傷、そこから感じる魔力残滓が、今回の殺人と同一の物と言う事だ。

「他の星騎士を殺し回ってるのもオマエだな?」

 ここ最近、星騎士が殺される事件が相次いでいた。殺されたのはロナウドの死に関わった三人。魔力残滓からアルカナが犯人であろう事は気付いていたが、上層部には黙っていた。黙っていたのは本人に直接聞きたかったからだ。何故こんな凶行に及んだのかを。

「うん、ロナウドとの戦いで後遺症が残ってたみたいだしね。ロナウドの力を借りたら簡単に殺せたよ」

 アルカナの言うように、彼らの身体には後遺症が残っていた。ある者は左腕と右脚を切断され、ある者は一部の主要臓器と腱を破壊され、ある者は両目と左脚を潰された。ロナウドは確実に、今後の戦闘能力を失わせる為の傷を負わせていったのだ。その力で更なる悪事を企てられないように。

 その結果、彼らは星騎士としては事実上の引退を余儀なくされた。今やこの都市の星騎士で戦力として機能しているのは、アトラスだけなのだ。

 それよりも気になるのは、最後の発言だ。彼女は言った。ロナウドの力と。

「ロナウドの力? 何の話だ」

「こういう事さ。アトラス」

「な…………ロナウド。嘘だ、オマエは死んだ筈」

 アトラスの問いに答えて闇の奥から姿を見せたのは、嘗て死んだ筈のロナウドだった。驚愕なんてものではない。今にも嗚咽し、嘔吐してしまいそうな程に信じられない光景が、目の前に広がっているのだ。彼は生前と同じように、こちらに語りかけている。

「私の魔法で生き返らせたんだよ」

「そんな……バカな」

「普通の魔法じゃ無理だよね。でも、私の魔眼がそれを可能にした。これ以上は、仲間にならないと教えられないかな」

 魔眼にはそれぞれ特異な力が宿っている。だが人間の蘇生など不可能だ。

 死、それは変えようのない、不可逆的な大いなる力。いくら才能があった所で、それに抗う事など不可能な筈。それこそ、人を越えた神の領域だろう。だがその不可能な筈の事実が、アトラスに微笑んでいた。

 生前と同じく優しく微笑むロナウドは、影へと沈む。その光景はアトラスも望んだもの。友の再来とも言えるものだった。

「オレに何を求める?」

 信じ難いが、もしロナウドが蘇生され、尚且つ復讐なぞに手を貸しているとするならば、それは問題無く完遂されるだろう。アトラスの出る幕など、存在しないように思えるが。彼もまた、復讐対象の一人なのか、はたまた…………。

「迎えに来たんだよ。私達は家族なんだから。さぁ、一緒に復讐しよう? 私の手を取って」

 アルカナのその表情は、人を三人殺した後とは思えない程に澄んでいた。いや、だからこそなのだろうか。自身を苦しめていた悪しき過去を葬る事が出来たから。だがその表情が、こちらを見つめる闇に染まった瞳が、アトラスは彼女と共に居た時間の中で、初めて怖かった。

「……無理だ。その行いは間違ってる。だから……」

 アルカナの手を取るなど、無理に決まっている。その行いは、ロナウドの最も嫌うもの。善人が悪人へと堕ちる行為、残虐な殺人そのものなのだから。それに何より、そこに堕ちる覚悟が、アトラスには欠けていた。

「じゃあ何? アトラスが政府の言いなりになってるのは、正しい行いなの? ロナウドの死を無駄にして、悪事に手を貸しているのは……本当に正しいの?」

「それは……生きる為には、オマエを護る為には……」

 こんなものは、言い訳にしかならない。それはアトラス自身にも分かっている。 

 ロナウドにアルカナを託された。それに応えようとする心はある。だが、アルカナを連れ都市外へ逃げる事、それが最善の策だと分かっていても、ロナウドへの劣等感が彼の行動を縛り付けていた。

 自分はロナウドのようにはなれない、ロナウドのようには出来ない。彼のように正しさを見つける事が、アトラスには出来なかった。迷って、迷って、迷った挙句、正しさの曖昧な劣悪たる一手を打ってしまう。醜い劣等感が、彼の脚に纏わりつく。

「言い訳しないでよ……じゃあ、四星剣が殺された時、何で護らなかったの? 聞いたよ、あの時の責任を追及されてるんだってね」

「それは…………」

「あの距離なら銃弾を弾けた。何なら弾丸を掴めた筈。それをしなかったのは、アトラスも心の何処かで復讐したいと思ってたからでしょう?」

 五年前のあの日、狙撃銃から弾丸が放たれたと同時、その軌道から弾丸の着弾に至るまで、アトラスには全て見えていた。加えて彼ならば、被害者に当たるよりも早くそれを止められた筈なのだ。それだけの実力が彼にはある。だが、ここでも彼は迷ってしまったのだ。このまま何もしなければ、労せずして復讐を為せる。その本当の気持ちに、惑わされてしまった。

「オマエの言う通りだ。確かにあの時、オレは迷った。だが…………やはりオマエの手は取れない。それはきっとオマエの生み出したロナウドとは違う、本物のロナウドが最も嫌悪する、悪だ――」

 深い思考の果て、アトラスは言った。迷いを瞳に浮かべながら。答えはやはり否。彼には出来ない、友の願いすらも満足に果たせず、友と同じ、気高い信念を穢す事は。

「取ってよ! 何で、私と一緒に来てくれないの!?」

「無理だ……オレには…………」

 アトラスの言葉を遮るように、アルカナは悲痛な声で叫ぶ。だがやはり、彼は手を取ろうとはしない。復讐に手を貸す事は出来ないと、その申し出を断った。懇願するアルカナと狼狽えるアトラス、両者の想いは錯綜する。

(あぁ、そうか、私の味方はもう…………)

 涙は流れない。あるのはただ、虚無感のみ。分かっていた筈なのに、アルカナは期待してしまった。かつての家族であれば、自身の想い、その覚悟を受け入れてくれるかもと。そんな淡い感情は、無情にも受け流された。

「裏切り者」

 冷徹に放ったその言葉は、アトラスの心を深く抉る。この時、二人の道は別たれた。それが再び交わる事など無い、そんな予感を感じさせる程に。

「じゃあね、意気地が無いなら、せめて私の邪魔はしないで」

「待っ――」

 アトラスの静止も虚しく、アルカナは闇へと消えていく。そこにはもう何も残っていない。そう、何も残っていなかったのだ。

「ぐ、うぅ……すまないロナウド……オレには、無理だ……あの手は取れない。あの子は……救えない!!」

 血の池の上で、アトラスは叫ぶ。その奥底にある後悔と謝罪を滲ませながら。亡き友の願いすら、自分は完遂する事が出来ない。それどころか、悪の道に進む事を止める事すらも。

 まだ暖かみを持った死体は、アルカナを止める事は出来ないのだ。そんな惨たらしい確信をアトラスの心に植え付ける。


 感情の交錯は、過去の映像を通して星羅を襲う。物語の終わりを感じながら、彼女は大きすぎる負の感情を受け入れざるにはいられない。

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