第13話 壊れてゆく心
2020年4月25日(月)
ロナウドが死んでから、何度も自殺を考えた。あの人のいない世界は酷く色褪せていて、生きる意味を見出せ無かったから。いっその事、死ねばあの人の元へ行けるんじゃないか、そんな想いだけを抱えていた。だが自殺を実行しようとしても、アトラスに何度も止められた。彼には彼なりの考えがあるのだろう。
アトラスは政府の申し出を飲み、彼らの傀儡となった。対価として私達には生活に十分な金銭と安全が与えられたけれど、それは酷く惨めなもので、奴らからの施しを受ける度、胸が引き裂かれるような痛みを訴える。
生きる為には仕方の無い事だと分かっている。それでも恩人を殺されて、殺した敵の下で安寧を貪るなんて事が、私にはどうしても耐えられなかった。だからアトラスの元から離れた。そうでもしないと 私は私を許せなかったから。
暗い絶望を思い出す。想い人が死に、再び味わった絶望の味。それは酷く吐き気を催す物だった。錆の匂いが鼻を突く。また、あの人に助けられる前の、鎖に繋がれたあの頃へ戻ってしまったようだ。
ジャックが語った魔導障壁の在り方、それは酷く歪なものだった。あたかも都市の外部に敵がいるかのように演出し、安全と言う名の欺瞞を生む。それは一部の者により大きな利益を齎し、その他大勢に不利益を齎す。
唯一にして最大の希望があったとすれば、魔導障壁が展開される事により心に安寧が齎される可能性を見い出せた事。宇宙樹が枯れかけているとはいえ、魔獣の被害はある。障壁内部に魔獣は残るが、外部から侵入する魔獣はいなくなる筈。それにより都市で暮らす住民に一種の安寧が齎されるのではないか。争いの心、荒んだ心に安らぎを齎せるのではないか。
雲1つ無い快晴のその日、第一地区の大広場にて魔導障壁展開の式典が行われた。広場には大勢の住民が押し寄せている。彼らの表情は明るい。当然だろう、既に魔力量による転居は行われた。ここにいるのは謂わば勝ち組。この先の安定した生活を既に手に入れた者達なのだ。
(あいつが四星剣、マクシミリアンの裏に潜んでいた男…………)
式典には四星剣の一人、ジャックの悪事を揉み消していた男が参加していた。傍にはアトラスの姿がある。私と離れてから色々あったらしい。眼の下には濃い隈があり、かなり窶れているように見えた。だがそれとは別に、今回の功労者ジャックの姿が見えない。元より奴の功績を称えるつもりなど無いが、魔導障壁はあの男の手柄として発表されている。遠路はるばる最高権力者が訪れたのだ。そう簡単に欠席するとは思えない。何か妙だ。
「では、ここに魔導障壁の展開を宣言する!」
(ロナウド、貴方は多くの人間の幸せを護る為に戦った。あいつらがこのままのさばる事は許せないけれど、人民の平和の為、今はこの怒りに目を瞑る…………貴方が言っていた、尊ぶべき無辜の民の為に……)
罪を黙認する事などしたくは無い。だが展開された魔導障壁を消し去れば、ロナウドの犠牲が無駄になる。少なくとも今のままならば、多くの人々が救われる筈なのだと、私は自己暗示のように自身に言い聞かせた。そうして「これは仕方のない事なのだ」「どうしようもなかったのだ」と、自身の心に安寧を齎す為に。ロナウドは死んだけれど、せめて彼の護ろうとしたものは崩さずにいよう。
「展開――」
四星剣が手を挙げ障壁の展開を宣言したと同時、私が怒りに何とか蓋をしようとした瞬間だった。パン、と聞きなれない破裂音のようなものが広場に響く。遅れて四星剣が倒れ、床に鮮血を広げる。更に遅れ、広場は悲鳴に包まれた。
何が起こったのか、直ぐには理解出来なかった。私はただ、茫然と立ち尽くしていたのだ。
四星剣の射殺事件、前代未聞の事件が眼前に広がっていた。直ぐ後に捕らえられた犯人は、第三地区の人間である事が分かった。本人曰く、地区精度のせいで家族と生き別れてしまったらしい。今回の殺人事件はその復讐であると。
ジャックはこの事態を見越して式典の出席を控えたのだ。彼には分かっていた。都市民への圧力はこのような事態を招くと。その事件は地区ごとの軋轢を更に深め、後日、地区間の検問にも障壁を敷く結果となった。今思えばこれはジャックの策略だったのだと思う。これを機にジャックは四星剣の後釜を貰う事となったのだから。
式典の会場は阿鼻叫喚、他者の事など気にも留めず都市住民は私を押しのけて行く。怒号、子供の泣き声、はぐれた子を呼ぶ親の声、その他全ての声はもれなく全て負の感情を纏う。音は遠く、視界が歪む。血に濡れた会場を前に展開された障壁を眺める。頬を伝う熱い雫が、私にやるべき事が何かを教えるかのようだ。
嘗てロナウドは言った。「尊ぶべき無辜の民を護る為に自分は戦っている」と。ずっと理解出来なかった。私を取り巻く環境はそんな感情を抱けるようなものでは無かったから。貴方と一緒に居れば、いずれその綺麗な感情が私にも宿ると思っていた。いや、そう信じたかった。
漸く気付いた。私には無理だ。
外からの脅威を恐れる必要が無くなろうとも、内での脅威が増長するだけ。魔獣などいなくとも、彼ら人間は同じく人間同士で争い続ける。
ロナウド、貴方は魔導障壁の為に犠牲となった。それは自らが望んだものでは無かったけれど、私はその犠牲で尊い人々が救われるならば、許せたかもしれない。
ロナウド、貴方の言っていた尊い民などいない。貴方の犠牲に見合う人間など、此処には存在しない。こいつらは、生きていてはいけないものだ。こいつらは、地球に巣食う癌なのだ。貴方が命を賭してまで護る価値のあるものじゃ無かったんだよ。
ロナウド、貴方のいない世界に、色が付く事はもう無いだろう。ならば、貴方の居た世界、色が付いていた美しい世界を穢させない為に、私が護る。私がこの都市を滅ぼし、綺麗な状態に戻して見せる。そうすればきっと、貴方は褒めてくれるよね。誰よりも生きるべきだった。美しい心を持つ、貴方なら。




