第12話 引き裂かれた幸福
アトラスがロナウド達の仲間になった日から、約一年が経過した。
ロナウドに与えられた次なる任務は第三地区全土に於ける魔獣掃討。土地面積を考えれば非常に困難な任務ではあるが、一年という長い期間を以て、アルカナ達はその八割方を終えていた。
他三人の星騎士は上層部護衛や第一地区の治安維持等に掛かり切りだ。アトラスが任務遂行中数度、いや数十度近く彼らに対する愚痴を垂れていたが、治安維持も大切な仕事だと何とか納得させていた。彼らの本音は分かっている。金銭的メリットも無ければ名誉も得られない、そんな第三地区での魔獣掃討任務自体をあまり良く思っていないのだろう。
星騎士団に於ける理念、彼らはそれに賛同した訳では無く、力の発散を抑制する為に団へと招かれたに過ぎない。元より正義の心など無いに等しいのだ。名誉や金銭が絡まなければ、彼らは動こうともしないだろう。
そしてどんよりとした灰色の雲が朝日を覆うその日、ロナウド達三人は都市庁舎に呼び出された。
「全く、次から次へと任務かよ。今度は何だ?」
都市庁舎に呼び出された彼らは、目的の部屋へ案内をするというジャックの後ろを歩く。道中彼へと向けられるアトラスの愚痴は全て無視されていた。その様子からも過去の遺恨が全く消えていない事が分かる。
「そろそろ教えて下さっても良いのでは? わざわざ呼び出して何の御用です」
ロナウドは丁寧な口調で聞く。彼はこの一年間、魔獣掃討の合間でジャックの政治的不正事実やその怪しげな言動を調査していた。アトラスの証言から疑惑を浮かべ、彼なりに都市システムを変えようと奔走しているのだ。そしてその調査結果は、限りなく黒に近い。
だが決定的証拠が掴めていなかった。権力を持つが故に情報の隠蔽はまさに完璧と言える。統合国家ソラリス本島からこの都市まで、綿密な調査をする為の監査部隊を送らせる事も出来るが、情報伝達の困難さと渡航難度の高さも相まって上層部は調査に踏み切る事を渋る筈だ。ジャックを逮捕する為には確実な証拠がいる。困難を承知させるだけの証拠が。
「まだ教える訳にはいかない。極秘の任務だからな」
ジャックに連れられた三人は長い階段を降っていた。窓1つ無い空間の通路は、緊迫した雰囲気も相まって息が詰まりそうだ。主な原因はアトラスとジャックの不仲故だろう。そんな気まずい雰囲気を掻き消す為か、ロナウドがジャックに質問を投げかける。
「何処へ向かっているのかだけ聞いても?」
「……この都市の秘密、その核心だ」
「濁すなよ、アンタはオレ達の協力が必要な立場だろうが」
アトラスは未だ言葉を濁すジャックに苛立ちを覚えていた。命令という形でロナウド達に助けを求めておきながら、その内容を少しも話そうとしないのだ。苛立つのも無理はない。
「君はやはり私への敬意が欠けているな。特にその言葉遣いは看過し難い」
権力に格差があるにも拘らず言葉遣いが粗雑なアトラスに対し、ジャックもまた苛立ちを覚えている。まさに犬猿の仲といった雰囲気だ。
「あぁそうですか。オレがアンタに敬意を抱くなんて事は一生無い、諦めるんだな。大体、悪人の癖して――」
ジャックとアトラスの間には険悪な雰囲気が流れている。今回の件だけでは無い、数年前のいざこざだけが原因とも言い難い。彼らの本質は根本的に相容れないものなのだろう。夢想主義と現実主義、人命に重きを置く者と、損益に重きを置く者。善悪だけの問題では無い、これら2つは決して相容れないものなのだ。
「アトラス」
ロナウドが暴走気味なアトラスを優しく諭す。ここでジャックをとやかく責め立てても意味は無い。裏で結託しているであろう四星剣を含む政府上層部の重鎮達、彼らを一挙に排する事で、都市の癌を取り除かなくてはいけないのだから。
「君は随分とアストラエアを信頼しているようだ。この短期間で狂犬を飼い慣らした君が凄いのかな?」
ロナウドの一言で険悪な態度を止めるアトラスが意外だったのか、ジャックはその光景を揶揄する。まるでアトラスが道理を弁えない愚物かの如く。
ジャックはアトラスの本当の姿を知らない。彼からすればアトラスは感情のまま、上層部にも手をあげる暴君に見えている事だろう。狂犬だから飼い慣らせなかった訳では無い。飼うという判断を下していたからこそ、彼はジャックに嚙みついた。
「彼は無辜の民を慈しめる心を持った善人です。決して人命の尊さを理解出来ない愚物などではありませんから」
「…………まぁいい、見えたぞ。これこそが暴風都市ボレアスの秘密だ」
ロナウドの反論はジャックの人間性を蔑むような皮肉が感じられた。それを理解していたからだろう。ジャックは若干不機嫌を露わにしながらも話を戻す。
通路の先、光を発する部屋、その正体は巨大な実験施設だ。最新鋭の機械で何かをモニタリングしているであろう薄暗い部屋が、そこには広がっていた。異質な雰囲気に言い知れぬ不安感を抱くアルカナを除き、アトラス、ロナウドの二人は直ぐに気が付いた。部屋の中央、透明なガラスの中で蛍光色の薬液に浸かっている岩のような物体。その正体に。
「ふっ……どうやら気が付いたようだな」
「な……おい、こりゃあ……」
「あぁ、間違い無い。ずっと何処にあるのか疑問ではあったが……」
「宇宙樹――」
その岩のような物体は星騎士が狩るべき宿敵、第三宇宙樹アルカイドだった。眼前の培養槽に浸かった宇宙樹は、その様相から本体と比較して、非常に小さな欠片である事が分かる。
「説明をして下さい。どうしてここに宇宙樹が? 僕らの狩るべき宇宙樹が……どうして…………」
ロナウドがこんなにも動揺している所を、アルカナは一年以上共に過ごして初めて見た。それだけ彼にとっても予想外の事態という事だろう。何せ倒すべき宿敵が、護るべき都市の地下に保管されていたのだから。
「宇宙樹は1999年7月31日、この地に落下した。宇宙樹の基本性質は単純だ。魔力を空気中に散布し、出来上がったものを吸収する。魔力を散布した事で人類には魔力が宿った。宇宙樹はその成長を待っているのだ」
「成長を待つ?」
「宇宙樹にとって、地球とは謂わば農場だ。魔力は栄養、人間は作物。人間は齢十から魔力を大きく成長させる。そこを宇宙樹は魔獣を通して吸収する。自らの栄養補給と新たな魔獣生成の為に」
宇宙樹の研究は都市ごとに独自展開されている。それは先に記載した通り、連絡難度や渡航難度の高さ故だが、今はいい。問題は年に数回、研究成果の擦り合わせを通してその進捗具合に帳尻を合わせているのだが、ジャックが研究成果を共有しているか微妙な点にある。
「そしてここからが重要だ。この都市は他と比べ非常に堅固だ。都市創立の中核を担ったアメリカ合衆国は元々国力に於いて優れていたからな。人間と同じ、都市の人間を満足に喰えず、宇宙樹はみるみる内に衰弱していった。第三宇宙樹アルカイドは今や、死に体なのだ」
ずっと、宇宙樹の所在を知らなかった。都市が宇宙樹付近に創られたと言っても、それは機械による観測が可能な程の近辺という意味だ。毎年行われる本島への宇宙樹観測結果資料を見た事があるのもあって、ロナウドは宇宙樹が枯れかけているなど思いもしなかった。恐らくあの観測結果は、彼らによって改竄された物だったのだろう。
「ここにあるのは宇宙樹の枝の一部だ。殆どはその大きさと危険性故に運びきれなかった。枯れかけの本体は今も、魔獣と天変地異を生み出し続けている。力は大分弱まっているがな」
「……いい加減、ここに僕達を呼び出した訳を言ったらどうですか?」
ジャックの語り草は興味深いが着地点が分からない。結局、ロナウド達を呼び出した意図を彼は話していないのだ。だが部屋の中を見れば、それがあまり良い理由ではない事が分かる。都市の中でも最新鋭のテクノロジーが詰め込まれた研究施設、だというのに肝心の研究員、思惑を共有しているであろう政府役人の姿が一切見えないからだ。
「慌てるな、まだ話は終わっていないぞ。私は考えた、これを核とし都市を囲う障壁を展開出来ないものかと。魔力供給源は住民達……今までの税金に代わり、魔力を税として用いる。宇宙樹の齎した永続のサイクル、実の所素晴らしいと思ってな。宇宙樹のように完璧なサイクルを、この都市でも…………」
その研究成果は一見、都市住民を助けるもののように見える。障壁を展開すれば魔獣や天変地異の被害は減少するだろう。だがその先にあるのは更なる貧富の差、それが齎す新たな不幸だけだという予感がある。金と魔力は違う、生来殆どの場合増加する事のない魔力というリソース、それを金の代替として扱っていいものなのだろうか。
「……正気とは思えない。そもそもそんな大規模な疑似魔法、成功する筈が……まさか…………」
「おや、もう気付いてしまったか? 核は宇宙樹アルカイドの欠片、動力は都市民の魔力。だが膨大な魔力を集める為にはそれ相応の集積機能が必要だ。ずっとそこで躓いていた。だがやっと答えに辿り着いたのだ……それは才ある人間の命で形成されると。彼女の命なくして完全な魔法再現は為されない」
大規模な障壁、もはや擬似的な魔法の域だ。科学を基盤として再現される魔法、それは未だ前例が無い領域。分かるのは複雑な手順、膨大な魔力を必要とする事。そして何より最大の障壁は、その膨大な魔力の受け皿となる器が必要なの事だろう。
「お前だよ。ガキ」
(速い――)
アルカナは勿論、アトラスすら反応が遅れる程の速度で謎の青年がアルカナの背後に回り込んだ。青年は拳銃を彼女の背に向け、間髪入れず引き金を引く。
「アルカナ!」
三人の中で唯一敵の気配に勘づいたロナウドが、アルカナに迫る風の銃弾を弾く。だがその行動は誤りだ。誰かを庇った時、その瞬間にこそロナウドという強者にも決定的な隙は生まれる。それが彼らの狙いだった。
「あ……ロナウド‼」
迫る正面からの銃弾は身体強化を施した腕で難なく防いだ。だが咄嗟の魔力操作で生まれた隙、無防備なその背を間髪入れずに氷と水の槍が貫く。飛び散った鮮血は、アルカナの顔に拭えぬ絶望感を植え付けた。その攻防、アトラスが獲物に手をかけるまでの一秒にも満たず。その素早さはここまでの攻防が全て計算づくであった事を証明していた。
「最初からこれが狙いか……! このクソジジイ――」
「アトラス、気を抜くな! あと二人いる!」
遅れて状況を察し、トンファーを構えたアトラスは激昂する。ロナウドに諭されなければジャックに飛び掛かっていた事だろう。槍を放った犯人達の姿は見えない。だが風、氷、水、今迄放たれた魔法と、一瞬にして消えた銃を持つ青年には見覚えがあった。
(さっきの野郎、それに槍を放った奴ら、他の星騎士共か!)
攻撃を仕掛けてきた彼らはずっと第一地区に身を置いていた三人の星騎士と思われた。奇襲を仕掛けた後に姿を消した青年含め、彼らは観測室の中で息を潜めている。隙を見せればアトラスもロナウドの二の舞になった事だろう。
「ずっと邪魔だった。魔導障壁作成の為、多くの人体実験を重ねる必要があったというのに……お前はあろうことか第三地区に陣取り、目を光らせ続けた。お陰で第一地区の住民を使う羽目に……四星剣の力を借りてもかなり危ない橋ではあったが、成し遂げた」
過去、アトラスはジャックが身元の曖昧な第三地区の住民を人体実験の対象として見ていた事を知った。だから彼を殴ったのだ。だがそのような痛い目を見ても、彼はその野望を諦めはしなかった。
ジャック最大のミスは、アトラスを第三地区へ追放した事。事実を知った彼が、そこの住民を見捨てる事などあり得る筈もない。
都市庁舎から最も遠い第三地区。加えて地区間の境は厳重に監査されている。その為、アトラスにジャックをどうこうする事は出来ない。だがアトラスは実験対象である第三地区民を護り始めたのだ。それにより地区全土とはいかずとも、確実に地区民を護る事に成功した。それがジャックには酷く目障りだったのだ。よもや代替として出自のはっきりしている第一地区民までもを実験対象とするとは。
「何て事を――」
ロナウドの罵倒も無理からぬ事。第一地区の警備は厳重、監視社会の最先端をゆく地区、暗躍にはそれなりのリスクが伴う。だが四星剣の力、政府の力が影響を及ぼしやすい地区でもあったのだ。様々なリスクを承知で非人道的な実験を繰り返してきた事は、善性をその身に宿すロナウドには理解の出来ぬ行動だった。そして今、ジャックは遂に成し遂げた。彼が軽蔑する非人道的行いの果て、数多くの被験者を以て彼は魔導障壁の基盤を創り上げたのだ。
「準備は整った。後は集積機能を持たせる贄……初めはサンダーボルト、お前を使おうと思っていた。だから呼び戻した。だが任務を終えたアストラエアは予期せぬ手土産を持ってきた」
アトラスはこの先の政治運用に邪魔な存在だ。戦力としてもロナウドさえ居れば問題ないと考えていた。だがここで予想外の事実が重なる。発見されたアトラスをロナウドが預かると言い出したのだ。彼の性格から、事実を知れば政府に反抗する事は明らか。実際、アトラスからの情報で政府を独自調査してきたのだから。
そこでジャックはある手段をとった。他星騎士の懐柔である。本島に告げ口されれば自身に未来は無い。彼らの我の強さだけが懸念だったが、幸いそんな懸念とは裏腹に彼らの懐柔は終始上手くいった。少々交渉費用は嵩んだが、許容範囲だ。
ロナウドは、彼本人の魔力に対する免疫能力が高すぎる為に集積した魔力を弾いてしまう。だからこそアトラスに集積機として白羽の矢が立ったのだ。
ジャックの策は三人の星騎士の力でロナウドを排し、アトラスを生贄に捧ぐ事。だが、ふと集積機能に向いている人間を再調査した時、あるもう1つの事実が判明した。ロナウド達からすれば、してしまったと言うべきか。
「それが……アルカナか――」
「その通り、その小娘は類稀なる才覚を有していた。最たる才能は、集積機能としての能力。その小娘を核とすれば障壁は半永久的に稼働し、付近の魔獣はその魔力の余波で弱体化するだろう。なんて好都合な歯車だと、神に感謝したよ」
ロナウドが任務から連れ帰ったアルカナという少女。魔眼を持つ事は分かっていたが、星騎士としての才能があると言っても大した事は無いと、当初は気にも留めなかった。だがそのみすぼらしい少女にジャックの求める生贄としての才覚が宿っていたのだ。
「逃げろ! 二人共!」
「おっと待て待て。あーあ、悲しいよ、尊敬していたあんたを殺さなきゃいけないなんて」
「逃がさないよ。アストラエアちゃん」
アルカナとアトラス、二人を逃がそうとするロナウド。だがその逃走経路を塞ぐように、二人の星騎士が立ちはだかる。加えていつの間にかジャックを護るように、三人目の星騎士がロナウドの前に佇んでいた。計三人の星騎士、それが万全の形で武具を構えているのだ。これ以上ないと言っても良いほどの包囲だろう。
「都市内部の魔獣はほぼ狩った。それに宇宙樹が死にかけなら障壁は意味を為さないだろう! いずれ完全に死ぬんだ。それまで戦って――」
「確かにそうだ。だがそんな事はどうだっていいのさ。この都市は、システム的に不完全だ。都市に不可逆の格差を生み、安定と言う名のサイクル生む。私は国家最高の力を手に入れ、黄金比の社会で恒久的な安寧を実現してみせる!」
障壁を展開させた場合、内部と外部は完全に隔絶される。都市内の魔獣を狩らせたのは、その時障壁内に魔獣が多く残る事を防ぐ為だった。八割の魔獣が狩られた今、障壁展開の準備は整ったと言える。
ロナウドの疑問は障壁の存在意義だ。魔獣は彼らがいれば対処可能なレベル。天変地異にしても都市近辺ならば、肉を裂く暴風から時折強風が吹く程度まで落ち着く。ならばわざわざ民衆に無理な負荷を強いてまで、障壁を展開する意味は無いのではないか。
答えは簡単だ。意味は無い。厳密には、ジャックにとって宇宙樹が齎す被害など、さほど重要ではないのだ。重要なのは障壁が展開された場合、自身に齎される利益。名声、地位、金、それらが得られる限り彼は障壁に意義を見出す。
「宇宙樹が完全に死ぬまで、数年単位で時間を要する。それまで何故、被害が一切出ないと思える? 小娘一人の命と多くの都市民の命、比べるまでもない重さだろうに……」
「クソ野郎がぁ!」
「……逃げるよ、アトラス。アルカナを抱えて、さぁ」
ロナウドは理解した。ジャックに説得は無意味だと。彼と自分とでは価値基準が違う。倫理観が違う。何もかもが、自身の理解を越えた感情なのだ。ならばする事は1つ。この場を退き統合国家ソラリス本島に帰還。ジャック含め、残りの関係者に国から罰を下す。
「逃げられるとでも? 出口は1つだけ。俺らを撒けるなんて思ってないだろうな?」
「逃げられるさ。失礼するよ」
『霧雲』
「煙幕を敷いた所で何も――」
ロナウドは霧雲、つまりは白く薄い雲の幕で自分達を包み、敵から姿を隠す。だがいくら姿を隠そうと、出口が1つならばそこを塞いでしまえば良いだけの話。その油断が命取りだ。
「な……天井を…………」
隙が無いのであれば作るのみ。ロナウドは斬撃を飛ばし硬い地下室の天井を砕く。激しい轟音と共に倒壊する瓦礫の中に有無を言わさず埋もれる星騎士達、背後のジャックらも同様だ。落ちる瓦礫を避け砕く事に気を取られる星騎士達を無視し、ロナウド達一向は素早く出口を抜け、その出口すらも砕き塞いでしまう。
「くそ、出口も……やはり奴だけは別格か。動きに無駄が無い。だが足手纏い二人がいては、貴様とて逃げられまい」
星騎士の一人、余裕あるリーダー格であろう大男は、逃げるロナウドを密かに憐れみ、そして不敵に嗤う。勝利の確信をその胸に抱きながら。
アトラス達三人は地上へと続く階段を高速移動で駆け昇っていた。
「クソ……まさか、他の星騎士が全員敵とは……!」
アトラスは怯えるアルカナを抱え愚痴を吐く。予感はあった。星騎士は世間的には政府の狗のように映るだろう。だがその行動理念は人類の為に戦う事。客観的に見た重要度から優先順位をつける事はあっても、こうもあからさまに第一地区を優先する働きはしない筈なのだ。それを踏まえた時、彼らはあまりにも政府に傾倒していた、不自然な程に。その時点で疑念を抱くべきだった。
「ロナウド……さっきの傷は……」
「ん? ああ、大丈夫。もう治したから…………」
大丈夫な訳が無い。アトラスにはそれが痛い程に分かっていた。同時に二箇所の風穴、それ自体は問題ではない。ロナウド程の練度で身体治癒を施せば傷口は簡単に塞がる。
問題はその出血量。魔力で血液を創造する事自体は可能だが、それを加味しても一度に失った血液があまりに多い。立て直すのに数十分は必要だろう。だが不自然な事に今の彼は平然としている。まるで先程の傷が無かったかのように。
「二人共、いいかな?」
「何だ、急に止まって……」
「二人は先に逃げてくれ。三人の星騎士から応戦せず逃げ切るのはほぼ不可能。だから……僕が残って応戦する」
ロナウドの覚悟が伝わってくる。だがその申し出はあまりに無謀なものだった。
「そんな……ダメだよ!」
「オレも同意見だ。オマエが強いのは知ってるが、流石に自殺行為だぞ」
ロナウドは強い、それこそ他星騎士と一対一であれば圧倒出来るだろう。だがそれでも三人を相手にして、無事で済むとは思えなかった。
「大丈夫、危なくなったらちゃんと逃げるから。頼むよ」
「……ロナウド、オレは、足手纏いか?」
その瞳には懇願が現れていた。きっと自分は足手纏いなのだ。アトラスにそう思わせる程、彼の眼は真剣だった。自分がいればロナウドが本気で戦う事が出来ない。合理的に考えてロナウドをここに置いていく事が、全員が生き残る上で正しい行いなのだと、そんな思考がアトラスの脳裏を駆ける。
だがそれでいいのか。それは友に対する行いとして正しいのか。アトラスのその想いに、ロナウドは沈黙で返した。それが彼を傷付ける事になると分かっていながら。
「……そうか、分かった。行くぞアルカナ」
「えっ……待って! 一人で置いてくの⁉」
「アルカナ、大丈夫。ここを出たらまた逢おう。絶対、生きて帰るから……」
「そんな――」
ロナウドはそう言って自身を白い雲の欠片へと姿を変えた。恐らくは観測室から出た段階で共に居たのは彼の分身体だったのだ。だから彼は致命的な傷を与えられても平然としていた。そもそも風穴を開けられたのは本体であって分身ではないのだから。
残された二人の間に沈黙が流れる。両者共、本心では理解していた。自分達は彼に見合う人間ではないと。それが、その悲しき現実が、浮彫りにされた気がした。
ロナウド達が消えた観測室で、ジャックは当惑しながら叫ぶ。
「今すぐ追え! 早くしろ!」
自身を脅かす可能性を持った三人の人間が、万全な戦力を整えていたにも拘わらず逃げてしまったのだ。焦るのも無理は無い。統合国家ソラリスに自らの悪事を報告されれば彼は御終いだ。投獄されるだけであればまだいい。ジャックの犯した罪はこの上なく非人道的だ。彼以外の四星剣は許せども、直属の部下たる星騎士団が許さない。たとえ国家の為であってもそれを許す団体ではないのだ。真実が露呈すればジャックに未来が無い事は明白だった。
「心配せずとも、僕はここにいるよ」
そんな心配を覆すように、彼らの眼前にロナウドが姿を現した。居るのは彼一人だけ。どうやら囮となってこの場に残ったらしい。
「何? お前一人か? 他はどうした」
「先に帰ってもらったよ。悪いけど、あの娘を生贄にあげる訳にはいかない」
ロナウドは腰にかけた両刃の剣を解き放つ。銀色の刃は暗い通路の中でも輝きを放ち、白い煙のようなものを発していた。
「無謀な賭けを……貴様の事は知っている。雲を操る星騎士。星騎士団長に継ぐ才を持つとされるその実力、過信したな」
白い煙の正体は『雲』だ。彼は魔力で生成した雲を戦闘に用いる。だがそんな、言ってしまえば弱そうな魔法で、彼は星騎士団内の力関係に於いて大多数の他を圧倒していた。
「そうかな? あまり分の悪い賭けでは無いと思うけれど……試してみようか」
「抜かせ。偽善者が」
こうしてロナウドと三人の星騎士の戦闘が始まった。一人一人の戦闘能力はアトラスよりもやや劣る程度。だが三体一という不利な現状が、三人の星騎士に勝利の確信を抱かせていた。
薄い白雲を纏った金髪の男が瀕死の星騎士三人を見下している。冷たく鋭いその瞳の先、次なる標的であるジャックの恐怖を掻き立てながら。
戦闘は長く続かなかった。その時間、僅か三分。敗色濃厚と思われた戦闘は他全員の思惑に反し、ロナウドの圧勝で終わったのだ。
「な、まさか……ここまで」
「ふぅ、何とかなったか」
ロナウドは肩を回し、余裕の表情を浮かべている。彼らの敗因は明らかだ。実力差がありすぎた。
「たかだか一人の星騎士に、三人全員がやられるなんて……」
傍らで一連の攻防を見ていたジャックは慄いている。何せ、同じ位を与えられている筈の彼らが手も足も出なかったのだ。最大の恐怖はロナウドには相手の生死に気を配る余裕があった事。倒れる星騎士達は、低い呻き声からも分かる通り生きている。内臓や骨、四肢の欠損等、一般人ならば致命傷足り得る負傷はあるが、どれも星騎士ならばギリギリ耐えられる程度の傷だ。
「大人しく投降しなさい。貴方にも、この星騎士達にも、相応の罰を与えなくてはならない。ちゃんと罪を告白してもらうからね」
彼の信念は『力有る者こそ、他者の為に生きる』その信念を持っている限り、彼がジャック達に私刑を与える事は無い。国家の下す罪の裁定以て、正しい罰を与える。少なくとも、ジャックには陰謀に加担した全ての人間を吐いて貰わなくてはならない。彼だけは今殺す訳にいかないのだ。
「ふ、ふふ、こうなれば……」
「何を……」
ジャックは淡い光を放つ宇宙樹を背に、下卑た笑みを浮かべている。その怪しげな笑みからは、何か奥の手を隠しているような予感を覚えた。今すぐ止めなければ取返しのつかない事態を呼ぶ、そんな悪寒と共にロナウドは剣を構える。
「正直な所、お前は候補では無かったんだが……仕方が無い」
そう言ってジャックはある装置を起動した。数多くの人々、彼らの運命を変えた装置を。
暗く湿った階段を上るアトラス、その腕の中には涙を浮かべるアルカナが抱えられていた。彼女はロナウドの分身が消えた直後から啜り泣いている。その先に待つ、不幸を想像して。
「待って……止まって!」
「ダメだ……止まればオマエはアイツを助けに行くだろう! 分からないのか⁉ オレ達は足手纏いなんだよ!」
その言葉を聞くまでもなくアルカナも理解していた。日々特訓しているとはいえ、未だ戦闘能力乏しい彼女は言わずもがな、アトラスにしてもロナウドを助けるには力不足なのだ。彼だって戻りたいと思っている、痛い程に。脇目も振らず友の元へと駆け出したい。だがそれが友自身の命を危ぶむ可能性がある以上、おいそれと戻る訳にはいかないのだ。
「……分かってる、分かってるけど! それでも……」
「いいか? オレだって助けに行きたいさ。だがオレ達には力が無い。行ってもアイツの身を危険に晒すだけだ!」
両者の想いは通じ合っている。アルカナにした所で、自身の実力不足はひしひしと実感しているのだ。だがロナウドを想う気持ちが、その理性を押しのけていた。
「それでも……私にはあの人しか……あの人しかいないんだ。足手纏いなんて関係ない。お願い降ろして……お願い」
自身に言い聞かせるように、アルカナはアトラスに懇願する。その瞳の奥にあったのは恐怖だった。嘗て荒野で感じた恐怖。それが蘇りつつある。それが少女を震えさせていた。
「クソ…………」
アトラスはアルカナをそっと降ろす。彼女の想いに負けた、と言うより、自身が現場に戻る口実を捜していたのかもしれない。暴走したアルカナを連れ戻す為ならば、自身も戦闘に参戦出来る。彼の心の奥には、そんな思惑があったのだろう。
初めてだった、アルカナが自身の想いをアトラスに対し赤裸々に語った事も、彼女が涙を流す姿を彼に見せる事も、彼女が彼に懇願する事も。それだけ追い詰められているという事なのだろう、他者を頼る事に慣れない彼女がそうせざるを得ない程に。そんな彼女の涙から伝わってきた事実が、彼に生まれて初めて大地を焦がす程の憤りを感じさせていた。
自身の手を離れ必死に走るアルカナの背を見つめながら、アトラスは茫然と立ち尽くす。怒りとそこから来る困惑を抱えながら。
「そん……な…………」
アルカナが現場に戻った時、彼女の目に入ったのは二本の太い樹の幹がロナウドの体を貫いている光景だった。
「残念だったな、これは貴様にも避けられなかっただろう。何だ? その眼は。やけに反抗的だな?」
「これは……何だ」
ロナウドの心臓と肝臓を貫通しているその幹は宇宙樹のものだ。だが彼が避けられなかった筈は無い。単なる超スピードというだけでは、彼の反射速度を上回るとは到底思えないのだ。吐血しながら、彼自身もそれを不思議に思っているようだった。
「接続機さ。貴様の死体を宇宙樹と繋げ、それを魔力集積機とする。当初の狙いとは異なるがまぁいいだろう。貴様でも恐らく、二十年ならば保つ。避けられなかったのは宇宙樹が貴様の技量を上回ったからだ。第三宇宙樹アルカイド、それは常に嵐を纏い、暴風を巻き起こす。貴様が戦闘中常に纏っている雲のベール、それをアルカイドの幹は暴風で掻き消した。自身の才能を過信したな」
ロナウドの体を貫いたもの、それは彼自身の油断が生んだものに他ならない。彼は常時、雲の防壁を体に纏っている。それが破られた事は未だ嘗て無い。その上、今回最期に残った敵は戦闘能力を持たないジャックだ。彼は油断してしまった、彼の前では回避行動をとる必要すらないと。
「クソッ、このジジイが! ロナウド! 大丈夫だ、今助けに行く‼」
友を見下すジャックに、駆け付けたアトラスが飛び掛かる。だが、その攻撃は透明なフィルムのような壁に遮られた。ジャックを倒す事はこの際さして重要でない。問題はその透明なフィルムのような壁がアトラスとロナウドの間を遮り、彼の救出を困難としている事だ。
(クソクソクソォ! 何だこの壁は!)
怒りに身を任せ何度も壁を殴るが、ヒビ1つ入らない。怒りと共にアトラスは恐怖を感じていた。傷は怖くない、自身の死も怖くなどなかった。そんな彼が初めて感じた友の死という最大の恐怖。それが彼の眼前まで迫っている。
「残念だったな。この壁は魔力を無効化する希少物質で出来ている。貴様では割れん。遺言だけでも聞いたらどうだ? じゃあな、地上で待っているぞ」
そんな不愉快な言葉を残し、ジャックはその場を去る。突如として彼の足場が動き、エレベーターとして地上へと昇っていったのだ。今なら追える。確実では無いが、捕まえられるかもしれない。だが同時にロナウドとアトラスらを分断していた透明なフィルムが消失している。突き付けられた二択に対し、もはや選択肢など存在しなかった。
「ロナウド……そんな」
「アルカナ…………ごめんね、しくじっちゃった。こんな筈じゃあ無かったんだけど……」
アトラスだけではない、魔力を扱い始めて日の浅いアルカナにすら理解出来た。ロナウドはもう、長くない。そもそも心臓を貫かれて生きている方がおかしいのだ。彼でなければとっくに死んでいるだろう。
「そんな、まだ助かるよ。そうでしょ?」
「いや…………これは……」
「アルカナ、アトラスを困らせないであげて。もう、僕は助からないよ。ごめんね、ジャックを倒してから死にたかったけれど、どうやらそれは叶わないらしい。役割を全う出来ず、すまない」
アトラスに懇願するように聞くアルカナを、ロナウドは苦し気な顔と声で制止する。ここまでの負傷、彼にはどうする事も出来ない。それを痛感しているからこそ、アトラスは唇を噛み苦悶の表情を浮かべているのだ。その表情からは力を持つ者としての責、それを成し遂げる為の信念、そして家族を置き去りにしてしまう事、それらが半ばで潰える事への自責が感じられた。
「アルカナ、聞いて……」
「いや、いやだよ……ロナウド…………」
「アルカナ、聞いてやれ」
これがロナウドの最期の言葉になる。アトラスには、それを察し、涙を流すアルカナに言い聞かせる事しか出来なかった。
「…………僕が言い残す事は、たった1つだけ。アルカナ、アトラス、二人で助け合って生きて。どちらかが、闇へと戻ってしまわないように。どちらかが、悲しまないように。ずっと二人、支えあって生きて。それが僕の願い」
ロナウドの瞳からは既に光が失われつつあった。きっともう数刻の猶予も無い。その残酷な現実が、二人を苦しめる。
そんな哀しみに応えるように、ロナウドは最期の言葉を残す。自身がいなくとも、残った二人で支え合うように。それが二人にどれだけの傷を残すのか分かっていながら。二人が強く、幸せに生きていけるように。
「そんな…………私は貴方がいないと…………」
「大丈夫だよ。二人共、僕が認めた。かけがえのない、家族だから……」
その言葉にはアルカナへの愛情が込められていた。家族としての、親のような愛が、それには込められている。彼女の気持ちには気が付いていた。それに応える事が出来ない、そんな謝罪を心の奥にしまいながら。
「いや、ダメ、私を置いていかないで! いやぁぁ!」
ロナウドの身体が光の粒子へと変わり、宇宙樹の幹に吸い込まれていく。冷たくなった彼をアルカナはずっと抱き締めていた。彼女の細い腕は光となった彼の身体を突き抜ける。彼女の悲痛な想いを裏切るように。
殆ど閉じた瞼の間から、ロナウドはアトラスを見つめていた。彼の心にも後悔はある、哀しみもある、だが懸念は無い。アトラスの瞳を尚も見つめる、彼にならばアルカナを任せる事が出来ると信じて。
言葉はいらない。それを介さずとも、友に想いは通じていた。
ロナウドが死に、第三宇宙樹アルカイドの欠片に吸収された後、アルカナはあまりのショックに気絶してしまった。無理もない、彼女を抱えるアトラスでさえ、今にも倒れてしまいそうな程だったのだから。
「漸く上がって来たか、他の星騎士共はどうした? 殺したのか」
重い足取りで地上へ向かうと、そこで待っていたのは完全武装の兵士数十名。彼らは手に持った小銃の先をアトラスに向けている。兵士達を率いていたのは、地上へと逃げたジャックだった。
「興味無ぇよ。あんなカス共の命なんて。殺すつもりか? オレ達を。舐められたもんだな。てめぇら如き、少女一人抱えたまんまでも軽く捻れる」
ロナウドが倒した星騎士達、彼らの命は死の寸前で繋ぎ止められていた。恐らく、ロナウドは事件の罪を死以外の形で償わせようとしたのだろう。その信念に共感する事は出来ないが、せめて尊重したいとアトラスは思っていた。
瀕死の彼らを殺す事など容易い。だがそれをしなかったのは、ロナウドを殺された怒りよりも彼が殺された精神的ショックの方が大きかったから。彼の信念を踏み躙ってまで、自身の感情を優先させる気力は無かったのだ。そのショックの大きさは、アトラスの生気の抜けた顔が証明している。
「いいや? アトラス・サンダーボルト、貴様には他星騎士の引退によって出来るであろう穴を埋めて貰いたい」
「何をバカな事を……誰がテメェなんかの下に付くかよ! テメェの為に働くくらいなら、死んだ方がマシだ!」
ジャックはあろうことか、アトラスに政府の星騎士として働くよう求めた。眼前で友を殺しておきながら、図太いなんてものではない。勿論断った。利益の為に彼の下に就くくらいならば自死を選ぶ。友と生気を失ってはいたが、矜持まで捨ててはいない。
「そうか? ロナウドとの約束はどうする? 『支え合って生きる』何とも素晴らしい遺言だった。涙腺が緩んだよ」
「テメェ――」
ジャックは尚も煽るように言う。彼がロナウドの遺言を知っているという事は、地下に盗聴器か監視カメラのどちらか、またはその両方が仕掛けられていたのだろう。命を奪うだけでは飽き足らず、ロナウドの遺言まで穢すつもりなのか、そんな想いを煮えたぎる程の怒りが押し出していた。
「こちらの言う事を聞かぬなら、貴様だけでは無い、その娘も殺す。ここから逃げようと、貴様らに安寧など訪れない。選択肢は1つだけだと思うが?」
「…………クソッ」
ジャックはその下衆な思惑でアトラスの弱点を突いた。彼は遠回しにアルカナを人質に取ったのだ。
兵士達はジャックお抱えの特殊部隊だろう。この場を切り抜けるのは訳無い事だ。だがここで逃げれば彼らはアトラス達を都市全土で指名手配する筈。そこには勿論アルカナも含まれ、彼女の生死を問う事はない。いくら星騎士とはいえ、都市内で執拗に追われれば彼女の命を保証する事は出来ないだろう。
(この場合、どんな選択が正しいんだろう。オマエの遺言を成し遂げるなら、コイツの申し出を受けるべきなのか? それとも…………)
アトラスはまたも、迷った。ロナウドの遺言、それを全うする為にすべき事。苦悩の末、アトラスが出した答えは…………。
「オマエの……申し出を受ける…………」
アトラスは苦渋と共に、敗北を味わった。政府のトップは既に懐柔されている。ここから逃げれば、今回の一件、その全ての罪をアトラス達が被る事になるだろう。そうなれば彼らの言い分を聞く者はいない。都市外に助けを求めたとしても、彼らの訴えは統合国家ソラリス本島には届かず、四星剣に揉み消される。
アルカナを危険から遠ざける為に、普通の生活を送らせる為に、アトラスはその申し出を飲んだ。その考えが自らに対する言い訳だと分かっていながら。




