第11話 家族
ロナウドに救われてから数か月、アルカナは彼の任務に同行していた。任務内容は単純、だがそれ故に至難を極める。曰く、その任務は人探し。広大な都市からたった一人を見つけるその任務は、想像以上に困難なものとなった。
任務は長期を想定したもの。ロナウドには対象人物の捜索任務に上乗せされる形で、数々の任務も課せられている。そんな事実を聞いた時、アルカナは彼の仕える統合国家ソラリスが嫌がらせでもしているのかと考えもしたが、直ぐにそれが間違いであると分かった。
ロナウドは心優しく、何より強かった。第三地区での任務は新興宗教撲滅、巨獣退治、極悪テロリスト抹殺等、それらの任務を間近で見ていたからこそ分かる。ロナウドは任務であろうがなかろうが弱者を見捨てぬ清き心を持ち、戦闘において何人にも負けぬ力量を持ち合わせていた。
そんなロナウドに政府は甘えているのだ。彼であれば過酷な任務であっても、嫌な顔1つせず熟すと分かっている。短い付き合いではあるが、命の恩人が体良く使われているその現状にアルカナは静かに苛立っていた。
アルカナはこの数月の間、魔力の扱い方をロナウドから学んだ。彼は本来、アルカナを国の運営する施設へ移送する予定だった。彼女の瞳から魔法の才があろう事は察していたからだ。施設に送れば正しい力の扱い方を学べると考えた。だが他ならぬ彼女それを望まぬ以上、力の扱いを教えるのは自らの役目だと認識している。
任務や日々の特訓は、アルカナに備わっていた星騎士としての類稀な才能を開花させていく事になる。この才能が未来の都市を滅ぼしうるとはつゆ程も知らず。
そしてその数ヶ月の後、二人は遂に捜索対象を見つける事となる。
二人は対象人物捜索の最中、ある噂を聞いた。なんでも第三地区の魔獣や盗賊を、任務などとは一切の関係無しに討伐している男がいると。彼は周辺住民から畏敬の念を込めて『雷帝』と呼ばれているのだとか。
そんな雷帝が住み込んでいるという酒場に、二人は訪れていた。そこは人里離れた荒野にあり、数年前に廃れたであろうその外壁はペンキが剥がれ、建て付けの悪い看板は今にも落ちそうだ。まるで人が居ないかのような雰囲気を感じさせるが、ロナウドは確かに建物内部に潜む強者の気配を感じとっていた。落ち着いているようで雷のような荒々しさを感じる強い魔力の気配だ。
「ここで待っていても良いんだよ?」
件の人物が温厚である可能性は低い。ロナウドは優しくアルカナに提案する。
「いえ、私も行きます」
「……そっか、まぁ何かあっても僕が護るよ。それじゃ行こうか、離れないでね?」
ロナウドの提案を即否定するアルカナ。この数ヶ月、彼女は一切彼の傍から離れようとしなかった。刷り込みを済ませた雛鳥が如く、彼女は彼にゾッコンだったのだ。その為即答するアルカナに今更驚いたりはしない。まだか弱い彼女は自分が命を賭して護ればいいのだ、そんな優しい思考が彼女を狂わせていく。
「は、はい!」
ロナウドの眩しい程の笑顔にアルカナは赤面し、緊張しながらも返事をする。彼女もまた、自身の心に気付いてはいなかった。
酒場の中は案の定廃れていた。店主どころか客の一人もいない現状を見るに、今は営業していないようだ。だが並べられた酒の数々、食器や調度品はどれも丁寧に管理されているように見える。誰かが頻繁に出入りしているのは瞭然だ。極め付けはレコードから流れるジャズミュージック、ここに住み着く男の趣味が良く分かる。
ロナウドとアルカナが室内を見渡していると、店の奥から一人の男が出て来た。酒瓶を持ち歩くその男はこちらを軽く一瞥した後、何も言わずカウンター席に座り、グラスに酒を注ぎ始める。
男の歳は十代後半といった所か。二十五歳のロナウドよりも年下である事は間違いない。目付きが悪く、身長は百七十と少し、濃紺の髪と深紅の瞳を持つ。ロナウドが捜している人物の特徴と合致していた。
「君がアトラス・サンダーボルトくんかな?」
「……オマエみてぇなマヌケ面、知り合いにいねぇ。話し掛けんな」
アトラスと呼ばれた青年はグラスを傾けながら、隣席に座るロナウドへ言い放つ。粗野な態度は今すぐに踵を返して眼前から消えるよう訴えかけているかのようだ。そんな命の恩人への不遜な態度が、近くに座るアルカナを苛立たせている事に彼は気付いていない。
「僕の名前はロナウド・アストラエア、君と同じ星騎士だ。君を連れ戻しに来た」
ロナウドはアトラスの態度に少しもへこたれず自己紹介を始めた。机の上に差し出された純白の星剣証と、星騎士という単語にアトラスが少し反応を見せたのが分かる。
「そうかい、こんな所までご苦労なこった。帰んな優男、ここはテメェの来るようなところじゃあねぇ。それに……戻る気は無い」
「そういう訳にはいかない。君を連れて帰る事が僕の役目だ」
「それは上の命令か?」
「上っていうのは団長や副団長の事かい?」
「そうじゃない、オレが言ってんのはここの政府の偉いさん達の事だ。分かってんだろ」
星騎士への命令権を持つ地位の人間は大きく分けて二種。1つはロナウドの言う統合国家ソラリス本島の権力者達、もう1つはアトラスの言った通りこの都市の政府上層部だ。
「ハハハ、ごめんね? 僕は彼らを上司とは認めていないんだ。だがこの役目は君の言う通り彼らの望みでもある」
ロナウドは軽く笑いながら言うが、その発言内容は星騎士とは思えないものだ。政府に不信感を持つ人間は大勢いれど、星騎士は政府直属の戦闘部隊のようなもの。あからさまな反感を表に出す人間も珍しい。ロナウドは政府に不信感を抱いている筆頭人物なのだろう。
十一年前のこの日この場所においても、都市には地区制度が存在する。唯一異なるのは魔力ではなく、金銭によって棲み分けが為されている事だ。都市創立時そこに元々住んでいた先住民、故郷を失った避難民、都市運営の観点を重視し彼らは差別なく金銭を以て居住地区を分けられた。ロナウドはそんな制度によって開き続ける大きな貧富の差、それを改善しようとしない政府に忠義を示す事なぞ出来なかったのだ。
「クハハ、オマエそんな事を言えばオレみてぇになんぞ。クソジジイ共は何て?」
アトラスはロナウドの態度が気に入ったのか、あからさまに機嫌が良くなった。彼と自身は同族なのだと認識したのだろう。
「『君の力が必要になった、連れ戻せ』と」
「自分らでクビにしといてよく言うぜ。それにアンタはオレの後任だろう? 人手が足りてるならいいじゃねぇか」
ロナウドの言葉にアトラスは笑い飛ばしながら答える。彼は数ヶ月前、星騎士の任を降ろされた。それを決定したのは政府上層部の数人、彼はある不敬罪で強制的に追放されたのだ。ロナウドはクビになった彼の代わりにこの都市へ配属された。政府は後任を据えて彼を完全にお払い箱としたのだ。その上で、今回上層部は理不尽によって追い払った彼を今度は自分達の都合で呼び戻せというのだから、不愉快極まりない。その図太さを前にしては、当の本人たるアトラスも笑うしかないらしい。
「何があったんですか?」
そう聞いたのは、不思議そうに会話を聞いていたアルカナだ。
「ん? そういや誰だそのガキは。オマエの子供か? ここは酒場だぞ。そもそも任務にガキ連れて来んじゃねぇよ」
アトラスは正論でロナウドを問い詰める。正直、彼の言う事はロナウドが初めにアルカナに対し言った事。ぐうの音も出ない正論だ。
「いや、この子は――」
「アルカナです。子供扱いしないで下さい」
アルカナは会話での不躾な態度、その傲岸不遜な態度への苛立ちと、子供扱いをされた事に不機嫌を示しながら返す。
「この子は僕の助手だ。事件調査を手伝って貰ってる」
ロナウドに同行するアルカナは、任務時は助手という体で通っている。幼い彼女では任務の本格的な手伝いは出来ず、寧ろ世話を一方的にされているに過ぎないが。
「助手ね……待て、コイツの眼は……魔眼か? 変わり者の助手も変わり者か……」
魔眼、それは魔力を多く持つ人間がごく稀に発現する力。本来であれば内包魔力が人体の許容量を超えた時、人体という器はその圧力に耐えきれず自壊する。だがその許容量を生まれながらに飛び越え、尚且つ自壊しない器を持つ者が存在する。彼らの体は許容量を超えた魔力を頭や背など、体の至る箇所を特異な形に変化する事で自壊を逃れた。その変化が瞳に現れたものが魔眼だ。
魔眼に限らず変容した箇所には強力な独自能力が宿るとされているが、その希少さ故に一般人には認知されず迫害される事もしばしばある。
そんな背景事情もあり、ロナウドの提案からアルカナは常時色の濃いサングラスをかけている。未だ魔眼への差別意識強いこの都市で彼女の瞳は目立つ。その為、サングラスで瞳を隠しているのだ。
「魔眼持ちなんぞ、おやっさん所の娘さん以外で初めて見たぜ。大事にしろよ、嬢ちゃん」
アトラスが今回したように、注視されればサングラスで隠しているとはいえ流石に気付かれてしまう。だが彼はアルカナの魔眼に気付いて少し驚く、それだけだ。彼もまた魔力に精通する者の一人。根拠のない差別意識を持ってはいないのだろう。
アトラスが真に驚いたのはそんな彼女を連れているロナウドに対してだ。好奇の眼を向けられるのを分かっていながらアルカナを連れ歩く彼は、他の人間とは違うものをアトラスに感じさせた。
「それで結局何があったんですか?」
アルカナはそれ以上何も言ってこないアトラスを不思議に思いながらも、話を続ける。
「……オレは上層部と、この都市の政府と相性が悪かったんだ。大体6か月前、魔学大臣をぶん殴っちまって罪人と通告され、退団を求められた」
アトラスはある理由から、当時の魔学大臣ジャック・マクシミリアンに暴行を加えた。その理由は被害者本人によって秘匿されているが、アトラスの人間性を考えれば、それが上層部の非によるところなのは明らかだ。
「団長は君を護ろうとしただろう? 四星剣の中にも庇ってくれた人はいた筈だ」
当然、優秀な星騎士を簡単に退団させまいと、アトラスを庇った者はいた。そもそも一都市の権力者風情に、星騎士を退団させる権利などありはしないのだ。
「アンタ、オレより年上だろう? それにアンタが見せた星剣証、オレよりも発行年が古い。星騎士としての歴もアンタの方が長いって事だ」
星剣証には発行年が記載されている。それは入団時の年月日と同日のもの、ロナウドの入団日はアトラスよりも前だった。
「君の言う通りだ。僕が星騎士団に入ったのは2014年、今から五年前だ。三年前の君よりも歴は長い」
「なら重々承知だろう? この都市は未だ星騎士に対する不信感が強い。オレの行動はその信頼を更に堕としかねないものだった。幸いアイツらはオレが星騎士を辞めれば事実を公表しないと約束した。だから退団の申し出を飲んだんだ。実力を見込んで星騎士に登用してくれたおやっさんに迷惑かける訳にはいかねぇ。これはオレなりのケジメなんだよ」
星騎士の力は一般人から見れば恐怖の対象でしかない。この時代では特に、彼らに対する不信感は強かったのだろう。魔学大臣を殴ったという報道が為されれば、その感情は加速したに違いない。彼の言うおやっさん、つまりは星騎士団長に対し迷惑をかけまいとするアトラスの行動は、殴ったという事実、そこから伝播するであろう被害までを自身の身1つに押し付ける為だったのだ。
「何故殴ったか聞いても?」
「……統合国家ソラリス創立時、それ以前の国々は諍いをやめた。権力者には人格に問題の無い、実力のある者達が選ばれた。だがどんなに表面を取り繕っても、それまでの癌が消える事は無い」
ロナウドはここまでの会話から、アトラスが意味も無く他人を殴るような人間には見えなかった。その行動には何か納得出来る理由があったと思わせる。
「オレがぶん殴った魔学大臣……ジャック・マクシミリアンはこの都市の人間を何とも思ってはいない。奴は魔力工学の研究に第三地区民を使おうと言い出した」
この時代、障壁こそないものの金銭を持たない者は第三地区の片隅で、質素な生活を送っている。魔獣による被害の絶えない地域、人が突然消えようと気にかける者はいないだろう。ジャックは彼らを使い人体実験をしようとしたのだ。
「当然、初めは言葉で止めようとしたさ。だが奴は、その穢れた思想を変えるつもりは無かった。言葉以外にオレが使える交渉手段はたった1つだけだ。まぁそれも、意味は無かったが」
アトラスは酒を飲み、拳を怒りで握りしめながら言う。
ジャックとは何度か会った程度の関係性だが、彼が他者を下に見ている事は、ロナウドから見ても明白だった。だがまさか、人間を資源としか捉えていない程だったとは。
「それでも、僕らには僕らの、君には君の役割がある筈だ。ここで燻っているだけでそれは果たされない。上層部が恥を忍んで君を呼んでいるのは、戦力を必要としているからだそうだ。第三宇宙樹アルカイドを討滅する作戦を実行する為らしい」
上層部は恐らく、ロナウドの事もただの駒としか思っていないだろう。だが何もここに来たのは彼らの頼みであったからだけではない。アトラスの力を必要としているのは彼とて同じなのだ。宇宙樹討滅を至上命題とする彼にとって、アトラスの力はどうしても欲しい。多くの命を奪い、不幸を振り撒くそれを倒す事が、ロナウドの役割と感じている。それは彼とて同じ筈なのだ。
「第三宇宙樹アルカイドの討滅……! 成程、何でアンタがオレを捜しに来たか漸く分かったぜ。それにしても……燻っている、か。言うねぇ、ぐうの音も出ない正論だ。だが俺の答えは変わらない。あの男の下で戦うなんて御免だね」
俯きながら答えるアトラスにも自身の役割、求められているそれが何かは分かっている。彼の力は人を助ける事が出来る。彼がこの地区にいても人助けを辞めないのは、彼の善性がまだ死んでいない事を表しているのだ。燻っているという判断はアトラスの置かれた現状を的確に表しているだろう。
「何も、ジャックの下で戦えとは言わない。僕の下で戦え。僕の行動理念は人を救う事だ。ここなら君のやりたい事も出来る筈だけど。どうかな」
「……オレは、またジャックが人道に背くような事があれば変わらず殴るぞ。それでもオレを傍に置くか?」
アトラスはロナウドを試すような言葉を吐く。だが分かっていない。ロナウドという男がどんな人物か、彼は優しい心を持っていながらこの上無く我儘なのだ。
「勿論その時は僕が庇うよ。僕には君の力が必要だ。無論暴力を許容する訳では無いが、僕にとって大切なのはそこに納得出来る正義があるかだ。君の中にはそれがある。だから僕の仲間に……いや、違うな。僕はお前が欲しい。僕の物になれ。アトラス・サンダーボルト」
ロナウドの行動理念はアトラスのそれと似通っている。ジャックを殴った理由も、彼自身が他人を貶める人間を許容出来なかった事にあるのだから。彼のような人間こそ、これからの戦いには必要なのだ。その確信に満ちた瞳はそれを見透かしていた。
ロナウドは手を差し出す。その手をアトラスは必ず掴むと、彼には分かっていた。
「ク、クハハハハ! 大口を叩くじゃあないか。僕の物になれ、か。随分と我儘な野郎だ……いいだろう。だがお前がその理念に反した時、オレはお前を殺す。それでもいいか?」
アトラスは高笑いをしながらその手を掴む。理念には感銘を受ける、共感も出来る、だが口ではどうとでも言える。だからこそ彼は試す。ロナウドの理念が本当に本心からのものか。平然と虚言を吐く卑怯者では無いか。
「ああ、それでいい。よろしく、アトラス。これで僕らは家族同然だ。君の信念は僕が護る、だから君は僕の信念を護れ。宇宙樹を狩る為に……無辜の人々を救う為に」
ロナウドはアトラスの予想に反して透き通った目で彼の手を握る。その瞳にはアトラスが予想したような邪な想いなど、一切無かった。彼は本心から他者の心を救おうとする強く聡い人間だ。だからこそアトラスは彼に惹かれた。その曇りなき光に。
「この脅しにも屈しないんじゃあ、オレの負けだな。上手く使え、ロナウド・アストラエア。嬢ちゃんも、よろしくな」
アトラスの眼からは退屈が消え去ったかのようだ。それを見るアルカナには分かっていた。彼もまた、ロナウドという光に焼かれた者なのだと。アルカナとは意味合いが異なるが、アトラスはロナルド・アストラエアに惚れ込んでいた。
ロナウドという光が、彼らを家族たらしめた。異なる境遇の彼ら、本来交わる筈の無い彼らを、ロナウドが結んだのだ。




