第七章 謝罪は難しい
翌朝。
蓮は一睡もできなかった。
魔王軍の転移門を壊した夜より、英語の教科書が欲しいと思った夜はない。
クレールは早くから荷物をまとめていた。蓮と目が合うと、すぐに視線を外す。
「Claire」
彼女は立ち止まった。
蓮は昨日から何度も練習した言葉を口にする。
「I am sorry」
「……」
「Yesterday。Battle。I……」
続かない。
蓮は傷を指差し、治療する真似をした。それから手を横へ振る。
「No heal。Now、no heal」
クレールが蓮を見る。
蓮は彼女を指し、首を大きく横へ振った。
「Not you。Not Claire」
そして、自分の胸へ手を当てる。
「I need you」
クレールの目が少し開いた。
「I need you。Very……very need」
文法が正しいかは分からない。たぶん間違っている。
「Stupid English。Sorry」
蓮は頭を下げた。
しばらく返事はなかった。
やがて、頭の上へ軽く手が置かれる。
顔を上げると、クレールが困ったように笑っていた。
「Stupid English」
「自分でも分かってるよ」
「But……important」
クレールは自分を指し、次に蓮を指した。
「Friend。Important」
「うん」
「Important」
「Yes」
その日から、二人は互いの言葉を教え合うことにした。
蓮が日本語で「右」と書き、その隣に英語でRightと書く。
クレールはフランス語でdroiteと書いた。
「これは読めないな」
「Do-roa-to?」
蓮の発音に、クレールが吹き出す。
「笑うなよ。日本語だって難しいぞ」
蓮は「大丈夫」と紙へ書いた。
「Daijoubu」
「Good」
今度はクレールが「Merci」と書く。
「メルシー。これは知ってる」
「Merci」
「ありがとう」
「Arigatou」
シポも途中から加わった。彼は英語をいくらか話せたが、発音と使い方が蓮の習ったものとは違うこともあった。それでも三人で紙を囲み、絵と身振りを使えば、少しずつ意味は増えていった。
アウリは参加しなかった。
蓮が呼ぶと、森の方角を指して肩をすくめた。言葉を覚えるより、相手の目と手を見ればいいと言っているらしい。
「あいつはあいつで完成してるんだよな」
クレールには分からない。
「?」
「Nothing」
その単語を使うと、クレールは少しだけ疑うような顔をした。
蓮は笑った。
謝罪は難しい。
けれど、間違った言葉を放置するよりは、何度でも言い直す方がいい。
四人が覚えた言葉は、まだ数えられるほどしかなかった。
それでも前日よりは、確かに互いへ近づいていた。




