第五章 賢者は魔法を使わない
村を出て北へ向かう途中、一行は小さな集落で足止めされた。
熱を出して寝込んでいる者が十人以上いるという。
クレールはすぐに治療を始めた。白い光で高熱を下げ、呼吸の苦しい者から順に診ていく。しかし患者の数が多い。全員を治癒し続ければ、彼女の魔力が先に尽きる。
シポは治療の輪から離れ、集落の周囲を歩き始めた。
「どこへ行くんだ?」
蓮が声をかけても通じない。シポは手だけを上げ、そのまま森へ入った。
しばらくして戻ってきた彼は、数種類の葉と根を抱えていた。鍋を借り、葉を煮る。根は砕き、布へ包む。
「薬草、でしょうか」
ロベルトが尋ねると、シポは頷いた。
煮出した液体を患者へ飲ませ、熱の高い者の額には湿らせた布を置く。クレールも匂いを確かめ、一口だけ舐めた。何かをシポへ尋ねる。二人の言葉は通じないのに、患者の身体を指しながら何度かやり取りすると、それぞれの役割が決まった。
夜には、患者たちの呼吸が落ち着いていた。
「さすが賢者様です。治癒魔法とは異なる魔法をお使いになるのですな」
村長が感謝した。
シポは首を横に振る。
「魔法じゃないらしいです」
蓮が代わりに言った。
「薬草を知っていただけです」
「それほど多くの薬草を知ることこそ、賢者の証でございましょう」
翌朝、シポは村の井戸も調べた。水そのものではなく、共同の貯水桶に虫が湧いている。桶を洗い、飲み水を煮沸するよう身振りで教えた。
一行が再び北へ出発すると、シポは何度も足を止めた。
獣道を見つける。
木の幹へ残った爪痕から、大型の捕食者がいると判断する。
毛と糞を調べ、普通の獣ではなく魔獣が近くを通ったと示す。
どれも魔力を使った様子はなかった。
午後、街道の先に広い湿地が現れた。騎士たちは地図を確認する。
「このまま直進できます。浅い沼です」
先へ進もうとした兵士を、シポが強く引き止めた。
長い枝を拾い、泥へ突き刺す。
枝は抵抗なく根元まで沈んだ。
別の場所も同じだった。表面だけ草で覆われ、その下は底なしの泥になっている。
「地図では、確かに道なのですが……」
ロベルトが青ざめる。
シポは周囲の植物を見渡し、西側の高地を指差した。そこだけ生えている木の種類が違う。地面が固い証拠だった。
一行は大きく迂回し、誰一人沼へ落ちずに進むことができた。
「魔法を一度もお使いにならず、病を治し、魔獣を見つけ、道まで見抜かれた」
ロベルトが感嘆する。
蓮はシポを見る。
シポはただ土を払い、前を向いて歩いていた。
この世界では、知らない知識は魔法に見える。
そして魔法を使わない賢者は、誰よりも賢者らしく一行を導いていた。




