第九十七話:泥水に沈む執念と、迫り来る青の檻
「クソッ、動かねえ! 処刑隊の奴ら、水門の制御装置を物理的に破壊してやがる!」
大排水門の脇にある制御盤を操作していたアレンが、忌々しそうに操作レバーを蹴り飛ばした。
目の前にある城外への出口――巨大な鉄格子は完全に沈黙し、ピタリと閉ざされたままだ。
「どうするの!? 頭上を見て、街の魔法障壁がもうそこまで降りてきているわ!」
シェリアが焦燥に駆られた声で上を指差した。
大排水門の鉄格子の向こう側、ザルバの街全体を覆い尽くそうとする半透明のドーム状の障壁が、夜空からゆっくりと、しかし確実に降下してきている。あれが完全に地面と接してしまえば、内側からも外側からも一切の物理・魔力干渉が弾かれる絶対の檻が完成してしまう。
背後からは、地下水脈の崩落音と、さらに追手の衛兵たちが迫る足音が聞こえ始めていた。
「……退いて、アレン」
レイは背中の『封魔の黒鋼』を両手でしっかりと握り直し、巨大な鉄格子の前へと進み出た。
「おい前衛! いくらお前の剣が重くても、城壁と一体化したこのぶ厚い鉄格子を斬り裂くのは無理だぞ! 剣が折れるか、お前の腕がもげる!」
「斬るんじゃない。……『こじ開ける』」
レイは黒鋼の切っ先を、鉄格子と石造りの床のわずかな隙間に、ありったけの力で深々と突き立てた。
ギガガガガッ! と、鉄と石が削れる凄まじい音が地下空間に反響する。
「シェリア、両端の蝶番を撃ち抜いて、少しでも脆くしてくれ!」
「無茶苦茶よ……っ! でも、やるしかないわね!」
シェリアが魔導銃を構え、熱量を極限まで高めた『灼熱弾』を鉄格子の両端に連射する。赤熱し、強度が落ちた鉄の結合部。
レイはその瞬間を見逃さず、隙間に突き立てた黒鋼の柄を肩に担ぎ上げるようにして、己の背中と下半身のすべての筋力を解放した。
「う、おおおおおおおおおおおおッ!!」
黒鋼を『巨大なてこ』として使い、数トンはあるであろう大排水門の鉄格子を、下から強引に押し上げる。
ミシミシとレイの全身の筋肉が悲鳴を上げ、足元の石畳がその反発力に耐えきれずに砕け散る。だが、レイは絶対に力を緩めなかった。
「上がった……! 人が通れる隙間ができたぞ!」
アレンが叫ぶ。
「今だ! 人質の人たちを先に出して!」
レイが全身を震わせながら鉄格子を支えている下を、救出された他種族の奴隷たちが次々と潜り抜け、城外の川辺へと脱出していく。
最後に残ったのは、アレン、シェリア、そしてシロの三人だけとなった。
「よし、レイ! 俺たちが先に出る、お前もすぐに――」
アレンがシロの背中を押し、鉄格子の隙間へ向かおうとした、その瞬間だった。
――ボゴパァァァァァンッ!!
レイたちの背後、汚水の川が爆発したかのように大きく跳ね上がった。
水しぶきの中から飛び出してきた『巨大な異形の腕』が、レイが支えていた大排水門の鉄格子を上から鷲掴みにし、強引に下へと引き摺り下ろそうとしたのだ。
「なっ……!?」
レイの顔が苦痛に歪む。凄まじい重量が黒鋼にのしかかり、レイの膝がガクンと折れそうになる。
汚水の中から姿を現したのは、先ほど足場を崩されて水に落ちたはずの、特務処刑隊の片目の隊長だった。
しかし、その姿はもはや人間のものではない。
闘技場から流れ出た『人工の核』の暴走した魔力と汚水を全身に浴びた結果か、あるいは死の淵で自ら未完成の核を飲み込んだのか。男の右半身はおぞましい水膨れのように肥大化し、赤い肉とドス黒い血管が剥き出しになった異形の怪物へと成り果てていた。
「ニガ、サ、ナイ……ッ! キサマ、ラ……皆殺シダァァァッ!」
知性を失い、ただ殺戮の執念だけで動く肉塊となった隊長が、もう一方の異形の腕を振り上げ、鉄格子を支えて身動きの取れないレイへと迫る。
「レイ!」
「クソッ、ふざけやがって!」
アレンとシェリアが即座に迎撃に回るが、魔法障壁の青白い光は、すでに鉄格子の向こう側で地上まであと数メートルのところまで迫っていた。
タイムリミットが刻一刻と迫る中、重く冷たい地下水脈で、怪物と化した処刑隊長との絶望的な死闘が幕を開けた。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
すんなりと脱出とはいかず、異形と化した処刑隊長が最後の壁として立ちはだかる展開を描かせていただきました。扉を支えながらの過酷な防衛戦となります。
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降下してくる魔法障壁と、怪物との死闘。絶体絶命の危機をどう乗り越えるのか。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




