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大剣の冒険者 〜不格好な刃が紡ぐ英雄譚〜  作者: beck2026
第二部〜欲望の都と、檻の中の銀〜

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第九十三話:沈黙の鉄槌と、血濡れた掌

「……おい、このシート、ただのボロ布じゃねえぞ。魔力の色が見える」

 

入り口の光学迷彩シートが、乱暴な手つきで引き剥がされた。

薄暗い廃屋の中に、松明の明かりと、血走った目をした三人の賞金稼ぎたちが踏み込んでくる。

 

「シロ、目を閉じて、耳を塞いでいて」

 

レイはシロの耳元でそう囁くと同時に、影そのもののように音もなく床を蹴った。

 

「ん? なんだあそこの影――」

 

先頭の男がレイの存在に気づき、声を上げようとした瞬間だった。

暗がりから飛び出したレイは、大剣を「振るう」ことはしなかった。そんなことをすれば風切り音と壁を叩く轟音で、周囲の追手すべてを呼び寄せてしまうからだ。

レイが選んだのは、極限まで圧縮された暴力――巨大な鉄塊による『ゼロ距離の圧殺』だった。

 

レイは黒鋼の分厚い「平」の部分を、男の顔面に真っ直ぐに押し当て、そのまま全身の体重を乗せて壁へと激突させた。

 

――グチャッ。

 

水風船が壁で弾けるような、おぞましい破裂音。

悲鳴を上げる暇すらなかった。男の鼻柱は完全に陥没し、頭蓋骨が砕け、脳漿と鮮血が壁一面にドス黒い染みを作って飛び散った。首から上の原形を失った肉の塊が、ズルズルと音を立てて床に崩れ落ちる。

 

「なっ……!?」

「ヒィッ……!?」

 

あまりにも現実離れした凄惨な光景に、残る二人の男の思考が完全に停止した。

その一瞬の硬直が、彼らの命運を決定づけた。

 

レイは男の死体から黒鋼を素早く引き戻すと、間髪入れずに二人目の男の喉仏へと、大剣の硬い柄頭(ポンメル)を正確に叩き込んだ。

ゴキンッ、と硬い軟骨が粉砕される鈍い音が響く。男は声にならない血の泡を吹きながら、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「バ、化け物ォォォッ!!」

 

最後の一人が恐怖で発狂しかけ、手にした長剣を振り回しながら外へ逃げ出そうと背を向けた。

レイは容赦なく、その背中へ向けて漆黒の大剣を横薙ぎに一閃した。

 

ズバァァァンッ!!

 

それは斬撃というよりも、圧倒的な質量による切断だった。

逃げようとした男の胴体は、腰のあたりで真っぷたつに『千切れた』。切断面からは大量の臓物がどちゃりと床に零れ落ち、強烈な血と汚物の臭いが狭い廃屋に充満する。男の上半身だけが床を這い、ガハッ、ガハッと大量の血を吐き出しながら、数秒後に完全に動かなくなった。

 

わずか数秒の、完全な沈黙の殺戮。

しかし、その光景は地獄そのものだった。

 

「……ふぅ」

 

レイは深く息を吐き出し、血の滴る黒鋼の刀身を、死体の着ていた服で無造作に拭った。

彼の頬や着ている服には、男たちの返り血がべっとりとこびりついている。

人を殺すことに躊躇はない。迷宮の魔物よりも、他人の命を金に換える人間の悪意の方が、今のレイにはよほど殺意を向けるに値したからだ。

 

だが。

 

(……見られた)

 

レイはゆっくりと振り返った。

シロは、レイの言葉通りに耳を塞いではいたものの、目を閉じることはできていなかった。

薄暗い廃屋の中で、頭を砕き、胴体を千切り、血の海の中心で返り血に染まって立つ少年の姿を、彼女は真っ直ぐに見つめていたのだ。

 

レイの心臓が、ドクンと冷たく跳ねた。

圧倒的な暴力。それはかつて、闘技場や奴隷商人たちがシロに向けていたものと同じだ。これだけ残酷に人を殺す姿を見せれば、彼女は自分を本物の化け物だと恐れ、拒絶するのではないか。

 

「シロ……ごめん、見ないでくれって言ったのに」

 

レイが血まみれの手を隠すように一歩後ずさった、その時だった。

シロは立ち上がり、血と臓物が散乱する床を厭うことなく、真っ直ぐにレイの元へと歩み寄ってきた。

 

「シロ、足元が汚れる――」

 

レイの言葉は途切れた。

シロが、レイの隠そうとした血まみれの手を、自分の小さな両手でぎゅっと握りしめたからだ。

べっとりと付着した他人の生暖かい血が、シロの真っ白な手と、新しい服の袖を汚していく。それでも彼女は、絶対にその手を離そうとはしなかった。

 

「……恐ろしくなんて、ありません」

 

シロの銀色の瞳は、涙を溜めながらも、不思議なほど澄み切っていた。

 

「この血は、レイ様が私のために流してくれた……悪者たちの血です。私のために、レイ様の手を汚させてしまった。……だから、私も一緒に背負います。この汚れを、恐れたりなんてしません」

 

レイは息を呑んだ。

彼女は狂気に呑まれたわけではない。ただ、世界のすべてから見捨てられていた自分を命がけで守ってくれるこの少年の『罪』ごと、すべてを受け入れる覚悟を決めたのだ。

 

「……ありがとう、シロ」

 

レイは血に濡れた手で、シロの小さな身体をそっと抱きしめた。

強烈な血の匂いの中で、二人の温もりだけが、狂った世界から隔離されたように確かな熱を持っていた。

 

「血の匂いで他の奴らが来る。……急いで場所を変えよう」

 

死体を物陰に隠し、レイはシロの手を引き、再びスラムのより深い闇の中へと歩みを進めた。

欲望の都の包囲網は、彼らの絆を歪で、しかし決して千切れないほど強固なものへと鍛え上げていた。

最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。

追手を容赦なく圧殺するレイの凄惨な暴力と、それを拒絶するどころか共に背負う覚悟を決めるシロ。血に塗れた歪で美しい絆の形を描かせていただきました。

よろしければ、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!

血の匂いを残し、さらに過酷な逃走劇が続きます。アレンたちとの合流はどうなるのか。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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