第九章:狂乱の戦場
男の細剣が、目にも留まらぬ速さで空を切り裂く。
「ハッ!」
鋭い踏み込みと共に放たれた刺突が、もう一匹の狂犬の肩口を深く貫いた。
洗練された無駄のない動き。
それはいかにも見事な「剣技」であり、レイの泥臭い戦い方とは対極にあるものだった。
しかし、魔物もさるもの、ただでは倒れない。
傷を負った狂犬は狂乱し、自らの肉肉しさを顧みず、男の喉笛めがけて身を乗り出した。
「チッ、往生際の悪い……!」
男は細剣を引き抜き、すぐさま身を翻して追撃をかわそうとする。
だが、計算外の事態が起きた。
もう一匹、手つかずだった最後の一匹が、完全に男の死角――その背後から跳躍したのだ。
「おい、リーダー! 後ろだっ!」
取り巻きの冒険者たちが悲鳴のような声を上げる。
しかし、彼らも自身の身を守るのに精一杯で、男の援護に回る余裕はない。
男の美しい軽鎧の隙間、無防備な背中へと、狂犬の鋭い爪が迫る。
(動け――)
レイの身体は、考えるよりも先に動いていた。
昨日から続く筋肉の激痛など、とうに吹き飛んでいた。
ただ無我夢中で、背中の重苦しい鉄塊へと手を伸ばし、全身のバネを使って引き抜く。
「おおおおおっ!」
大地を踏みしめ、遠心力を利用して、大剣を横一文字に薙ぎ払う。
それは技でも何でもない、ただの凶悪な質量による暴風だった。
――ドガァァン!!
空中を飛んでいた狂犬の横腹に、レイの大剣が直撃する。
昨日以上の破壊音が荒野に響き渡り、魔物の巨体は凄まじい速度で真横へと吹き飛んでいった。
岩肌に叩きつけられた狂犬は、骨の砕ける音をさせて、二度と動かなくなる。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
大剣の重みに引っ張られ、レイはその場に派手に転がった。
手のひらの皮がめくれ、じんわりと血が滲んでいる。
間一髪で危機を脱した細剣の男は、目を見開いたまま、地面に這いつくばるレイと、その横に転がる大剣を凝然と見つめていた。




