第十章:夕暮れの沈黙と、差し伸べられた掌
静寂が、荒野を支配していた。
風が砂埃を巻き上げる音だけが、虚しく響く。
「お前……今、何をした……?」
細剣の男――レオンは、信じられないものを見る目でレイを見下ろしていた。
その洗練された美しさを誇る軽鎧には、冷や汗がびっしょりと張り付いている。
もし、あの不格好な鉄塊が狂犬を叩き落としていなければ、今頃自分の背中は引き裂かれていた。
その事実が、レオンのプライドを激しく揺さぶっていた。
「はぁ、はぁ……、助け、られたなら……お互い様、ですかね……」
レイは地面に這いつくばったまま、なんとか笑おうとした。
だが、全身の筋肉が限界を迎えており、顔の引きつりすら戻らない。
めくれた手のひらから流れる血が、大剣の柄を赤く染めていく。
取り巻きの冒険者たちは、遠巻きにレイを見つめたまま、言葉を失っていた。
ただの無謀な素人だと思っていた少年が、自分たちのリーダーを救ったのだ。
「……ふん。余計なお世話だ」
レオンは吐き捨てるように言うと、細剣を鞘に収めた。
しかし、その口調には、昨日までの刺すような冷酷さは消えていた。
レオンはしばらく黙ってレイを見つめていたが、やがて大きなため息をつくと、一歩、前に踏み出した。
そして、泥にまみれたレイの前に、手袋に包まれた右手を差し出したのだ。
「立てるか、新入り」
「え……?」
「言っておくが、お前のその不格好な剣を認めたわけではない。
だが……命を拾ったのは事実だ。
ギルムの冒険者は、受けた借りを踏み倒さない」
レイは驚きに目を見張った。
男の目は相変わらず鋭かったが、そこには確かに、一人の「冒険者」としての敬意が混ざり始めていた。
「……ありがとうございます」
レイは痛む右手を伸ばし、レオンの手を握りしめた。
ぐい、と強い力で引き上げられ、よろめきながらも両足で大地を踏みしめる。
夕日が、二人の影を荒野の果てまで長く、長く伸ばしていた。
重い鉄塊を背負う若者の旅は、まだ始まったばかりだ。




