第八十八章:絶望の結晶と、怒れる黒鋼
「殺せッ! そのふざけた大剣使いを八つ裂きにしろォォッ!」
特等席からのヴァルダー子爵の狂乱した叫びを合図に、闘技場の壁際に控えていた重武装の専属闘士たちが一斉にレイへと襲いかかった。
迷宮の魔物ではなく、対人戦闘に特化した闘技場のプロフェッショナルたち。鋭い槍や巨大な戦斧が、前後左右からレイの死角を突いて迫る。
しかし、レイは背後のシロを庇うように立ち塞がったまま、一歩も引かなかった。
「――遅い」
鋭い呼気と共に、レイは黒鋼を片手で横薙ぎに一閃する。
それは剣術というより、圧倒的な質量を持つ『鉄の嵐』だった。分厚い鋼の鎧ごと闘士たちの武器を叩き折り、彼らの身体を闘技場の壁までゴミくずのように吹き飛ばす。
「ヒィッ……! ば、化け物……!」
一振りで十人近い重装兵が沈黙した光景に、残りの闘士たちが恐怖で足を止める。
「おのれ、おのれぇぇッ! たかが下級冒険者ごときが、この私の芸術をコケにしおって!」
ヴァルダーはギリギリと歯を鳴らし、懐から『赤黒く脈打つ水晶』を取り出した。
闘技場の高い壁の上から魔導銃を構えていたシェリアが、その禍々しい魔力光を見て顔色を変える。
「レイ、気をつけて! あの水晶の魔力波長、迷宮の『核』と同じよ!」
「ご名答だ、魔導銃士の小娘。だがもう遅い!」
ヴァルダーは目を血走らせ、傍らに控えていた闘技場最強の処刑人――筋骨隆々の巨漢の胸元へ、その赤黒い水晶を強引に突き刺した。
「グォォォォォォォォッ!?」
水晶を埋め込まれた処刑人の身体が、おぞましい音を立てて膨張し始める。皮膚を突き破って禍々しい黒い角と鱗が生え、目は理性を失った赤い光を放つ。それは、奴隷たちの絶望と苦痛を魔力として吸い上げ、無理やり肉体を強化させた『人工の魔物』だった。
「素晴らしい! これぞ奴隷どもの恐怖と怨嗟の結晶! 迷宮の理すらも支配する、我々人間至上主義の究極の力だ! さあ、その薄汚い冒険者を肉片に変えてしまえ!」
巨大化した処刑人が、大気を震わせる咆哮と共にレイへと突進する。
その踏み込みだけで闘技場の石畳が砕け散り、圧倒的な破壊力が迫る。
だが、レイの瞳に恐怖はなかった。
あるのは、命を弄ぶ狂った貴族に対する、静かで底知れぬ怒りだけだ。
「……人の命をすり潰して、絶望を力に変える。それがお前たちの『支配』か」
レイは黒鋼の大剣を両手でしっかりと握り直し、腰を深く落とした。
レオンが命を懸けて護り、ボルグが腕を失ってまで繋いでくれたもの。それをこんな下劣な実験の道具にする奴らを、レイは絶対に許すことができなかった。
「そんな紛い物の力で、この大剣が止められるものかッ!」
激突の瞬間。レイは処刑人の振り下ろした丸太のような豪腕を、回避するのではなく、下から黒鋼をカチ上げることで『正面から』迎え撃った。
『封魔の黒鋼』の特性――それは異常な質量と、魔力を霧散させる対魔力性能。
怨嗟の魔力で強化された処刑人の腕は、黒鋼に触れた瞬間、パリンッとガラスが割れるようにその魔法的補正を失った。
「ガァァァ……ッ!?」
魔力の保護を失ったただの肉体が、理不尽な鉄塊のフルスイングに耐えられるはずがない。
処刑人の右腕が根元からへし折れ、その凄まじい衝撃は巨体を浮かせた。
「終わりだ」
レイは闘技場の床を蹴り、宙に浮いた処刑人の無防備な胴体へ向け、すべての重心を乗せた渾身の縦斬りを振り下ろした。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
処刑人の巨体が闘技場の底へ叩きつけられ、クレーターのような巨大な陥没が生まれる。
胸に埋め込まれていた赤黒い人工の核は、黒鋼の刃によって完全に粉砕され、二度と光を放つことはなかった。
静まり返る闘技場。
舞い散る砂埃の中、大剣を肩に担ぎ直したレイは、腰を抜かして震えるヴァルダー子爵を見上げ、冷酷なまでに静かな声で告げた。
「お前たちのくだらない実験は、これで終わりだ」
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
人間の絶望を吸い上げた人工の魔物に対し、物理的な質量と「魔力を断つ」黒鋼の特性で真っ向から叩き潰すレイ。命を弄ぶ悪意に対する彼の怒りの一撃を描かせていただきました。
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崩壊する闘技場、そしてシロとの絆。欲望の都での戦いの決着が近づいています。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




