第八十五章:偽りの罪と、引き裂かれる温もり
ザルバの街から少し離れた岩場。
ギルドで受注した単独依頼である『はぐれオークの討伐』は、あっけないほど一瞬で終わった。
「――シロ、そこで待っていて」
そう言い残し、レイはたった一人で三頭のオークの群れへと向かっていった。
シロは岩陰に隠れながら、恐怖で目を覆いそうになるのを必死に堪えてその背中を見つめていた。オークは獣人の大人でも太刀打ちできない獰猛な魔物だ。いくらご主人様でも、たった一人で勝てるはずが――。
しかし、その心配は杞憂だった。
レイはオークの振り下ろす丸太のような棍棒を、黒鋼の『平』で易々と受け止める。そして、絶望の迷宮で培った完璧な重心移動と共に、莫大な質量を持つ漆黒の刃を水平に振り抜いた。
悲鳴を上げる間もなく、三頭の魔物は文字通り『粉砕』され、岩場に沈黙が降りた。
(あんなに大きくて恐ろしい武器を……。ご主人様は、本当に強い……)
戦闘を終えたレイが、黒鋼についた汚れを拭いながら戻ってくる。
シロは無意識のうちに、自分の胸に手を当てていた。鼓動が、今まで感じたことのない早さでドクドクと鳴っている。それは暴力への恐怖ではない。圧倒的な力を見せつけられたにも関わらず、自分に向けられる瞳がどこまでも優しく、温かいことに、心がひどく揺さぶられていたのだ。
「お待たせ。これで資金の足しにはなるはずだ。……さあ、街へ帰ろう」
レイが差し出した大きな手を、シロは両手で包み込むように握りしめた。
ほんの少しだけ、この温かい手のひらを信じてみてもいいのかもしれない。そんな淡い希望が、彼女の胸の奥に芽生え始めていた。
しかし。
二人がザルバの正門に辿り着いた時、そのささやかな希望は無惨に打ち砕かれた。
「――そこまでだ、下級冒険者」
正門を塞ぐように、完全武装した数十人の衛兵隊が立ち塞がっていた。
先頭に立つ小太りの隊長が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら羊皮紙を広げる。
「冒険者レイ。お前を『ヴァルダー子爵家の財産窃盗』および『貴族への反逆罪』で逮捕する」
「……窃盗? 僕は正当な対価を払って、この子を市場で買ったはずだ」
レイが鋭い声で反論し、シロを背中に庇う。
しかし、隊長は鼻で笑った。
「その獣は、市場の手違いで流れた子爵様の大事な『見世物』だ。それを知りながら裏通りで子爵様の使いを襲い、不当に所有し続けている。……立派な重罪だぞ」
完全に作り上げられた、嘘の罪状。
それが『法』と『権力』という、この街を支配する絶対の理だった。
レイが背中の黒鋼に手をかけようとした瞬間、隊長は冷酷な目でレイを射抜いた。
「剣を抜いてみるか? 街の衛兵に刃向かえば、お前だけでなく、宿屋に残っているお前の仲間――アレンとシェリアも『共犯』として即刻縛り首になるぞ」
「な……ッ!」
レイの動きが完全に止まった。
理不尽な質量の剣があっても、法という名の鎖で仲間を人質に取られては、振り下ろすことができない。
その隙を見逃さず、衛兵たちが一斉に飛びかかり、レイを地面に押さえつけた。
重い鉄の枷がレイの手首に嵌められる。
「いや……っ! やめて、ご主人様から離れてッ!」
シロが悲鳴を上げ、押さえつけられたレイに駆け寄ろうとする。しかし、屈強な衛兵に乱暴に髪を掴まれ、引き剥がされた。
「離せッ! その子に触るなァッ!」
レイが血を吐くような声で叫ぶが、多勢に無勢。剣を抜けない彼を、衛兵たちは容赦なく蹴りつけ、石畳に押さえ込む。
「ヒィィッ、ごめんなさい、ごめんなさい……! 私が戻りますから、だからご主人様をぶたないで!」
シロの銀色の瞳から、絶望の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
せっかく見つけた温かい光が、自分のせいで奪われていく。彼女は衛兵に引きずられながら、何度も何度もレイの方へ手を伸ばした。
「シロ……ッ! シロォォォッ!!」
レイの悲痛な叫び声が響く中、欲望の都の冷酷な門が、二人の間を完全に引き裂いて閉ざされた。
圧倒的な暴力よりも残酷な人間の悪意が、若き大剣使いから再び大切なものを奪い去っていった。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
少しずつ惹かれ合い、心を開きかけていた二人に降りかかる理不尽な「権力」の罠。大剣では斬ることのできない人質という鎖によって、残酷にも引き裂かれる展開を描かせていただきました。
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すべてを奪われたレイは、この絶望的な状況からどうやってシロを取り戻すのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




