第八十四章:嘲笑のギルドと、揺るがぬ背中
路地裏での襲撃を退けたレイは、シロを連れてザルバの冒険者ギルドへと足を運んだ。
建物の扉を押し開けると、むせ返るような酒と汗の匂い、そして荒々しい怒声や笑い声が波のように押し寄せてきた。ギルムのギルドとは比べ物にならない広さと人数だが、そこに漂う空気はひどく排他的で、冷たい。
レイの背に隠れるようにして入ってきた銀髪の獣人の少女に気づくと、ギルド内のざわめきがスッと潮を引くように止んだ。
「……おい見ろよ。ガキが獣の奴隷なんか連れてやがる」
「ここは人間の冒険者が来る場所だぜ。臭い犬っころを連れ込むんじゃねえよ」
四方八方から向けられる、露骨な嫌悪と嘲笑の視線。
シロは息を呑み、ガタガタと震えながらレイの外套の裾をきつく握りしめた。人間至上主義のこの街では、彼女のような存在は路傍の石以下の『汚物』として扱われるのが常識なのだ。
その時、酒を飲んでいた大柄な冒険者がわざとらしく立ち上がり、すれ違いざまにドンッ、とシロの肩に強くぶつかってきた。
「ああっ……!」
体勢を崩し、冷たい床に倒れ込むシロ。
「チッ、汚えな。俺のブーツに獣の毛が触れちまったじゃねえか。おい、舐めて綺麗にし――」
男がニヤニヤと笑いながらシロの頭を踏みつけようとした、その瞬間だった。
――スッ。
男の足とシロの間に、レイが無言で割って入った。
剣は抜いていない。ただ、真っ直ぐに立ち、男を見据えただけだ。
しかし、その静かな立ち姿から放たれる『気迫』は尋常ではなかった。絶望の深淵で無限の異形と殺し合い、死の淵から這い上がってきた本物の死生観。背中に負った黒鋼の圧倒的な質量と相まって、レイの周囲だけ空間が歪んでいるかのような重圧感が渦巻いていた。
「な……ッ、なんだテメェ……」
男の顔からヘラヘラとした笑いが消え、額からどっと冷や汗が吹き出す。本能が「これ以上踏み込めば、原型を留めないほどに叩き潰される」と警鐘を鳴らしていた。
男は舌打ちをし、逃げるようにギルドの奥へと去っていった。
周囲の冒険者たちも、その異様な空気に呑まれ、誰一人として文句を言おうとする者はいなくなった。
「大丈夫かい、シロ」
レイは屈み込み、床にへたり込んでいるシロに手を差し伸べた。
「ご、ご主人様……。私のようなもののために、あんな……」
「誰にも君を傷つけさせない。……さあ、立って」
シロは差し出されたその大きく温かい手を見つめ、おずおずと自分の手を重ねた。
向けられる世界からの冷酷な視線。それらすべてを真っ向から受け止め、自分の盾となってくれるこの少年の背中が、シロの目にはひどく大きく、そして頼もしく映った。
無事に単独の討伐依頼を受注したレイがギルドを後にした頃。
ザルバの高級地区にある豪奢な屋敷の一室で、報告を受けた男が冷たく鼻を鳴らしていた。
地下闘技場の元締めであり、シロを買い戻そうと暗殺者を差し向けた張本人、ヴァルダー子爵だ。
「……路地裏で、大剣を盾にして我が配下を退けただと? なるほど、ただの成り上がりではないらしいな」
ヴァルダーはワイングラスを揺らしながら、三日月のようにおぞましい笑みを浮かべた。
「だが、ここは私の街だ。力で勝てぬなら、『法』と『権力』という絶対の鎖で縛り上げてやればいい。……衛兵隊長を呼べ。あの生意気な冒険者に、この街の真の恐ろしさを教えてやろう」
欲と悪意が渦巻く都で、若き大剣使いを絡め捕ろうとする巨大な罠が、静かにその口を開こうとしていた。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
人間の悪意が蔓延るギルドで、毅然としてシロを守り抜くレイ。しかし、裏社会の魔の手は力ではなく、より卑劣な「権力」を使って二人を追い詰めようと動き出します。
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立ちはだかる社会のルールと悪意に、レイはどう立ち向かうのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




