第八十三章:鉄塊の城壁と、震える小さな手
「ガァッ……!? ば、馬鹿な、この狭さで……!」
右腕を完全に粉砕された暗殺者が、苦悶の声を上げて後ろへ吹き飛んだ。
残る二人の暗殺者は、信じられないものを見るかのように足を止めた。大剣という武器は、その長さゆえに閉鎖空間では『振るえない鉄クズ』に成り下がるはずだった。
だが、目の前の少年は違った。大剣を振るうのではなく、己の身体と一体化させ、どんな攻撃も通さない『理不尽な質量の城壁』として運用してみせたのだ。
「……舐めるなッ!」
二人目の暗殺者が毒の塗られた短刀を逆手に構え、壁を蹴って頭上から襲いかかる。
しかし、レイの軸は微塵もブレない。
沈み込ませた重心を一気に解放し、黒鋼の巨大な『腹(平の部分)』を上段へと押し出した。
――ドゴォォォォンッ!!
斬撃ではなく、凄まじい面制圧。
落下してきた暗殺者は、空中で見えない巨人の平手打ちを食らったかのように弾き飛ばされ、路地裏のレンガ壁に激突して白目を剥いた。
「ひっ……化け、物……!」
三人目の暗殺者が毒煙玉を地面に叩きつけ、蜘蛛の子を散らすように裏通りの奥へと逃げ出していく。
「……貴様、後悔するぞ! 『闘技場』の顔に泥を塗って、このザルバで生きていけると思うなよッ!」
捨て台詞だけが、毒の煙と共に路地に虚しく響き渡った。
レイは追うことはせず、ゆっくりと呼気を吐き出しながら黒鋼の大剣を背中の革帯へと納めた。
街中で無闇に命を奪えば、衛兵が動き厄介事がさらに大きくなる。アレンの忠告通り、この街で派手に動くのは危険だった。
レイは振り返り、石畳の上で震え上がっているシロの元へと歩み寄った。
「……怪我はないかい、シロ」
レイが手を伸ばすと、シロはヒッと喉の奥で悲鳴を上げ、両腕で頭を庇うようにして身をすくませた。
圧倒的な暴力。今まで彼女を支配し、傷つけてきたものと同じ『力』だ。これだけの力を持つご主人様が、役立たずの自分をどう罰するのか、恐怖で心臓が破裂しそうだった。
だが、彼女の頭上に降り注いだのは、痛みではなかった。
「せっかくの服が、汚れちゃったね。ごめん」
ポンポン、と。
大きく分厚い手のひらが、シロの新しいワンピースに付いた土埃を、壊れ物に触れるような優しさで払いのけたのだ。
シロはおそるおそる顔を上げた。
自分を見下ろす少年の顔には、闘技場の人間たちのような嗜虐的な笑みも、奴隷商人たちのような見下す冷たさもなかった。ただ、自分を心配する真っ直ぐな瞳だけがそこにあった。
「……どうして」
シロのひび割れた唇から、自然と声が漏れていた。
「どうして、私なんかのために、あんな恐ろしい人たちと戦ったのですか。私は、お金を産まない不良品の奴隷です。……見捨てれば、ご主人様は安全だったのに」
「君を買ったのは僕だ。一度背負うと決めたものを、途中で投げ出す気はないよ」
レイは困ったように笑い、しゃがみ込んでシロの目線に合わせた。
「それに……僕も昔、絶望の中で誰かに命を救ってもらったから。今度は僕が、誰かの盾になりたいんだ」
その時、シロはレイの分厚い手のひらに、無数の歪な傷跡があることに気がついた。それは、自分と同じように激しい痛みに耐え、何かを守ろうと必死に足掻いてきた証のように見えた。
シロは無意識のうちに、自分の小さな手を伸ばし、レイのその傷だらけの手をそっと握りしめていた。
ごつごつしていて、不器用で、けれど氷のように冷え切った彼女の心を溶かすほどに、その手はひだまりのように温かかった。
欲望の都の冷たい路地裏で、獣人の少女の心の奥底に何重にも巻かれていた『絶望の鎖』に、初めて小さな亀裂が入った瞬間だった。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
大剣を振るう隙間のない路地裏での戦闘を理不尽な質量で制圧し、暴力の恐怖に怯えるシロに「護るための力」を示すレイの姿を描かせていただきました。
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徐々に心を開き始めるシロと、レイに目をつけた裏社会の組織。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




