第八十二章:裏街の凶刃と、小さな温もり
ザルバの裏通りにある、場末の衣類店。
店主は獣人の奴隷を連れたレイに嫌悪の目を向けたが、レイが迷宮産の金貨をカウンターに置くと、手のひらを返したように愛想よく古着を何着か並べた。
数分後、試着室から出てきたシロの姿に、レイは少しだけ目を細めた。
彼女が身につけたのは、飾り気のない質素な生成りのワンピースと、サイズの合う歩きやすい革靴だった。汚れを拭き取り、清潔な布を纏った彼女の銀糸のような髪と白い肌は、奴隷の焼印さえ見えなければ、どこかの貴族の令嬢にも見えるほど可憐だった。
「……ご主人様。あの、なぜ、私のようなゴミに、こんな上等なものを……」
「ゴミじゃない。……よく似合ってるよ、シロ」
レイが不器用に微笑むと、シロはビクッと肩をすくめ、自分の胸元をきつく握りしめた。殴られる代わりに服を与えられた意味が分からず、その銀色の瞳には激しい混乱が渦巻いていた。
店を出て、冒険者ギルドへと向かう近道の路地裏に入った時だった。
――ヒュッ。
空気を切り裂く微かな音。ルミナスの荒野と暗黒の迷宮で極限まで研ぎ澄まされたレイの直感が、背筋を凍らせるような『明確な殺意』を感知した。
「シロ、伏せてッ!」
レイはシロの小さな身体を強引に引き寄せ、自らの外套で覆い隠すように屈み込んだ。
直後、二人が歩いていた空間を、緑色の液体が塗布された三本の投げナイフが通過し、石畳に深々と突き刺さる。石がジュッと音を立てて溶けた。猛毒だ。
「……チッ。運のいいガキだ」
路地の影から、音もなく黒ずくめの男たちが三人、姿を現した。
手には、光を反射しないように黒く塗られた短剣が握られている。迷宮の魔物のような圧倒的な質量はないが、その洗練された足運びと殺気は、間違いなく対人戦のプロ――暗殺者のそれだった。
「その『四十二番』は、我々の雇い主の所有物だ。置いて消えれば、命だけは助けてやる」
暗殺者の冷たい言葉に、レイの腕の中でシロがガタガタと激しく震え出した。
「あ、あぁ……闘技場の、お仕置き係……。嫌だ、皮を、皮を剥がされる……ッ! ご主人様、私を捨てて逃げてください! 私は不良品です、あなたまで殺されてしまいます!」
パニックに陥り、自らレイの腕を振り解こうとするシロ。
しかし、レイはその手を決して離さず、ゆっくりと立ち上がった。
「……買ったのは僕だ。一度背負うと決めたものを、途中で投げ出す気はない」
レイは右手一本で、背中に固定していた『封魔の黒鋼』を抜いた。
ズンッ、と空間そのものが沈み込むような圧倒的な重圧が、狭い路地裏を満たす。
「狂ったか? そんな重すぎる鉄板、この狭い路地で振り回せるわけが……」
暗殺者の一人が嘲笑い、残像を残すほどの速度でレイの死角へと踏み込んだ。
人間相手の戦い。相手は魔物のように力任せには突っ込んでこない。急所だけを的確に狙う、洗練された悪意。
だが、レイの瞳は一切のブレなく、敵の重心の移動を正確に捉えていた。
「振り回す必要なんてない。――『軸』で弾く」
レイは黒鋼を振るわなかった。ただ、大地から伝わる力を足の裏で受け止め、己の身体を絶対の軸として、巨大な刀身を『盾』のように左へ半回転させただけだ。
――ガギィィィンッ!!
「なっ……!?」
暗殺者の放った渾身の刺突は、黒鋼の圧倒的な質量に真正面から衝突し、短剣ごと男の右腕の骨を粉々に砕き折った。
斬撃ではなく、理不尽な質量の壁が、技術と悪意を完全にねじ伏せた瞬間だった。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
対人戦という新たな局面に立ち、狭い路地裏で大剣を「振るう」のではなく「理不尽な質量の盾」として使いこなし、敵の技術ごとへし折るレイ。シロを決して手放さないという彼の覚悟を描かせていただきました。
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裏社会の悪意にどう立ち向かっていくのか、皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




