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大剣の冒険者 〜不格好な刃が紡ぐ英雄譚〜  作者: beck2026
第二部〜欲望の都と、檻の中の銀〜

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第七十九章:軋む絆と、買われた命

「ひ、ひぃぃ……っ、毎度ありぃッ!」

 

背中の黒鋼から放たれる威圧感に震え上がりながらも、奴隷商人はレイが放り投げた革袋の重さに下卑た笑みを浮かべた。迷宮の最深部で得た魔石を換金した、金貨の詰まった袋だ。

商人は這いつくばるようにして檻の鍵と、奴隷の所有権を示す小さな魔力石をレイに差し出した。

 

ガチャン、と重い音を立てて鉄格子の扉が開く。

 

「……おい、嘘だろ。本気で買いやがったのか」

 

背後から、アレンの怒気を孕んだ低い声が飛んだ。

レイが振り返ると、アレンは双剣の柄をギリリと握り締め、シェリアもまた、信じられないものを見るような目でレイを見つめていた。

 

「レイ、お前自分が何したか分かってんのか!? その金は、迷宮の情報を集めるための資金であり、俺たちの命綱だぞ! それを、こんな得体の知れない奴隷一人に……!」

 

アレンがレイの胸ぐらを掴みかかる。しかし、レイはその手を振り払わず、真っ直ぐにアレンの目を見返した。

 

「……分かってます。勝手な真似をしたことは謝ります。減った資金の分は、僕がこの街で依頼を余分に受けて必ず取り戻す」

 

「そういう問題じゃねえ! ザルバ(この街)で奴隷を連れ歩くってことがどういう意味か分かってんのか! 奴らは俺たちを『そういう連中』として見る。厄介事に巻き込まれるのは目に見えてるんだぞ!」

 

「レイ……アレンの言う通りよ」

シェリアが悲痛な顔で口を開く。

「あなたの優しさは知っているわ。でも、この街にはあの子のような他種族の奴隷が何千、何万といるの。その全員を救うことなんて、私たちには不可能なのよ」

 

正論だった。

冒険者として、仲間として、アレンとシェリアの言葉は百理ある。世界を救う英雄でもない自分たちが、社会の歪みすべてを正せるはずがない。

 

それでも。

 

「……全員は救えない。でも、目の前でうずくまっていた『この子』を見捨てることは、僕にはできなかった」

 

レイの固い意志のこもった瞳に、アレンは舌打ちをし、乱暴に手を離した。

「……勝手にしろ。ただし、そいつの面倒は全部お前が見ろよ。俺は手伝わねえからな」

 

険悪な空気が路地裏に漂う中、レイは静かに檻の中へと足を踏み入れた。

 

冷たい石畳の上にうずくまる銀髪の少女は、レイが近づくとビクッと肩を震わせ、さらに身体を丸く縮めた。

新しい『ご主人様』が、自分にどんな暴力を振るうのかを恐れているのだ。

 

レイは屈み込み、商人が置いていった鍵で、彼女の首を締め付けていた分厚い鉄の首輪を外した。

重い鉄の輪が床に落ちる。しかし、少女は逃げ出すどころか、虚ろな目をレイに向けたまま、ひび割れた唇を動かした。

 

「……何をご命令ですか、新しいご主人様」

 

感情の一切こもっていない、壊れた人形のような声だった。

 

「……殴るのですか。それとも、服を脱げばよろしいですか。……痛くしないのなら、何でもします。だから、ご飯を、ください……」

 

その言葉に、レイの胸の奥でドクンと冷たい怒りと悲しみが爆発した。

この小さな体で、これまでどれほどの地獄を味わわされてきたのか。人間の悪意が、一人の少女の尊厳をここまで完全に破壊し尽くしていたのだ。

 

レイは背中の黒鋼を床に置き、ボロ布一枚で震える少女の小さな身体を、己の着ていた厚手の外套でそっと包み込んだ。

 

「え……?」

 

「殴らないし、そんなこともさせない。……立てるかい?」

 

予想外の温もりに、少女の銀色の瞳が微かに見開かれる。

レイは彼女の泥だらけの手を優しく引き、ゆっくりと立ち上がらせた。あまりにも軽すぎるその体重に、レイは再び奥歯を噛み締める。

 

「君の名前は?」

 

「なま、え……? 私は、商品番号、四十二番……」

 

「番号じゃない。君の本当の名前だ」

 

少女は戸惑うように視線を泳がせ、やがて掠れた声でぽつりと呟いた。

 

「……シロ」

 

「シロ。いい名前だ」

 

レイは無理に笑顔を作り、彼女の銀色の髪にそっと触れた。

「行こう、シロ。まずは温かいものを食べに」

 

決して歓迎されない決断。仲間との間に生じた決定的な亀裂。

それでも、少年の手は、世界から見捨てられた少女の冷たい手をしっかりと握りしめていた。

それは、重すぎる鉄塊を背負う彼が自ら選んだ、新たな『重さ』の始まりだった。

最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。

残酷な現実を前に、仲間と衝突してでもシロを救うことを選んだレイ。彼女が負った深い心の傷と、パーティー内に生まれた不協和音を描かせていただきました。

よろしければ、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!

心を閉ざしたシロがレイの不器用な優しさにどう応えていくのか、そして軋むパーティーの絆はどうなっていくのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。

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