第二部 (第七十八章):欲望の都と、檻の中の銀
ギルムの街から歩き続けること数週間。レイ、アレン、シェリアの三人は、大陸有数の規模を誇る巨大交易都市『ザルバ』の門をくぐった。
高い石壁に囲まれた街の内部は、むせ返るような香辛料の匂いと、行き交う人々の熱気、そして耳をつんざくような喧騒に満ちていた。だが、活気ある大通りの光景は、レイたちの目にひどく異様で、残酷なものとして映った。
「……ひどい街ね。聞いてはいたけれど、これほどまでとは」
シェリアが顔をしかめ、ローブのフードを深く被り直す。
彼女の視線の先には、重い荷車を引かされている獣人たちの姿があった。彼らの首には分厚い鉄の首輪がはめられ、少しでも歩みが遅れれば、人間の商人が容赦なく鞭を打ち下ろす。
エルフ、ドワーフ、獣人。このザルバでは『人間至上主義』が絶対の法であり、他種族は文字通り「家畜」として売買され、消費されていた。
「おい、レイ。胸糞悪ィのは分かるが、あの黒鋼の柄から手を離せよ」
アレンが周囲を警戒しながら、低く鋭い声でレイをたしなめる。
「この街じゃ、あれが『合法』だ。俺たちが下手な真似をすれば、街の衛兵から裏社会の連中まで、ザルバ中の人間を敵に回すことになる。迷宮の元凶を探るって目的を忘れるな」
「……分かってます」
レイは奥歯を噛み締めながら、柄にかけていた手を下ろした。
アレンの言う通りだ。ここはギルムではない。自分たちの常識や正義感を振りかざせば、目的を果たす前に破滅する。
だが、大通りから一本外れた路地裏の『奴隷市場』を通りかかった時、レイの足は冷たい石畳の上に縫い付けられたように止まってしまった。
「ほら、立て! この役立たずの犬コロが! 飯を食った分は働け!」
肥え太った奴隷商人が、鉄の檻の中でうずくまる小柄な影に向かって何度も蹴りを繰り返している。
檻の中にいたのは、銀色の髪と、獣の耳を持つ少女だった。
衣服と呼べないボロ布を纏い、華奢な手足には痛々しい打撲痕や無数の切り傷が刻まれている。
しかし、レイの心を激しく揺さぶったのは、彼女の怪我ではなかった。
蹴り飛ばされ、石の床に顔を擦り付けても、少女は悲鳴一つ上げなかったのだ。
ただ虚空を見つめるその銀色の瞳は、光を完全に失い、一切の希望を放棄した『死んだ魚のような目』をしていた。
――『ごめん、レオンさん……。約束、守れそうにないや』
脳裏に、あの漆黒の迷宮の底で、大剣を落とし、完全に心を折られたかつての自分の姿がフラッシュバックする。
あの時の自分と同じ目をしている。理不尽な暴力と絶望に叩き潰され、生きる意味すら手放してしまった、あの暗闇の底の目だ。
「……おい、レイ! どこに行く!」
アレンの制止の声も耳に入らず、レイは無意識のうちに檻の前へと歩み寄っていた。
背中の『封魔の黒鋼』が、怒りに呼応するように微かな黒い波紋を揺らめかせる。
「あぁん? なんだテメェ、薄汚え冒険者が冷やかしなら……ヒッ!」
文句を言おうと振り向いた奴隷商人は、レイが放つ凄まじい気迫と、背中の規格外の鉄塊を見て、カエルが潰れたような悲鳴を上げて尻餅をついた。
レイは商人には目もくれず、檻の鉄格子を掴み、その隙間から真っ直ぐに銀髪の少女を見つめた。
「……いくらだ」
「え……?」
「この子の代金だ。僕が買い取る」
レイの低く、しかし絶対に退かない鋼のような声が路地裏に響く。
迷宮から持ち帰った莫大な報酬がある。だが、それは本来、これからの長い旅路と武装の強化のために使うべき命綱だ。アレンとシェリアが息を呑む気配が背後から伝わってきた。
それでも、レイの決意は揺るがなかった。
理不尽な暴力に繋がり、絶望の底に沈む命を前にして通り過ぎることなど、あのレオンから命を託された『大剣の冒険者』には絶対にできなかった。
最後まで『大剣の冒険者』第二部(第1話)をお読みいただき、誠にありがとうございました。
人間の欲望と悪意が渦巻く都市ザルバで、絶望の底にいる銀髪の獣人の少女と出会ったレイ。迷宮の化け物とは違う、「人間の残酷さ」にどう立ち向かっていくのか、新たな波乱の幕開けを描かせていただきました。
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奴隷の少女との出会いが、レイたちの絆や旅路にどのような影響を与えていくのか。皆様からの応援が、第二部を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




