第七十四章:脈打つ深淵と、屍の守護者
地下へ潜るほどに、迷宮はまるで一つの巨大な生き物のようにその悍ましさを増していった。
壁面はドクドクと不気味な脈動を繰り返し、踏みしめる床は足首まで沈み込むほどの粘液で覆われている。
「……空気が、重いわ。魔力の濃度が異常よ」
シェリアが息苦しそうに喉元を押さえながら呟く。彼女の魔導銃にはめ込まれた結晶の輝きすら、周囲の濃密な悪意に押し潰されそうに明滅していた。
アレンが双剣の血振りを行いながら、油断なく周囲を警戒する。
「だが、雑魚の数は減ってきた。どうやら、俺たちを歓迎するための『親玉』が近くにいるらしいな」
その言葉通り、三人が入り組んだ肉の回廊を抜けた先には、広大な地下空間が広がっていた。
空間の中央。そこには、赤黒い血管のような無数の管が絡みつく、巨大な青白い結晶体が浮遊していた。
管を通して、ドクン、ドクンと、地上から吸い上げられた冒険者たちの生命力と魔力が脈打つように送り込まれている。
「あれが……迷宮の『核』……!」
レイが黒鋼の大剣を強く握り直す。
あの結晶さえ叩き割れば、この地獄を終わらせることができる。
レイが一歩踏み出そうとした、その時だった。
ズズズズズ……ッ!
核を守るように、周囲の床の肉塊が巨大な渦を巻き始めた。
どす黒い粘液と、迷宮がこれまでに喰らってきた冒険者たちの武具――ひしゃげた鎧や折れた剣が混ざり合い、一つの巨大な「形」を成していく。
現れたのは、見上げるほどに巨大な、異形の骸骨騎士だった。
その手には、かつて誰かが使っていたであろう巨大な戦斧が握られている。
『……ァ……ガァァァァッ!』
空洞の眼窩から青白い魔力の炎を吹き出しながら、骸骨騎士が咆哮を上げた。
空間そのものが震えるほどの威圧感。ただの魔物ではない。迷宮に囚われた死者たちの怨嗟と無念が凝縮された、絶望の守護者だ。
「チッ、一筋縄じゃいかねえってわけか!」
アレンが舌打ちをし、姿勢を低くする。
「レイ! あの巨体、まともに受け止めたら……!」
シェリアが警告を発するより早く、骸骨騎士が巨大な戦斧を振りかぶり、レイに向かって凄まじい速度で叩き下ろしてきた。
空気を裂く轟音。喰らえばただでは済まない破壊の塊。
しかし、レイは一歩も退かなかった。
(退かない。僕が、みんなの盾になるんだ……!)
足の裏で大地を掴み、重心を極限まで沈み込ませる。
ボルグから託された「前を張る」という覚悟が、レイの身体に鋼のような芯を通していた。
レイは黒鋼の大剣を斜めに構え、振り下ろされる戦斧の軌道へと真っ直ぐに刃を差し込んだ。
――ガギィィィィィィンッ!!
すさまじい火花が散り、強烈な衝撃波が周囲の粘液を吹き飛ばす。
レイの足元の石畳が砕け散り、膝が僅かに曲がる。だが、倒れない。
封魔の黒鋼の圧倒的な質量と、レイの完璧な重心制御が、死者の怨嗟を乗せた巨人の一撃を完全に受け止めていた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
「すげえ……! あのバカ力、本物だぜ!」
巨人の動きが止まったその一瞬。
アレンが骸骨騎士の腕を駆け上がり、双剣で関節部の肉の管を正確に切り裂く。
同時に、シェリアの放った雷撃弾が巨人の死角を撃ち抜き、その姿勢を大きく崩させた。
「今だ、レイッ!」
仲間が作り出した、絶対の勝機。
レイは受け止めていた戦斧を強引に弾き飛ばすと、黒鋼の大剣を大きく振りかぶり、剥き出しになった迷宮の『核』へとその重き刃を向けた。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
ついに到達した迷宮の最深部と、そこに立ち塞がる絶望の守護者。かつて逃げることしかできなかったレイが、自ら仲間の盾となり、その重圧を受け止める成長の姿を描かせていただきました。
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いよいよ放たれる核への一撃がどう結実するのか、皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




