第七十三章:深淵への帰還と、黒鋼の一閃
再び足を踏み入れた「大穴」の底は、相変わらず生温かい腐臭と、生命をすするような不快な水音に満ちていた。
脈打つ赤黒い肉の壁。足元にまとわりつく粘液。
数日前、彼らの心をへし折り、レオンの命を呑み込んだ圧倒的な絶望の空間がそこにあった。
だが、三人の足取りに以前のような迷いや恐怖はない。
「来るぞ。前方に三体、壁面から二体!」
シェリアの凛とした声が響く。彼女の琥珀色の瞳は、迷宮の魔力溜まりを正確に見極め、迫り来る異形たちの位置をいち早く察知していた。
「了解だ。……道を開けるぜ!」
先陣を切ったアレンが、地を這うような低い姿勢から一気に加速する。
ルミナスの荒野で磨き上げた最速の踏み込み。双剣が閃き、迫り来る異形の『顎』の関節を正確に削ぎ落とす。
倒すのではない。奴らは迷宮から魔力を供給されている限り、何度でも再生する。
だからこそ、アレンは致命傷を狙わず、ただ「機動力を奪う」ことだけに特化して刃を振るっていた。
「グ、ギャァァァッ!」
体勢を崩した異形たちの足元を、シェリアの魔導銃から放たれた氷結弾が撃ち抜く。
着弾と同時に周囲の粘液ごと凍りつき、化け物たちは床に縫い付けられたように動きを止めた。
「レイ!」
「はいッ!」
アレンとシェリアが作り出した僅かな隙間。
そこへ、レイが地鳴りのような足音を立てて突進する。
立ち塞がったのは、かつてボルグの腕を噛み砕き、大盾を酸で溶かしたあの巨大な多関節の異形だった。
天井から巨体を落下させ、レイの頭上からそのおぞましい大顎を大きく開く。
ポタポタと滴り落ちる強酸の粘液。
しかし、レイの瞳は一切のブレなく、敵の重心の落下点を見据えていた。
(重さを、軸に乗せる……!)
大地を踏みしめ、背中に背負った漆黒の大剣――『封魔の黒鋼』を真上へと振り抜く。
――ドゴォォォォォォンッ!!
斬撃というよりも、それは「質量の暴力」だった。
黒鋼の刃が異形の大顎に激突した瞬間、強酸の粘液は刃を溶かすどころか、触れた端から黒い波紋に弾き飛ばされていく。
ルミナスの極上素材で打たれた刃は、迷宮の悪意ある魔力を完全に中和していた。
そして、圧倒的な重さが、異形の硬い骨格ごと巨体を真っ二つに粉砕する。
「ギィ……ェ……?」
壁に叩きつけられた肉塊から、再生のための触手が伸びようとする。
だが、黒鋼によって断たれた断面からは魔力が霧散しており、かつてのような異常な再生速度は失われていた。
傷口が修復する前に、肉塊はズルズルと力なく床に崩れ落ちる。
「……やった。親父さんの剣なら、奴らの魔力を弾き飛ばせる!」
レイは黒鋼の大剣を軽く振り下ろし、刃にこびりついた酸を払い落とした。
その一撃は、ただのまぐれではない。
重すぎる鉄塊を完全に御しきった、大剣使いとしての確かな成長の証だった。
「呆れたバカ力だぜ。……だが、これなら行ける!」
アレンが双剣を構え直し、ニヤリと笑う。
無限に再生する絶望の壁に、一本の確かな亀裂が入った。
三人は互いの背中を守るように陣形を組み直すと、迷宮の最深部――諸悪の根源たる『核』を目指し、暗黒の深淵へとさらに歩みを進めた。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
再び迷宮へと足を踏み入れたレイたち。新たな力「黒鋼」の圧倒的な質量と、仲間との冷静な連携による反撃の第一歩を描かせていただきました。
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反撃の狼煙を上げたレイたちが、この先待ち受ける最深部でどのような死闘を繰り広げるのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




