第七十二章:黒鋼の重圧と、集う覚悟
漆黒の刃を突き立てられた床の石畳が、その圧倒的な質量に耐えかねて蜘蛛の巣状にひび割れていた。
レイは深呼吸を一つし、両手で「封魔の黒鋼」の柄をしっかりと握りしめる。
じわりと伝わってくる冷たさは、かつての銀色の大剣とは比べ物にならないほど密度が高く、そして暴力的だった。
(重い……。ルミナスの砂漠で感じた覇竜の突進すら上回るような、底知れない重さだ)
力任せに引き抜こうとすれば、腕の筋肉が断裂し、腰の骨が砕けるだろう。
レイは目を閉じ、これまでの過酷な旅路で身体に刻み込んできた『理』を総動員した。
ギルムの荒野でレオンに叩き込まれた、一ミリのブレもない完全な軸。
ルミナスの霧の中で掴んだ、風と気配を察知する集中力。
そして砂塵の荒野で得た、流動する大地と同調する重心の制御。
頭のてっぺんから爪先まで、一本の強固な芯を通す。
大地の反発を足の裏で受け止め、それを背中から両腕へと無駄なく伝達させる。
「……ふっ!」
短い呼気と共に、レイは全身のバネを解放した。
――ズゥゥンッ!
空気を震わせる重低音を響かせ、漆黒の大剣が床から引き抜かれた。
レイの身体は微塵もブレていない。極限まで圧縮された質量を己の重心の真下に捉え、完璧な正眼の構えを取ってみせたのだ。
刃の表面が周囲の魔力を弾き、微かに黒い波紋を揺らめかせている。
「……化け物め。まさか一発で持ち上げやがるとはな」
鍛冶屋の親父が、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに鼻を鳴らした。
「レイ……! すごいわ、その剣ならきっと……!」
シェリアが琥珀色の瞳を輝かせ、魔導銃を握る手に力を込める。
その時、工房の入り口から、カチャリと金属が鳴る音がした。
「……大剣のバカ力だけで、あの迷宮の最深部まで行けるわけねえだろ」
振り返ると、そこには無精髭を綺麗に剃り落とし、研ぎ澄まされた双剣を腰に帯びたアレンが立っていた。
彼の目からは、酒場で燻っていた絶望の濁りは完全に消え去っている。
「アレンさん……!」
「シェリアの話は、酒場を出る前に盗み聞きさせてもらったぜ。……迷宮の『核』を壊せば、あの不死身の化け物どもの再生は止まるんだろ?」
アレンはふっと不敵な笑みを浮かべ、双剣の柄を叩いた。
「なら、俺の速さもまだ捨てたもんじゃない。……道中の雑魚の足止めと、核までのルート確保は、ルミナス最速の双剣使いに任せな」
レイは目を大きく見開き、それから力強く頷いた。
「はい。核への最後の一撃は、僕のこの黒鋼で絶対に叩き割ります」
「よし、交渉成立だ。……ボルグの親父には、ギルドの神官たちと一緒に街の防衛を頼んできた。あのおっさん、片腕でも前線を退く気はねえらしいからな」
アレンの言葉に、シェリアも力強く頷く。
砕け散ったはずのパーティーの絆が、それぞれの意志で立ち上がり、再び一つに結集した瞬間だった。
「行こう。レオンさんが命を懸けて繋いでくれたこの街と……僕たちの冒険を取り戻すために」
新たな黒鋼を背負う若き大剣使い。
知を以て絶望の理を解き明かした銃士。
そして、速さの誇りを取り戻した双剣使い。
三人の戦士は、再び口を開けた死の迷宮へと、今度こそ確かな勝機を胸に歩み出していった。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
新たな武器を手に入れ、折れていたアレンも再び立ち上がる。それぞれの意志が結集し、ついに迷宮の深淵へ反撃の狼煙を上げる姿を描かせていただきました。
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