第七十一章:無謀の果てと、鍛冶屋の親父
酒場を後にしたレイが向かったのは、ギルムの街の裏手にある薄暗い路地だった。
絶え間なく響く鉄を打つ音と、熱気が漏れ出す小さな工房。かつて、ひょろひょろだったレイが周囲の嘲笑を浴びながら、最初の「大剣」を買い求めた鍛冶屋だ。
「……親父さん」
レイが戸を叩くと、炉の前に座っていた筋骨隆々の親父が手を止め、忌々しそうに振り返った。
「お前か……。生きて帰ってきたのはめでたいが、あんなボロボロのツラで何しに来た。剣ならもうねえぞ」
親父はレイの満身創痍の姿と、空になった背中を見て、すべてを察したように鼻を鳴らした。
「……大剣が欲しいんです。あの迷宮の化け物たちを叩き潰せる、もっと重くて、もっと硬い剣を」
レイの言葉に、親父はため息をつき、手元のハンマーを乱暴に台へ放り投げた。
「馬鹿野郎。今の力でまた戻って、どうにかなると思ってんのか?
神官たちから聞いたぞ。あの迷宮は普通の魔物の巣じゃねえ。強酸を吐き、無限に再生し、命を啜る。お前がどんなに重い鉄塊を振り回そうが、刃を溶かされておしまいだ。……無策で突っ込めば、今度こそあの美剣士の命を完全に無駄にすることになるぞ」
親父の厳しい言葉は、レイの胸を深く抉った。
痛いほど分かっている。精神論だけでどうにかなる相手ではない。己の未熟さがすべてを招いたのだから。
「……分かってます。ただ力任せに突っ込むつもりはありません」
レイが奥歯を噛み締めながら答えると、背後から静かな声が響いた。
「その通りです。私たちは、無謀な死にに行くわけではありません」
振り返ると、そこには魔導銃を背負ったシェリアが立っていた。
彼女の目はまだ赤く腫れていたが、その琥珀色の瞳には、かつての知性的な光が戻っている。
「シェリアさん……」
「レイ。あなたがあの絶望の中で戦ってくれたおかげで、私はあの迷宮の『理』を分析することができました」
シェリアは歩み寄り、鍛冶屋の親父にも聞こえるように、静かに、だがはっきりと告げた。
「奴らの異常な再生能力と強酸は、迷宮そのものが吸い上げた冒険者たちの『魔力』を供給源としています。つまり、個体を何度潰しても意味がない。狙うべきは、迷宮の最深部にある『魔力供給の核』……それさえ叩き割れば、奴らの再生は止まり、ただの脆い肉塊に成り下がるはずです」
「なるほどな。頭のいい嬢ちゃんだ。……だが、その『核』までどうやって辿り着く? その間の酸の雨をどう凌ぐんだ?」
親父が鋭く問い詰めると、レイは一歩前に出た。
「だから、親父さんの打つ剣が必要なんです。酸に溶けず、魔力を弾き飛ばせるほどの、絶対的な質量を持った剣が」
レイの決して折れない、真っ直ぐな瞳。
かつて「鉄クズ」を無理やり引きずっていた少年の目は、数々の死線と絶望を乗り越え、本物の死生観を宿す戦士の目へと変わっていた。
親父はしばらく黙ってレイの顔を見つめていたが、やがてガシガシと頭を掻きむしり、工房の奥へと歩き出した。
「……まったく、大剣使いってのはどいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。
あのレオンって気取った男も、いつかお前が真の化け物と戦う日のためにって、わざわざルミナスの極上素材を俺のところに持ち込みやがって……」
「え……? レオンさんが?」
親父が重い足取りで戻ってくると、その手には、分厚い布に包まれた巨大な物体が抱えられていた。
布が解かれ、姿を現したのは――光を一切反射しない、漆黒の巨大な刃。
「ルミナス産の『封魔の黒鋼』で打った特注品だ。魔力を弾き、強酸にも耐えるが……あまりにも重すぎて、俺にもまともに振れるか分からねえ代物だ」
親父はドン、と凄まじい音を立てて、その漆黒の大剣をレイの目の前に突き立てた。
「無策じゃないなら、証明してみせろ。お前のその手で、こいつを御せるってな」
レイは震える手を伸ばし、漆黒の大剣の柄をしっかりと握りしめた。
亡き師の想いと、仲間の知恵。ただの特攻ではない、確かな勝機を手にするための準備が、今整おうとしていた。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
無策での特攻を避け、仲間と共に敵の弱点を分析し、対抗手段となる新たな武器を手にするプロセスを描かせていただきました。読者の皆様の鋭いご指摘の通り、ただ熱意だけで勝てる相手ではないという現実をレイも深く理解しています。
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新たな「黒鋼の大剣」を手にしたレイが、この重圧をどう乗りこなしていくのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




