第六十八章:抜け殻の街、折れた剣士
絶望の底から生還して、数日が過ぎた。
ギルムの街には、灰色の冷たい雨が降り続いていた。
神官たちの決死の治療により、レイの肉体を侵していた強酸の火傷は薄いかさぶたへと変わり、命の危機は脱していた。
だが、彼の心は、あの漆黒の迷宮の底に置き去りにされたままだった。
薄暗い救護所の一室。
レイは窓の外の雨を、虚ろな目で見つめていた。
「……レイ、食事を持ってきたわ。少しだけでも、口にして」
シェリアが盆を手に、静かに部屋へ入ってくる。
彼女の亜麻色の髪は手入れもされず乱れ、その琥珀色の瞳は幾晩も泣き明かしたように赤く腫れ上がっていた。
背中の魔導銃は、あの日以来、一度も磨かれていない。
レイは微かに首を横に振った。
何かを飲み込もうとすると、喉の奥であの腐肉の悪臭と、異形が肉を啜る水音がフラッシュバックし、ひどい吐き気に襲われるのだ。
「ボルグさんは……どうですか」
掠れた声で問うと、シェリアは盆を机に置き、痛ましそうに俯いた。
「……今朝、意識が戻ったわ。でも……右腕の喪失と、強酸の毒が神経まで達していて……。もう二度と、大盾を構えることはできないって、神官様が……」
その言葉が、レイの胸に冷たく重い楔を打ち込む。
「アレンさんは……」
「酒場で、ずっと飲んでる。止めようとした冒険者に殴りかかって……今は誰も、彼に近づけない状態よ」
完璧だったはずのパーティーは、たった一度の深淵への接触で、完全に崩壊してしまった。
レイは震える両手を見下ろした。
無骨な大剣の柄を握り続けたことで分厚く硬くなっていた手のひらのマメは、強酸で皮膚ごと溶かされ、今はただの弱々しい新しい肉へと変わっている。
ふらつく足でベッドから降りると、レイは壁際に立てかけられていた、誰かの忘れ物の安物の鉄剣に手を伸ばした。
かつて背負っていた大剣に比べれば、木の枝のように軽い代物だ。
しかし、柄を握ろうとした瞬間、レイの手は痙攣したように激しく震え出した。
――『お前がいつか、あの男のような「盾と矛」になる日を、楽しみにしているぞ』
脳裏に、自らを犠牲にして深淵へと消えていったレオンの、血に染まった笑顔が蘇る。
「あ、あぁ……ッ」
カラン、と虚しい音を立てて、鉄剣が床に転がり落ちた。
武器を握ることすらできない。己の弱さがすべてを奪い、誰かの命を代償にして生き長らえた自分が、再び剣を取る資格などあるはずがなかった。
「ごめんなさい……僕の、せいで……っ」
レイは両手で顔を覆い、暗い部屋の床にうずくまって咽び泣いた。
シェリアは何も言えず、ただレイの背中にすがりついて共に涙を流すことしかできなかった。
雨の音に混じって、地底の奥深くから、世界を食い尽くそうとする無数の顎の音が聞こえるような気がした。
心まで完全にへし折られた若き大剣使いは、光の届かない絶望の底で、ただ震え続けることしかできなかった。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
恩人と大剣を失い、パーティーも崩壊してしまったレイ。心まで完全に折れ、武器を握ることすらできなくなった少年の、悲痛な喪失の時間を描かせていただきました。
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すべてを失った彼らが、この深い闇の中でどう生きる意味を見出していくのか。皆様からの応援が次なる展開を描き続けるための最大の原動力となります。どうぞよろしくお願いいたします。




